12
僕は二週間、テスト勉強に励んだ。教科書はもう二度と見ないで良いくらいに復習したし、暗記も完璧だ。さらに余剰分として、難易度が高い問題もたくさん解いた。
「いよいよね」
隣を歩く沙紀は僕に言ってきた。今は二人で登校中だった。沙紀は前日にどうしてもうちに泊まると駄々をこねてきたので、僕は仕方なしに家に泊めた。
「うん。緊張するなぁ」
僕はこんなに勉強をしたことがなかったので、物凄く充実した二週間だった。しかもそこに勝ち負けという要素を含んでいるのだ。燃えないわけがなかった。ただ、努力をした分だけ脳裏に負けたらどうしようかという不安も出てくる。沙紀はそんな僕の不安を感じ取ったのか僕の手を握ってきた。
「明人なら平気よ。負ける要素が全くないもの」
沙紀の表情に一点の曇りもなかった。負けることなど少しも想定していなさそうだ。
(沙紀にはこういわれているけどなぁ)
不安というのは簡単に払しょくできないらしい。沙紀は思いついたように「あっ」と手を叩いた。
「それとやる気が出るおまじないでもかけてあげるわ」
「おまじない?」
僕はなんだなんだと沙紀に聞き返す。
「ええ。あのカスに勝てたら私がなんでも言うことを聞いてあげるわ」
「なんでも・・・」
(沙紀がなんでも僕の言うことを聞いてくれる・・・?)
一瞬考えてはいけない妄想が膨らんだがすぐさまにそんなものはかき消した。しかし、沙紀がそんな瞬間を逃すはずがない。ニヤァと笑った。
「どうして赤くなっているのかしらぁ?」
「い、いやなんでもないよ」
無駄な抵抗を一応しておく。そして、沙紀は僕の腕を引っ張って耳元で僕に呟いた。
「
「っ」
僕は沙紀から離れて手を覆いたかったが、腕はがっちりホールドされていた。
「そういうお願いはいつでもウエルカムよ?」
「何言ってんの///!?」
なんていう会話をしていたら学校が見えてきた。ここから先に腕を組んだりしていると生徒に見られる可能性があるため、沙紀は僕から名残惜しそうに離れた。
「それじゃあ幸運を。頑張ってね、
「うん、今日までありがとね
僕らは下駄箱で別れて、それぞれの教室に向かった。
席に着いた。教室を見渡すと復習をしているクラスメイトだらけだった。僕が席に座ると、いつものように松山に絡まれるかと思ったが、流石にテスト期間だから自分の机で勉強をしていた。これなら自習に専念できると思い、教科書を机で眺める。
松山学園のテスト科目は五科目で五百点満点だ。ただ五科目と言っても内訳はかなり細かい。
国語は現代文、古文、漢文。
社会は日本史と地理
数学は数学ⅡとB
理科は物理と生物
英語
実質、十科目なのだ。中学のテストに比べて範囲も科目数もかなりシビアだ。僕はこれらすべてで高得点を取り、松山に勝たなければならない。
午前中に国語、社会、理科、午後は英語と数学になる。長丁場の戦いになるから体力も重要だ。
僕はシャーペンと消しゴムを取り出して机の上に置く。準備は万端だ。教科書を読みながら先生を待つ。
(おそらく後十分ほどで先生が来るはずだから、どれか一科目だけ全復習できるな)
僕は何度目かわからない現代文を読みなおすことにした。
ガラっ
「よし、席に着け」
先生が教室に来たので、学級委員の松山が号令をしようとする。しかし、先生はそれを制止した。
「今日はそのままテストの時間まで自習しててよし。各々しっかり準備してきただろうから、しっかり実力を出し切れよ」
先生は激励をくれた。少量とはいえ時間をもらえるのはありがたい。僕らは言われた通りにギリギリの時間まで復習をした。
「よし、それじゃあ教科書等はしまえ」
筆記用具を除いてそれ以外はすべてしまった。深呼吸をする。負けたら僕だけではない。沙紀にも迷惑がかかる。そんな緊張感に手汗が止まらなかった。
「ふぅ~」
先生から問題用紙が配られた。全員に配られたところが開始の合図だ。
「はじめ!」
先生の号令でテストが始まった。そして、僕はシャーペンを走らせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「終わり!解答用紙を裏にしろ」
「ふぅ~」
ひとまず前半戦は終了した。国語も社会も理科も
「岩木君」
前半戦の総評をしていると、沙紀が僕を呼びに教室にやってきていた。手招きしているからこっちに来いということなのだろう。しかし、呼ばれていないのにやつが乱入してきた。
