3

「それじゃあ、授業が終わったら明人の教室に行くわ」


「うん」




僕たちは生徒会室から出た。沙紀が生徒会室の鍵を閉める。




「私は職員室に寄っていくわ。また後で会いましょう。それと寝ないでちゃんと授業を受けるのよ?」


「うっ、善処します」




沙紀に最後に釘を刺されて、僕らは一度別れた。




ガラッと教室の扉を開けると僕の方に一斉に視線が向けられた。その視線を無視して、席に着席すると、松山が僕の方に怒りをにじませながら向かってきた。そして、そのまま胸倉を掴まれた。




「グっ」


「おいキモパンダ。てめぇのせいでみんなの前で恥をかいたじゃねぇか?どうしてくれるんだおい?」


「し、知らないよ。というか僕は、何も悪くないじゃないか・・・」


「生意気な口を聞くようになったじゃねぇか。沙紀がバックにいるからって調子に乗るなよ?それにお前は超問題児だから仕方がなく沙紀が構わざるをえないだけなんだからな?そこんとこわかってんのか?」


「わ、分かってるよ」




松山は完全に我を忘れて怒り狂っている。今にも殴りかかってきそうな剣幕があった。クラスメイト達は困惑しながらも特に何をするわけでもなく事の成り行きを見守っていた。




ガラっ




「号令~、ん?松山どうかしたのか?」




運が良いことに午後の授業の時間になったようだ。先生には絶妙に胸倉を掴んでいるように見えなかったのだろう。先生の方に向き直ると、いつものように外面のいい笑顔になった。




「いえ、明人・・に次の授業は寝ないように頑張ろうぜと励ましていただけですよ。な?」




松山は僕を名前で呼ぶことで仲がいいアピールをしつつ、問題児に構ってあげる優等生ぶりをアピールした。僕はそんな松山に恐怖よりも困惑を覚えて反応ができないでいた。




「流石理事長の息子だなぁ。それに比べて岩木は・・・こんないい友達に励まされたんだからしっかりしろよ?」


「はい」


「返事だけは一丁前だな。行動が伴わなければ意味がないんだぞ?」


「はい」


「・・・まぁいい、このままだとテストで大変な目に合うから覚悟しておけよ?」




僕の態度が曖昧なのを見て、説教が無駄だと思ったのだろう。暗に「退学にするぞ?」という意味を込めて、僕に脅しをかけてきた。そして、ここぞと山本が会話に加わってきた。




「先生!僕たちが明人を助けます!ワンチームの精神が僕らのクラスのスローガンなので、絶対に見捨てたりしません!!なぁみんな?」


「「「おお!!」」」




松山の音頭にクラスのみんなが同意する。その様子をみて、先生は感動していた。




「いいクラスだなぁ。岩木、こんなに周りに恵まれているんだ。お前は幸運なんだぞ?最後まで頑張りなさい」


「はい」




釈然としないまま僕は頷いた。そして、そのまま授業が開始された。




(ワンチームなんじゃなくて、オールフォー松山なだけだよ)




僕は先生に向かって心の中で反論した。そして、沙紀との約束通り放課後までしっかり起きていようと決めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「で、岩木君・・・。何か言い訳言い分世迷言があるなら聞いてあげるわ。どうぞ?」


「ご、ごめんなさい」




放課後、僕はいつの間にか寝てしまっていたらしい。縮こまって座っている僕を無表情で見下ろしてくるその姿はとても恐ろしかった。現在、クラスの中心で僕は沙紀に説教されている。




「全くだな。沙紀に迷惑をかけて甘えてるんじゃないのか?」




僕と沙紀の様子を観察していた松山が説教の中に加わってくる。すると、クラスのみんなは僕に対して口々に批判してきた。




「松山の言うとおりだ!」「そうだそうだ!」「水本さんに甘えんな!!」「問題児という立場を利用して水本さんに近付いているんでしょ?気持ち悪い!」




先生に対してワンチームと宣言していたクラスメイト達は皮肉なことに僕という異物に対してのみ有効らしい。加えて、沙紀という学園のアイドルを独り占めしている僕に対する僻みややっかみもスパイスになっていつもよりも攻撃的だった。




