白楽の湖~妖精の恋~

1、湖の危機

私は、一目散に白い奇麗な装飾のされた階段を駆け下りた。そこは湖の広がる草原。綺麗に映し出された私の顔は、とても赤く、とても可愛かった―――…。





























「ナーシャ、どうしてあんな嘘を?」


カトルが尋ねる。


「カトル…、あなた、見ていたの?」


ナーシャの顔が、みるみる赤くなり、歪んでゆく。ナーシャは、泣き崩れた。


「ナ、ナーシャ…!一体、どうしたって言うの?」


カトルが、慌てふためく。


「分からない…!分からないの…!でもね、カトル、私はヒラユになんて言えばいいか分からなかったの…!」



「それは…ヒラユが、この湖を愛しているから?」


「そうよ。でも、この湖は…じきに枯れてしまう…。でも…言えなかった…。だから…」


「『この湖は、枯れることなんてない。これからも、築かれてゆくでしょう…』ナーシャ、君は、そう言っていたね…」


「えぇ…。カトル、私は何か間違ったことをしてしまったかしら?何か間違ったことを言ってしまったかしら?」



ナーシャ、と言う女の子は13歳、森の妖精だ。そして、カトルと言う男の子は14歳、空の妖精。そして、ナーシャがうろたえている原因になっているのは、湖の妖精15歳、ヒラユののことだ。




心は森。精神は空。愛は湖に宿るとされているこの世界。心の読めるナーシャは、ヒラユが、湖が枯れることなど予想だにもしていない現実に、心を、それこそ心を痛めていた。



そもそも、何が起きたのか…………。


この妖精の国、白楽はくらくは、天国にも似た、綺麗な森と、澄んだ空気と、底まで見透かせる美しい湖が、妖精の生態系を成している。と言っても、妖精は、肉食ではない。かと言って、ベジタリアンでもない。妖精たちは、ヒラユの守る、綺麗な湖の水で生き、息をしている。


白楽は、16歳になると、天国へと栄転する。しかし、それ以前に、白楽の森、空、湖の妖精には、一つ大事な約束事がある。その森と空と湖を、絶対に守らなければならない、というものである。


守る、と言うとおおざっぱだが、すなわち、森の妖精は、誰より心を読む力が必要だ。


空の妖精は、誰より、精神を重んじ、揺らがぬ意志を持ち、突き進む覚悟が必要だ。


そして、湖の妖精は、何を置いても、愛を忘れず、憎むことを決してしてはならない。一つ間違えて、もしも、何かを、誰かを、憎めば、その愛の力は消え、湖は澱み、白楽に住む妖精たちは、生きてさえいけなくなってしまう。


すなわち、3つをつかさどる妖精の中で、妖精たちの命を預かるのは、湖の妖精。つまり、愛の妖精、ヒラユが、要となってくるのだ。


そのヒラユの様子が、おかしいと、ナーシャは言う。




「昨日…私、見てしまったの。ヒラユが、湖に涙を零しているのを…」


「涙を!?」


カトルは、驚きを隠せない。


「そんなことをしたら、湖が…!」


「そう。澱んでしまうかも知れない…」


「なぜか、分かっているのだろう?心の妖精であるナーシャならば…」


カトルは、ナーシャに問いかけた。


「ヒラユは、………恋をしているわ」


「こ、恋!?」


それは、何とも由々しき事態だ。妖精が恋をするなどということは、聞いたことがない。白楽の妖精は、皆、その樹から生まれ、その雲から生まれ、その水から生まれる。恋などと言うものは、この白楽には、存在すらしないのだ。しかし―――…。


「本当なのか?ナーシャ。もしも、それが本当ならば、湖は澱み、妖精たちは息絶えてしまう…」


「えぇ…。だから、聞いたのよ。カトルが、聞いていた、あのことを…」









「…ヒラユ…?何か、悩み事でもあるの?」


「…!………なんだ……ナーシャか……」


「ナーシャか…じゃないよ。どうかした?湖のへりにうずくまって…」


ナーシャは、ヒラユが泣いていたのを、わざと見ていないふりをした。


「……何でもないさ。ただの、1日のお決まり。湖の透明度を見に来たんだ…」


「…そう…」


「…って…分かっているのだろう?」


「え?」


「ナーシャは…心の妖精だ。僕の心など、読み放題じゃないか…」


「…ヒラユ…やっぱり…泣いていたのね…」


「それだけじゃないだろう?」


「…………それ以上を…私に言わせるの?」


ナーシャは、悲しい顔をした。だって、白楽の長にバレれば、ヒラユはもう白楽にはいられない。あと1年なのに、天国への栄転もなくなってしまう。湖をもしもけがすような…枯らすような…そんな事件が起これば、ヒラユはただでは済まないだろう。ヒラユが自ら湖の妖精を辞退しなければ、白楽は全滅なのだから。そして、辞退した先に在るのは…黒崖こくがけと呼ばれる、人間界で言われる、のようなものだ。



「湖は…枯れるかい?…心を読めるナーシャなら、分かるだろう?」


重々しく、ヒラユがくちびるを動かした。


「………いいえ。この湖は枯れないわ。この湖はこれからも築かれて行くでしょう……」


「本当かい!?」


途端に、ヒラユの顔が煌めいた。余りの煌めきに、心をつかさどる妖精であるナーシャでも、ヒラユの心が、何処か読めない。





「メティ様…何か、御用でしょうか?」


白楽の夜、メティに、ナーシャは呼び出された。メティは、168歳。知恵をつかさどる白楽の長だ。


「ナーシャ、お前には…分かっておるのだろう?ヒラユの様子が…」


「……いえ……メティ様…。私は、13歳になったばかり。森の妖精をつかさどることになって、まだひとつきも経ちません。分からないことばかりで……」


ナーシャは、メティに嘘をついてしまった。




「………まぁ、よい。ナーシャ……何かあったら、おぬしが、ヒラユを止めるのだぞ?」


「………はい………」




ナーシャは、涙を堪えるのに必死だった。黒崖に…ヒラユが…ヒラユが…、そう考えるだけで、気が狂いそうだった―――…。

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