「沙紀。前半戦はどうだった?」
「岩木君。早く来なさい」
「う、うん」
沙紀のナチュラルスルーは松山に効果抜群だったらしい。松山は沙紀ではなく僕を睨んできた。
(僕に八つ当たりをするのはやめてくれよ・・・)
ここまで酷く当たられると僕が何かしたのかという気分になってしまう。
「前半戦のテストの振り返りをしましょう。今日は生徒会室が使えないから別の場所でね」
「う、うん」
「沙紀、岩木にそんなことを聞いたって無駄だぞ?それにその手の話なら俺とした方が実になるぞ?」
なおも自分をアピールする松山。正直哀れだ。結局沙紀は松山を存在しない者として最後まで扱った。
僕と沙紀はそのまま屋上に向かい、フェンスのところで二人で並んで座った。そして、沙紀はお弁当を準備した。
「で、どうだったのかしら?」
「うん。満点だと思うよ。簡単だったしね」
沙紀にそのまま伝える。
「明人のレベルならそうよね・・・」
「沙紀は?」
「満点だと思うけれど、少し自信がないところもあるわ」
「え、嘘?」
あのレベルで落とす問題などあるのだろうか。沙紀は青筋を立てた。
「明人の考えていることはよくわかるけど、流石に私も怒りたくなるわよ?」
「ごべんなざい」
僕はほっぺたを引っ張られながら謝罪をした。
「・・・ちなみに国語の最後の答えって何?」
「
「なら大丈夫ね」
沙紀はほっとした様子だった。「専」の字に点を入れるのかどうかというように漢字は細かいところまで覚えなければならないから、不安になる気持ちはよくわかる。ただ、
「これだけ簡単だと松山も満点を取ってくるんじゃないかな?」
僕の一番の懸念点はそこだった。沙紀は一瞬考える素振りをしてうんと一回頷いて、僕を見た。
「そうね。満点だと思うわ」
「だよね・・・」
「だから午後が勝負よ。数学と英語で絶対に点数を落とさないようにして頂戴ね?」
「うん」
「まぁあれが満点を取れるとは思わないけれど・・・(ボソ」
「何か言った?」
「いえ、何も」
沙紀はニッコリと笑っていた。何か隠し事がありそうだけど、本当に大事なことなら後で教えてくれるだろう。
「ただ」
「ん?」
「あいつは数学だけは私と同等の点数を取ってくるからそこだけ注意して頂戴」
「沙紀と同じ・・・」
僕は若干不安になった。
「ま、明人なら無用な心配ね」
「そうかなぁ」
「ええ」
沙紀は軽い調子で僕に言ってきた。どこからその自信が湧いてくるのか気になるところだ。
「それよりも」
沙紀は松山とテストのことなんてどうでもいいといった様子で弁当箱を開けた。
「今日も私が精がつくものを作ってきたわ。大事に味わって頂戴ね」
「ありがたいんだけど、箸は?」
「またうっかりしてて忘れてしまったわ(棒」
「そうですか・・・」
「はいあ~ん♡」
また甘々な食べさせ合いっこが始まった。
(僕としては体力が回復しても精神が摩耗するんだよなぁ)
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「それじゃあ午後も頑張りましょう。気を抜かないでね?」
「沙紀もね。ベストを尽くそう」
「ええ」
昼休憩の後、僕たちはまた別々の教室に戻った。教室の扉を開けるとやはり朝のように自習をしている者がほとんどだ。すると、余裕をもった松山が僕に絡んできた。
「キモパンダ、テストはどうだったん?」
明らかに僕を見下した風に言ってきた。
「うん、ボチボチかなぁ」
「そうかそうか。それなら土下座が見れそうだな。逃げるなよな?」
松山は僕に釘を刺した。僕は逃げも隠れもする気はないので、堂々と頷いた。そして、昼休みの終わりを告げる鐘がなり、先生が教室に来た。
「よぉし、それじゃあ英語を始めるぞ」
食後は眠気が襲ってくるので気合を入れ直した。
「ふぅ~」
そして、準備が整ったので、僕はシャーペンを掴んだ。
「はじめ」
といってもやることは変わらなかった。普通に解いて、間違ってないかの見直しをするだけだ。
結果的に午前中と同様に解けたのでおそらく問題はないだろう。
そして、最後の数学だ。今のところ点数を落とす要素がほとんどないため、松山も満点だろう。だから数学がすべてを分ける。
(そういえば全部満点で引き分けだったらどうなるんだろう?)
