彼女が一番好きなのは……

野苺スケスケ

第1話 チョコレートケーキも食べれるようになったよ

 勤務中、見慣れない番号からの着信。恐る恐る出ると病院からだった。

 課長に、早退を訴え走る。病院に到着した頃には、涼花すずかはすでに冷たくなっていた。

 まだ三つだった苺花いちかをおぶって涙を流しながら帰った幼稚園の帰り道。苺花の笑顔が唯一の救いだった、涼花によく似た笑顔が。


 〜数年後〜


「パパー!パパー!」


 最初に目覚めた時は五時半だった。早朝の五時半、まだ寝れると思い布団に潜ったのがいけなかった。


 隆一りゅういちの腹部をまたぎ苺花が必死に隆一を呼ぶ。


「おはよう苺花」


 目覚めのいい朝だね……みたいな表情が苺花を怒らせる。


「おはようじゃない!遅刻!」


 嘘!そんな顔で時計を確認する隆一。午前七時三十分……。

 あ〜終わった。と諦めそうな気持ちに鞭を打ち、飛び起きる。

 最初に向かったのはキッチン。いつも通りの朝ごはんを短縮しなきゃ、パン……パン……。


「ごめん今日パンでいい?」


 朝は、お米の苺花にわかるよね?と言いたげな訴えだったが。苺花は意に介さず。


「今日遠足、弁当、べんとう!」


 あの……私……数日前から伝えてありますが、忘れてましたか?とでも言うように直立不動で慌てる隆一から視線を外さない苺花。


「ご、ごめーーーん」


 隆一、最終手段の大袈裟な謝罪。


 ピンポーン


 チャイムが鳴る、誰だこんな朝早くに。と怪訝な顔の隆一を他所に、苺花はモニターを見ることもなく玄関までかけていく。


「おはよう苺花ちゃん」


 渋く低い声……太田さんだ。

 苺花の母、涼花がキャバ嬢時代、一番のお客さんだった有名企業の社長である。親のいなかった涼花の父親代わりのような人だった。隆一と涼花が結婚してからは、二人に気を使ってか疎遠になったが、涼花が亡くなってからは頻繁に苺花に会いに来るようになり、孫のように可愛がってくれている。


「おはようございます、どうかされました?」


 隆一は玄関まで出向き太田に挨拶をする。

 太田の目がキラリと光る。


「はははっ!今日は遠足じゃないか!」


「ええ……よくご存知で……」


 朝から元気な人だ、と隆一は思った。見た目からは年齢を感じさせない、イケオジという言葉がピッタリな太田である。


「せっかくなので、お昼を一緒にと思い。いつも使う料亭の女将に頼んで弁当を作ってもらったのだ」


「え!?本当に、いっぱいある?」


 苺花が食いつく、隆一は咄嗟にまずいと思い、苺花をリビングに誘導しようとしたが、無駄だった。


「パパがお弁当作ってくれなかった」


 その言い方はまずいだろうと笑って誤魔化す隆一。


「ハハ……いや、忘れてしまって……」


 太田は豪快に笑い飛ばす。


「パパも一生懸命だからなそんな事もあるさ」


「すいません助かります」


 そう言う隆一にウィンクで返すお茶目なイケオジである。


 太田の車で学校まで送ってもらうことになった苺花。途中、通学中の亜玖璃あぐりが目に入ると窓から顔を出し。


「亜玖璃〜やっほー!」


 と通り過ぎていく。

 苺花?まったくアイツは……年下のくせに。と思うが黙って手を振る亜玖璃。


「キレイな子だね?高校生かな」


 太田が苺花に聞くと、苺花は嬉しそうに答える。


「うん!カッコイイでしょ!頭もいいんだよ!」


 苺花は太田と過ごす時間が好きだった。苺花が六年生になり社会がある程度わかってきたからか、キャバ嬢時代の涼花の話をよくしてくれる。話の中の涼花は、苺花の知らない世界でキラキラと輝くお姫様のような存在。そんなママが誇らしかった。


 車が校門の前で止まり、苺花が降りてくる。苺花の事を知らない人から見れば、どこぞのお嬢様。と思うくらい苺花は美少女だったが、実情は……。


「おっはよー!苺花」


 と挨拶してくる同級生の男の子に対して。


「おっす!あとでオヤツ交換しようぜ!」


 とこんな感じである。


 遠足は目的地に到着し、お弁当の時間である。

 苺花は、ある男の子の元へと向かう。


 陸玖りく、苺花とは幼稚園から一緒の幼なじみである。陸玖の後ろにそっと立ちポケットから何かを取り出す苺花。陸玖がお弁当を膝に乗せるのを見計らい、ポイっとお弁当の上にそれを投げた。


「うぎゃーー!」


 陸玖の悲鳴が轟く、それを見てお腹を抱え爆笑する苺花。ゴロゴロと転がり過呼吸でも起こすんじゃないかと心配になるくらいの爆笑ぶりだ。


「お前!苺花!」


 悲鳴をあげた自分が恥ずかしかったのか陸玖は顔を真っ赤にして苺花に詰寄る。手には、よく出来たトカゲの模型。


「凄いでしょそれ!昨日オヤツ買うついでに百均で見つけたんだ〜!」


 ひっ、ひっと笑いを堪えながら答える苺花はしつこいほどさっきの陸玖の真似をする。


 苺花以外の誰かだったらグーで殴ってるとこだったが、苺花が笑ってくれるならこんなイタズラなんでもないと、ヒッソリと思う陸玖であった。


「ほんとくだらねーな!お前、弁当は?」


 と聞く陸玖にもうすぐ来るよ。と答える苺花、そこにタイミング良く


「おーい!苺花ちゃん」


 太田が登場する。


「おーいつものイケオジじゃん」


 と陸玖の反応。


「じゃ!またね!」


 と去って行く苺花に少し寂しそうな陸玖であった。


 太田の秘書が先生等に説明しているのを他所に、苺花と太田はいそいそとシートを敷き弁当を広げる。


「ワオ!すっげぇ!運動会じゃん」


 苺花の反応に満足気な太田。広げられた弁当は重箱に入った豪華な料理の数々。


「どれでも好きなの食べなさい!デザートもあるよ!」


 とタッパーに入ったフルーツを見せる。


「ワオ!お正月じゃん!」


 とテンションが上がって訳の分からないことを口走る苺花。


「なにこれ!?めちゃくちゃ美味しいんだけど」


 苺花がそう言って驚いた料理はだし巻き玉子だった。


 苺花の箸につままれたそれを見て太田の瞳にちょっぴりと涙が。


 初めて涼花を料亭に連れて行ったことを思い出す。だし巻き玉子を食べた時、涼花も同じ顔をしていた。


「親子だな……」


 愛おしそうにそっと呟く太田であった。


 その日の夜、隆一は謝罪とばかりにケーキを買って帰った。


 が……。


「ほんっとに何も覚えてないのね!わ・た・し・は!ショートケーキ以外食べないの!」


「おやすみ!」


 そう言って部屋に行く苺花の背中に


「まだ八時だよ、お風呂は〜……ごめんよ〜……」


 隆一の虚しい嘆きが。


 次の日の朝、キレイに食べられたチョコレートケーキを見て、苺花への愛が爆発しそうな隆一であった。



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