「はぁ、面倒ね」


「そうだぞ岩木。沙紀の迷惑を考えて、一人で」


「岩木君を連れ出すだけだったのに脳のないカス共を相手にしなきゃいけないなんて。余計なことをしないでくれるかしら?」


「え?」




沙紀の援護射撃をしているつもりだった松山達は電源を落とされたロボットのように固まった。




「沙紀、聞き間違いじゃなければ俺たちのことをカスと呼んだのかな?」




松山は信じられないようなことを聞いたかのように聞き返す。クラスメイト達もまさか自分たちが沙紀に攻撃されるとは思っていなかったのだろう。茫然と沙紀を見ていた。




「ええ。聞き間違いじゃないわよ。脳のないカス共って言ったわ。ごめんなさい。もっとはっきり言うべきだったわ」




形式だけは謝っているが、台詞は完全に煽っている。そんなことを言われて、黙っている我がクラスメイト達ではない。




「酷い!」「いくらなんでも言い過ぎ!」「俺たちは水本さんを助けようと思っていったのに!」「腹黒すぎる!」「私はこんな女だと思ってたよ?」「だよねぇ」




さっきまで僕に向けられていた怒号がすべて沙紀に降りかかる。




(沙紀!やりすぎだよ!)




僕は沙紀に視線で穏便に済ませろと指示したが、まるっと無視された。




「私よりも低能に何を言われても痛くもかゆくもないわね。それどころか滑稽だわ」




嘲るような表情で火に油を注ぐ。もう僕のことなどクラスメイト達は忘れているようだった。




「みんな静かに」




松山がそう呟くと、一瞬で静寂になった。そんな様子を見て沙紀はまた呟いた。




「まるで飼い主がいないとダメな犬みたいね。まぁその飼い主も低能だから救いようがないのだけれど」


「沙紀、ここまで我慢していたが、これは流石にやりすぎだ。次の生徒会選挙で会長になれなくても知らないぞ?」




松山は沙紀に脅しをかけてきた。




「今なら謝れば許してやる」


「松山くん・・・」「松山・・・」




松山は許してやるという態度をとることで沙紀にマウントを取ろうとしている。松山は慈悲深く手を差し出していた。僕もここでは謝るべきだと思う。僕の巻き添えで沙紀まで嫌われる必要はない。




「クソカスが・・・」




沙紀のその表情に僕を含めたクラスメイト全員が一瞬たじろぐ。沙紀はこの世すべてに憎悪を向けているかのような表情になった。ここまで感情を表に出している沙紀を初めて見た。僕は自分の額に汗が出ていることに気が付かなかった。




そして、はぁとため息をつきながら一回顔を手で覆って、いつものクールな沙紀に戻った。




「賭けをしましょう。松山君」


「か、賭け?」




沙紀の怒気を一身に受けた松山はたじろぎながらなんとか反応する。




「ええ」




沙紀は僕の腕を掴んで無理やり僕を立たせた。そして、




「私と岩木くんで学年のトップ2を取ったら岩木君に土下座をしなさい」


「は?」




(何言ってんの沙紀!?)




松山は一瞬何を言われているのか分かっていなかった。だが、みるみるうちに青筋を立てていった。




「おい、沙紀・・・いい加減舐めるのも大概にしろよ?お前にならともかくそこのキモパンダに俺が負けるわけがないだろうが」




悔しいが松山の言うとおりだ。松山はこの学年で沙紀に次ぐ成績を誇っている。そんなやつに僕は勝てるわけがない。




「s、水本さん、いくらなんでも無謀だよ?やめとこうよ・・・」


「明人・・は黙ってなさい」




沙紀は僕の進言を静止した。そして、松山に向かって堂々と宣言した。




「もちろん賭けの代償は払うわ。もし賭けに負けたら、このクラスの中心で私が土下座をするわ。カス共に対して、ね?」


「「「っ」」」




沙紀の挑発にクラスメイト達は全員青筋を立てた。そして、松山に対して、賭けに乗るようにみんなで神輿を担ぎあげる。




「・・・取り消しはできないぞ?」


「無論よ。ああそうそう、テスト期間中は明人にも関わらないで。大切な時間をカスへの対応で浪費したくないの」


「わかったわかった」




松山は賭けの内容を聞いて、余裕しゃくしゃくといった感じだった。絶対に負けないと確信しているのだろう。教室に歓声が響き渡る。僕は当事者なのに全く置いてけぼりだった。




「それじゃあ次に会うのはテスト後だな。二人で土下座の練習でもしておくんだね」


「ほざけカスが」




沙紀は松山の言葉に対して、中指を立てて応戦した。そして、僕の方に向き直った。




「行くわよ」


「ちょ、待ってって」




僕は沙紀に引っ張られながら、未だにバカ騒ぎしている教室から抜け出した。

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