そんな考えが浮かんだが、考えるだけ無駄だと頭をぶんぶんと振って、余計な思考を払拭した。
(そんなことは満点を取ってから考えればいい)
僕は教科書を取り出して、先生が来るまで、復習をしようと思った。
「あ、あれ?」
数学の教科書が見当たらないのだ。絶対に朝まではあったはずなのに。
僕がそうやって探していると、刻一刻と時間が過ぎ去る。残り五分になった時、
「岩木どうしたんだ?」
松山が僕の下に来た。不気味なほど笑顔で。僕は時間の無駄だと思ったので、軽く流すことにした。
「なんでもないよ」
「ダウト。何か探してるんだろ?」
松山は僕が数学の教科書を探していることを知っていたかのように話す。
「そんな怖い顔すんなって。ほれお前の教科書が落ちてたから拾っておいただけだって」
「あ、ありがとう」
意外にも松山は僕の教科書を探しておいてくれたらしい。ただ、
(何か裏がありそうだ)
簡単に教科書を返してくれはしないだろう。などと思っていたが、
「ほれ」
「え?」
「教科書を強奪なんてアンフェアなことをしなくたって俺が負けるわけがないだろ?正々堂々と叩き潰してやるから覚悟しておけよ?」
「う、うん」
僕は少し松山を見直した。
(酷いやつだけど、こういうところはフェアなのか)
「ありがとう」
「おお、気にすんな」
だが、僕はテスト範囲の部分を復習した。残り三分くらいしかなかったが僕からしたら十分な時間だった。
(よし、一通りの復習は済んだ)
そして、先生がやってきた。僕は最後の戦いに臨む兵士のごとく気合をいれた。しかし、その気合は空回りすることになる。
「ああ~テスト開始前に変更点がある」
「え?」
先生の声に僕は間抜けな声が出てしまっていた。
「急遽、数学のテスト範囲を拡大することになった。これは理事長からの指示だ。なんでも突発的な危機に対して、対応できる人間を育てるためだそうだ。今から十分で授業をするから教科書の◇ページを開け」
当然クラス中はざわつくと思っていた。しかし、思いの他静かだった。僕はそこに違和感を覚えながら、教科書を開いた。しかし、
(え?ページが破けてる・・・?)
先生が指定したページだけが破れていた。僕はそこで悟った。松山の仕業だと。後ろを見ると笑いをこらえている松山がいた。よく見てみると、クラス中が僕を横目で見ていた。
範囲変更も含めて、おそらく松山の手のひらの上だったのだろう。この動揺の少なさがそれを証明していた。
(完全にやられた!)
松山を見直すなんてとんでもなかった。そうこうしていくうちに授業はどんどん進んでいく。
(ヤバい、このままじゃ拡大した範囲で点数を落とす!)
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(とでも思っているんだろうな)
俺は今回のテストに向けて、父さんに根強く頼んで今回のテストの形式にさせてもらった。生徒の緊急時の危機対応のためとか言っておいたら、父さんも渋々納得してくれた。
クラスの連中は俺のおかげで点数を伸ばし、俺は学年一位になり、キモパンダから沙紀を解放して沙紀を俺のモノにする。一石三鳥とはまさにこのことだなと思った。
キモパンダの教科書を破ったのは保険だ。万が一、沙紀に勉強を教えられるレベルだったとしても、それはテスト範囲内でのことだ。それ以上のことはこの短期間では対応できないはずだ。
俺は自身の作戦がうまくハマったことに脳汁が激しく分泌されいた。俺は勝利を確信し、これからの沙紀との未来を考えて舞い上がっていた。
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けれど、松山は気が付いていなかった。今回、自分が相手にしているのが、環境が生んだ規格外の怪物だということを。
(と思ってたけど、この程度なら教科書なんてなくたって問題ないや。それに二週間前にやったところだし)
僕は急な授業を聞き終わった後、普通に問題を解くだけだった。
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