三つの謎、二人の姉妹、真実一つ。
藤原くう
Heart to heart 1/7
「約束ですからねっ!」
そう言い走り去っていく背中に、私は手を振る。それから小さくため息。
「よし」
離れていく足音とは反対方向へと向かう。まっすぐ伸びるリノリウムの床。その先に、まもなく生徒会室という文字が見えてくる。
ノックすると、どうぞ、と全校集会でしか聞くことのない生徒会長の声が返ってきた。返事をし、扉を開けて中へ。
部屋は、教室とそれほど変わらない広さ。でも、三十個ほどの机はなくて、そこにあるのは大きなテーブル。そこには、眼鏡をかけた女子生徒と車いすに乗ってきょろきょろと視線を動かしている妹のきいがいる。テーブルの先には、大きな机があり、わが校の人気を一心に集める生徒会長にあらせられる平京介が座っていた。
私は、きいの隣に座ることにする。
「遅いよおねえちゃん」
「ごめん、ちょっと用事があって」
「それならしょうがないね」
私たちが話していると、平さんは立ち上がって、女生徒の隣に座った。
「さて、どうして君たちが呼ばれたのか、わかるかな」
「はーい」
「きい君だったか、どうぞ」
「わかりませんっ」
私は顔を覆う。なんて失礼なことを言っているんだろう、生徒会長怒ってないといいけど、なんて思いながら見れば、怒っているどころかむしろ笑っていた。
「そうか。では改めて伝えよう。君たち謎解き部は解散しなければならない」
「どうしてですか。校則第六条十一項には、一つの部に必要な生徒は最低二人だって」
「六条三十四項にはこうもある。活動が見受けられない部活は廃部となる」
ぴしゃりとメガネの生徒が言った。つんと澄ました表情は、どこかマシンを連想させる。
「橘花君がすまないね。でも、そういうことなんだ。謎解き部は何も活動していないように思われている」
「それはあなたたちがそう思っているだけなんじゃ」
「そうかもしれない。だから、何か具体的な実績等があるのであれば教えてもらえると助かるな」
私はうめくことしかできなかった。
実績。そんなものがあるわけがなかった。
謎解き部というのは、もともとこの学校にあったものらしい。それなりに長い歴史を持つ部活で、クイズ大会に出場し優勝したことさえあるんだとか。だけど、いまはさっぱりで、きいが入部する前は部員さえいなかった。部が存続していたのは、その部の存在そのものが忘れ去られていたからに他ならない。
そこへやってきたのがきいである。きいは部活なんてものに入りたくなかった――この学校は文武両道を掲げており、何かしらの部活動に参加しなければならなかったのだ。旧校舎一階の隅の方にひっそり存在する謎解き部は、きいにとって何かと都合がよかった。人気がなく、また人気さえもないから、部室はいつだって静かで読書にはうってつけの場所だ。
放課後部室へとやってきたきいは読書をしているらしい。らしい、というのは私はあんまりいかないから。きいに頼まれて、席を置いているだけなのだ。
一方は読書だけをして、もう一方なんているだけなのだから、実績なんてありはしないのだ。
「そ、そんなことないもん。読書とか読書とか読書とか、ワタシしてるもん」
「きい」
「…………」
そんな悲し気な目を向けないでほしい。向けるなら、なんの実績もないと言っているあの男の方じゃないか。
私はきいの目線から逃れるように、平先輩を見る。彼といったら柔和な笑みを浮かべ続けたままで、『微笑みの貴公子』なんて仰々しいあだ名もあながち間違いではないらしい。
そんな笑みを見ていたきいは頬をこれでもかと膨らませていた。
「そんなことを言うために私たちは呼ばれたんですか」
「そうなるね」
「じゃあ、もう帰ります」
私は立ち上がって、きいの背後に回る。車いすの背もたれにあるハンドルを握ったところで、平先輩の声がやってきた。
「まあまあ待って。もちろん、表向きには君たちに廃部を伝えることになっている」
「裏向きには違うってこと?」
「そういうこと。君たちには実績がない。それなら、実績を与えようと思ってね」
「何が目的です」
「大したことじゃないよ。投書箱の中に入っている生徒からの要望に応えてほしい」
「司法取引ですねっ」
きいがそう口にしたけれど、どっちかというと、脅しじゃないかなあと私は思う。
咲耶さん説明を、と平さんが言う。名を呼ばれた女子生徒は立ち上がると、生徒会室の外へ行き、箱を抱えて戻ってくる。
「これが投書箱です」
クリアで無機質な声を発しながら、橘花先輩が箱を開ける。逆さにすれば出てくる紙紙紙。紙で白い山ができるほど。開いてみれば、騒音問題だったり、先生への苦情だったりが書かれていた。まさしく投書という感じであった。
「これをすべて解決しろと?」
「全部とは言わないよ。だいたい投書にはくだらないものが多いし、ちゃんとしたものだって僕たち生徒会が行わなきゃいけない類のものだから」
「じゃあ何を?」
「これなんてどうでしょう」
紙の山から白いハートを拾い上げてはゴミ箱へと放り投げていた橘花先輩が言う。どうしてハートなんてあるのだろうと思ったけども、それを訊ねる前に一枚の投書が手渡された。それを受け取って読んでみる。
それにはこんなことが書かれていた。
変な手紙を受け取ったのですが、何とかしてもらえないでしょうか。
そんなことが書かれていた紙を、きいへと渡す。ふむふむと読み始める。
「変な手紙ってどんな手紙だろうね?」
「さあ。ストーカーからとか」
「そんなのっぴいならないことではないだろうけど。まあ、とにかく行ってみてきてくれ。どうにも手におえないってことになったら、僕かそこの副会長に――」
「咲耶です」
「あ、ごめん。咲耶さんに言ってくれたらいいから」
じゃ、そういうことで。
平先輩は私たちの抗議なんて意に介することなく、話を締めくくったのだった。
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