15 デルマスに帰還
「坊ちゃまは無事、辺境伯に保護されました」
ホテルで待っていた父親モーリスの許に、一足先に影が報告する。
「なんと、運がいい奴だな」
「その、坊ちゃまはかなり頑張られました。従僕も間に合って、私の出る幕はありませんでした」
「詳しく聞こう」
いつもより少し多めの影の報告に唖然とする。
翌日、辺境伯一行に連れられて、レニーは父のいるホテルに帰った。
「レニー、無事だったか」
「はい、お父様」
昨日はしおらしくしていたレニーだが、今日は笑顔であった。魔力も何のスキルも無い息子がシノン伯爵邸で大暴れしたらしいが、伯爵は何と言ってくるか。
まだ何も言って来ないが。
「アロン辺境伯には大変ご迷惑をかけて申し訳──」
モーリスが謝罪するのを遮って、辺境伯はニャリと笑う。
「いや、大変面白いものを見せて貰った」
「ははあ……」
モーリスの背中を冷たい汗が伝う。
「その、シノン伯は何も言って来ないのですが、これから行って──」
アロン辺境伯は何とも言えない顔をして引き留める。
「君は、昨日帰った事にした方がいい。国王様に伝書鳥を飛ばして、私の騎士も伝令に出した。彼らが来る頃には少しは落ち着いていよう」
シノン伯爵邸は当主が討伐された上に、媚薬が蔓延して酷いことになっている。一応、王都の騎士団の派遣を要請したし、シノン伯の傭兵も留まっている者は、辺境伯がまとめて預かっている。
辺境伯領には岩塩の産地があった。デルマスからは三日の距離である。魚を塩漬けにする為に大量の塩が必要で、辺境伯とはずっと取引があって懇意にしていた。
モーリスは辺境伯に『息子を連れて、シノン伯の所に行く事になった』と、伝書鳥の手紙を出したのだ。辺境伯が近々王都に行くと聞いていたので、帰りに寄って貰えたらと思ったのだ。
親バカの淡い期待であった。
それが、蓋を開けたらとんでもない事になっていた。もはや、デルマスの一商人のモーリスには出る幕がない。息子共々とっとと逃げるが勝ちであった。
後は辺境伯が何とかしてくれるだろう。丸投げにする事にした。
アロン辺境伯はエリアスを見て「面構えがいいな。辺境で預かって鍛えてやろう」と、とんでもないことを言い出した。
「「ええっ!?」」
エリアスが居なくなるって、ものすごく困る。ずっとおんぶに抱っこだった。
「それではこの子の付き人がいなくなって、困ります」
父のモーリスが困惑してアロン辺境伯に訴えると「この次男を付き人にやろう。鍛えてあるから役に立つだろう」と、一緒に居た少年を差し出した。
余計にとんでもない事であった。
「俺はダミアン・マルク・アロン。よろしく頼む」
少年は嫌がりもせず、かえって面白そうに自己紹介する。
(こっちは平民の商家の三男だけど、僕より二つ年上の十四歳の辺境伯次男なんて──、どうやって召し使ったらいいというんだ)
レニーは困惑しきった顔でみんなの様子を見るが、ここで一番偉いのは辺境伯であった。ご無理御尤もである。
「ウチは平民で商家でございます。客分で──」
「俺は何でもできる。遠慮なく使ってくれ」
エリアスより年下なのに大きな体で強そうなアロン辺境伯次男のダミアンは、やる気満々のようであった。
* * *
デルマスに帰って港のギルド支部に行くと、ラッジが待っていた。
「無事で良かった」
「無事だったよ、ラッジのお陰なんだ。僕、頑張ったの」
「よく頑張ったな」
レニーは手を広げるラッジの胸に飛び込む。ラッジが嬉しそうに笑って、レニーを抱きしめ頭を撫でてくれる。
「ラッジ、知っているみたいに言うんだね」
「はー、俺は待つ事しか出来なかった。待つって辛いんだな。とても辛かった。自分じゃ何も出来ないから」
ラッジはレニーを抱きしめて「何処もどうも無いか?」と身体を調べて、ついでにちゅっと頬にキスをする。
「おい!」
後ろからついて来た男が咎める。
「そいつは誰なんだ」
「俺はラッジだ。お前こそ誰だ」
ラッジがレニーを抱いたまま睨む。
「俺はダミアンだ」
「辺境伯様の御次男のダミアン様だって」
「なるほど」
レニーがダミアンの言葉を補足すると、頭の上でキンと音がするくらいに視線が切り結び、睨み合う。どうすればいいのかなと、レニーは冷や汗をかいた。
「チャラチャラしてニヤケた軽薄そうな野郎だな、こんな奴が好みか」
「へ?」
思わずラッジの顔を見上げる。
「何だ」
ラッジがちょっと唇を尖らせる。
「僕ね、ラッジがラッジだったら何でもいい」
「レニーは可愛いな」
「何だこいつら」
デルマス港は平和で、どこまでも凪いでいる。
せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい 綾南みか @398Konohana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます