第6話

木々が隙間なくはえ、月明りが届ない闇の中を想と陽真は迷うことなく足を進めていた。歩いている間にも何体もの悪霊が襲ってきたが想と陽真の霊幕に弾き飛ばされて消滅した。

「……今ので百体超えた」ぼそりと前を歩いている陽真がつぶやいた。

「そうですね。分かっていたことですが、罠みたいですね」

「お兄さんは話が早くて助かる」前を向いたまま陽真の嬉しそうな声が聞こえた「悪霊がゲームの雑魚キャラ化してるよね。ウケる」

ケラケラと笑いながら、足を止めたその瞬間も悪霊が二人を襲い霊幕にぶつかり消滅するというのを繰り返している。

「ねぇ、黒鉄雄路は何がしたいのかな?」片足を大きく上げてクルリと想の方を見ると見上げた「天魔は何がしたいのかな?」

「……悪魔は分かりませんが、黒鉄雄路は私が目障りだったのでしょ」

黒鉄雄路とは幼い頃に一緒に過ごしていた記憶のあるため、彼を完全否定することはできなかった。もちろんここまでの事態になったからには佐伯の当主として処分する必要がある。

「彼は才能のある方で、前当主である佐伯幻治がスカウトしてきた人間です」

「へー、だから佐伯家の当主になりたかったとか? 当時は、佐伯家は国家機関じゃなかったもんね。自分が当主になって上げようとしたのかな?」

「当主……。どうでしょうか。私は生まれつき身体が良かったです」

「有名な話だね」彼は一か所にとどまることができないようで話ながらその場でクルクルと回った。「佐伯の血はおしまいだって親父が嬉しそうだったなぁ」

「そうですか」

三家が佐伯を疎んでいるのは知っている。だからこそ、花ケ前の次期当主が自分に懐いたような態度を取るのが不思議であった。

「まぁ、俺は親父と違うから」手持ち無沙汰になったのか、襲ってくる悪霊を殴りはじめた。悪霊は彼の手に触れる前に霊幕で消滅してしまうのでその動作はパフォーマンスでしかなかった。「続き」

「はい。彼が悪魔の契約を持ち掛けました。父が悪魔を探し、父と私が契約をすることで健康な体を貰いました。先刻院瀬見さんに伝えたように悪魔の探し方は知りません。記録もありませんでした」

「うーん、それ自分で見た話し?」今度は悪霊を蹴り始めた。それも殴っている時同様でパフォーマンスだ。

「いいえ、父から聞きました」

「だろーね。多分違うよ」悪霊へ攻撃をやめて、じっと想の顔を見た「さっきの院瀬見のおばさんが言っていたのはほんと。佐伯幻治さんは悪魔を探していない。悪魔から契約を持ち掛けたんだ。佐伯幻治さんもお兄さんも最高の魂なのだよね。その仲介をしたのが黒鉄雄路なんだけど、彼一人じゃなくて……」

その時、攻撃が効果ないと判断してようで悪霊の量が増え、束になって襲ってきた。そのせいでお互いの声が聞き取りにくくなった。

「ウザい」

陽真は腹が立ったようで、両手を合わせた。すると、想の霊幕が消えて陽真の霊幕に囲まれた。

「え?」

霊幕はある程度の霊媒師なら容易にできる。だが他者が対象の場合は話が別だ。

「浮いた……?」気づけば陽真の霊幕に囲まれた想はそのまま浮き上がったのだ。ただ霊力が多いだけでない気がした。それは期待ではなく不安要素だ。

ゆっくりと上層していくと、森が見渡せる所で停止した。月の明かりで森全体が見えた。

陽真はじっと下にある森見ると、両手を広げて森に向けた。

「狙(」

唱えると、森は黄色と青の混じった薄い霧で覆われた。それは見ないほど広範囲にわたっていた。

「滅」

陽真の言葉で、霧が一気に晴れた。それと同時に悪霊の気配がなくなった。

「こんなもんかぁ」何度か頷くと、ゆっくりと地上にもどり想を覆っていた彼の霊幕は消えた。彼自身は纏ったままであった。

「戻ってきたんだから霊幕くらい自分で作ってよね」

陽真が口をとがらせて言うと、「そうだね」と言って霊幕発動した。彼のあまりに想像を超える力に驚きすぎて思考がうまく動かなかった。

「うん?」想の様子を見て陽真はニヤリと笑った。「あ、びっくりした? そっか~。俺って西でしか活動しないから東メインのお兄さんには刺激が強かった」

「刺激……。そうですね。刺激的でした。流石花ケ前ですね」

「花ケ前?」一気に空気が変わった。全身を針が指すようにピリピリと痛みだした。「俺が特別なんだ。親父も言っていた」

刃物で切り付けられたように、ズボンやパーカー裾が切れ足や腕からは血が流れた。力の差があり想の霊幕が意味をなさなかった。

『窮地か』

頭の中で五蘊魔が話しかけたが、霊幕を厚くして襲い掛かる刃を防いでいるため想に返事をする余裕はなかった。刃が頬をかすり血が流れた。

『これは魔力だ。魔力でしか防げぬ』

―頭の片隅でそんな気がしたが、魔力を使う気はなかった。使えば……。

『否。現実は残酷だ』

五蘊魔の意味深な言葉が気になったが、今は考えるべきは目の前のことだと思い気合いを入れて、両手を動かし魔力を練ろうとしたがやめた。

「か、陽真君……」目を開けるのやっとであり、全身傷だらけになったがまっすぐ彼の方を向いた。

『虚けめ』その言葉を最後に五蘊魔の気配は消えた。

『わ、私も、霊媒師……なんでね。そんなもんよ』痛みがあまりに長く続いたため麻痺してきた。刃の速さに回復が追い付いていないが切り傷であるため致命傷にならない。

「か、陽真君……。ご、ごめんね。あ、安易に、家の名前だして……」

いくら、彼が強くとも頭が良くとも子どもには変わりない。この力を持っているのだがら家からの期待も大きい。才能を持って霊媒師の家に生まれれば、どの家も待遇は変わらないだろう。自分の父を思い出して、ため息がでた。

「な、なんで魔力で応戦しないだよ。いくら治るからって無限じゃないでしょ。俺が本気だせばお兄さん死ぬよ」

「し、死ぬかぁ……」

死んだら五蘊魔の配下になる。どんな生活が待っているか分からないが早めにそっちへ行ってもいいかもと思った。現世に入ればやることが多くあるが未練があるわけではない。 

想は霊幕を解いた。すると一気に刃が強くなり身体を切り刻んだ。

「な、なにしてんの?」

 陽真は力を止めようとしたが、止まらなかった。想の不可解な行動に混乱して魔力が上手く制御できなかった。

「私の命一つで怒りが収まるならいいよ」

――収まらないかもしれないがどうでも良かった。

「ち、ちがう。お兄さん。まって……」

頭に大きな衝撃を食らった瞬間、全身に強い痛みを感じて目の前に土地が現れた。次第それがぼやけていった。

そんな中、遠くで「お、俺じゃない。あ、お父さんに……」という酷く動揺する声が聞こえた。その声がすぐに陽真だとわかり、彼が安心するような言葉を言おうとしたが声がでなかった。目の前が真っ暗になると何も聞こえなくなった。身体が酷く重く眠くなってきた。

『おやすみ』想は声にならない言葉で言った。


夏休みに入ってから、正しくは想から依頼を受けてから昼夜逆転していた。悪霊は基本的に夜しか活動しないため夜行性になるのは仕方なかった。

「夏休み中に全部終わんねぇか」

「そうなるように頑張るのよ」

幻が口を尖らすとそこからキツネが二匹出てきた。彼女はひらりとスカートを振る返し、目の前でうごめいている悪霊を指さすとキツネはそれに向かって走り出した。

「庵君」

「え、あ、はい」

首輪をつけ幻にリードを持たれている庵は呼ばれると慌てて返事をした。深呼吸すると、幻が出したキツネをじっと見た。キツネは耳をピクピク動かすと悪霊の腹を食い破り中から黒い石を取り出した。勢いよく破ったため、あたりに赤い血が飛び散り、黒い石は勿論のことキツネも真っ赤に染まっていた。

「よくやった」真っ赤になっているキツネに幻は笑顔で抱き着いた。彼女は散らかっている内臓を一切気にしていないようであった。この光景も何度も見るうちに嘔吐しなくなり落ち着きを保てるようになったが見てて気分がいい物ではない。

しばらくすると、悪霊もその血も消えてなくなり黒い石だけが残った。それを幻は腰につけているポシェットにしまった。

「短期間ですごい連携だな」

「でしょー。流石、私の庵君とキツネでしょ。もう可愛いだから」

幻は鼻高々に笑いながらキツネに口づけをするとそのまま体内に仕舞った。庵は彼女の言葉に頬を赤く染めた。

「いや……、そんな。たまたま、あの悪霊の思いが聞けたからだよ」

「悪霊の言葉を聞けるっていいよね」

「そんなことは……」庵は悲しげな顔をした。「この力のせいで、あまり家族と仲良くなかったから」

「あー……」

庵家で過ごして日を思い出した。短期間であったが、良い印象はなかった。

「僕がじゃない子どもだった良かったのにね」

消えそうな声で話す庵を見て、両親がいるから幸せという訳でもないなと思った。

「僕が父さんや母さんの理想通りの子どもだったら良かったのに……」

「理想なぁ……」

悲しそうな顔で宙を浮く庵を見た。その時、彼は勢いよく地面に引っ張られた。幻がリードを引いて庵を自分に寄せたのだ。幻は後ろから抱きしめると庵は彼女が抱きしめやすいサイズになり微笑んでいる。悪魔退治に行き始めた頃は抱きしめられるだけで真っ赤だったのに嘘のようだ。

「誰かの理想になるより、庵君自身を見てる私がいいよね。一番……」そこまで言うと庵の髪に顔をうずめた。「違う、だけだよね。他の要らないよね」

庵の髪の間から見える彼女の目はまるで呪っているようであった。それに気づているのかいないのか庵は優しい微笑みを浮かべて彼女に同意した。

「うん。幻だけだよ」

「……二人がいいならいいけど」

なんとも言えない二人の関係だったが、庵の身体を抜けたら無関係になるため干渉しないことにした。

「それにしても、勇樹強くなったじゃん」庵を抱きかかえながら嬉しそうに幻は階段を降りた。勇樹は彼女の後ろをゆっくりとついていった。電気のないそこは地下に向かえば向かうほど月や街灯の光が届かなく真っ暗であった。勇樹と幻は霊幕を使った。

「あぁ、魔力の方も少しずつ使えるようになったしな」

「魔力は緊急の時のみにしないと」庵が幻に抱かれたまま、首だけを動かして勇樹を方を見た。「悪魔の力はリスクがあるから」

「あぁ」勇樹は小さく頷いた。

「でも、いいこともあるよ」人差し指を立てて、幻が強く語った。

「そうだなぁ。でも俺に上手くできるか……」

ため息をつきながら勇樹は階段を降り切ると周囲を見回した。

「庵がいると、視界でも確認できていいな」

ぼっと火の玉のように光る庵を見て勇樹が言うと、「どーも」とふてくされたように返事を返した。

勇樹はゆっくり歩きながら周期を確認した。古びているが、コンクリートはしっかりしたプラットフォームであった。そこから顔だして線路を覗いた。この線路は現役であるため整備されている。その時、遠くで電車の音がしたと思ったら、奥の線路を八両編成の車両が通った。日付が変わる頃であったため電車には殆ど乗客はいなかった。

「ん?」

プラットフォームの奥でぬるりと嫌な感じがした。悪霊が出現する時よくある感覚だ。

「ちょっと行ってくる」と幻と庵に声をかけ、彼らの返事は聞かずに嫌な感覚がした方に向かった。

整備されてないコンクリートの隙間からは雑草が生えていた。それを踏みつけて、進みプラットフォームの端まできた。壁の隙間から黒いゼリー状の液体が出ていた。

「キモ」

勇樹は霊力で、カッターナイフを作り刃の部分を一メートルほど伸ばした。それを振りかざすと勢い良く切りつけた。切られた、ソレはうねりながら動き、手足が生えた。

「なん?」

勇樹が眉をひそめた、その時キツネが来てそれを食べた。

「ぼーっとしているんじゃない」と幻の罵声が聞こえた。

気づけば手足の生えたゼリーで囲まれたていた。それは手のひらサイズであったが数えきれないほど多かった。それを幻のキツネが食べている。

勇樹はあたりをじっと見まわした。すると壁にあるトイレが目についた。どこにでもある公衆トイレの形をしているが、異様な気配を感じた。

「本体はそこか」

足元にうろつくゼリーの悪霊を飛び越えるとトイレの前に立った。冷たい空気を感じた。

「公衆トイレって好きじゃねぇんだよなぁ」

ため息をつきながら、気配の強い女子トイレの方に入った。

「失礼しますよ」入ってすぐの鏡の前に黒髪のおかっぱで赤いフリースのスカートを履いた少女が立っていた。

「あーセクハラになる?」

とぼけた声を上げると少女はゆっくりと振り向いた。彼女はニヤリと笑うと素早く手を伸ばしてきた。慌てて屈むとその手は壁にめりこみパラパラと破片が落ちた。

「トイレのなんとかちゃんってやつ?」口元をヒクつかせながら、更にすごい勢いで手を伸ばして繰り出してくるパンチをよけた。何度も打たれた壁はタイルが割れてボロボロになった。

「ククッ……」

おかっぱの少女は出会った時の場所から動かずに手だけで攻撃しながら笑っている。

「ここは学校じゃねぇーよ」

繰り出される拳を飛び上がりよけると、重力と体重をカッターナイフにかけて少女の手を切り落とした。大量の血が噴き出して手が地面の落ちると少女は鼓膜が破れるような悲鳴をあげた。攻撃がやんだ隙に、少女に駆け寄るとカッターナイフを振り上げて彼女の首を斬り落した。血が噴水のように噴き出て首がコロリと地面に落ちると少女の身体は後ろに倒れた。

「はぁ、終わったか」

しばらくすると血も少女も消えてなくなった。消える瞬間、可愛らしい女の子の顔になった。この瞬間いつも「人間を殺している」というのを思い知らされる。慣れちゃいけないと思いつつも次第に平気になっている自分がいるのは事実であった。

「あー、仕方ねぇよな」

彼女が消えた後に残った黒い石を拾うと腰のポシェットに入れた。カッターナイフを消し、身体の埃を払いながらトイレをでるとゼリーの悪霊がいなくなっていた。

「終わったの?」

幻に声をかけられた。彼女の足元にはキツネとオオカミおり肩にはワシがいた。手をパチンと手を鳴らすと霊獣はシュルリと幻の中に入っていった。

「あぁ、石も見つけた」

「そう。じゃ、戻るよ」

そう言って幻は階段に向かった。リードの先ではぷかぷかと浮いた庵が眠そうになった。

「勇樹、どんどん強くなるね」

「そりゃ、センセイが出掛けてから数えきれないほど悪霊退治しているからなぁ」

階段を上がると、朝日が見えた。それがまぶしくて勇樹は目を細めたが幻は平気な顔をして足を進めた。それに遅れないように小走りで彼女に並んだ。

「良かったよ。勇樹が庵君を消費し続けるならどうしようかと思っていた」

真っ直ぐ前を見てそういう彼女からは感情を感じることができなかった。昔から彼女はそういう得体のしれない部分があった。

「アハハ……。ちょっと俺、散歩してから帰るな」

そう言って彼女からの返事も待たずに小走りでその場から離れた。

近くの小さな公園に入るとベンチが座った。幻や庵の姿は完全に見えなかった。

「センセイはいつ戻るんだろ」

想が出掛けてからかなり経つが連絡がない。出会ってから日が浅いが、その期間ほとんど共に過ごしていたため居るのが普通になり寂しさを感じた。

目を閉じて、ベンチに頭をつけると朝日を全身で感じ気持ちよかった。

「やぁ」

突然声をかけられて、驚いて目を開け身体を起こした。目の前には和服を着た老人がいた。長いひげは整えられて綺麗な身なりをしたその人はやさしい笑みを浮かべた。

「お、おはようございます。お散歩ですか?」

「そうだね」

朝日が昇って間もない時刻。老人は早起きといっても早すぎると思いながら彼を見た。

「少し話をしてもいいかね」

「は、はい」

不信に思いながらも、少し座っている場所を移動してベンチを開けた。老人は礼を言うと腰を降ろした。皺が多く年を取っているように見えるが、動きは年齢を感じさせなかった。

「突然だが、私はね。君のおじいさんなんだよ」

「はぁ……」

朝日に照らされた老人の顔は真剣そのものであったが勇樹には信じられなかった。

「庵海斗君だろう」

その名前を聞いて、今自分が庵の身体にいることを思い出した。周囲がが「勇樹」と呼ぶためうっかりしていた。しかし、彼のセリフから庵はこの老人とほとんど面識がないことが想像できた。

「あぁ、唐突なことで驚くのも無理ないね。私の名前は花ケ前陽炎。霊媒師の家で名家なんだよ」

「はぁ」

すこし前ならすごく怪しい老人で詐欺だと思うとこであるが、散々悪霊や霊力を見た後であったため現実味のある言葉であった。

「君の霊力は素晴らしいね。私の息子に陽真というのがいるだけどね。その子の力も素晴らしいだよ。君より少し年下だけどね」

「年下……」

「あぁ、年を取ってからの子どもだからね」陽炎は寂しそうな顔をした。「なかなか子宝に恵まれなくてね」

「え……? 俺……私の親も子どもですよね」

老人の言っていることがいまいち理解できずに首を傾げた。庵の両親どちらかを産んだのであれば「子宝に恵まれない」ってセルフは出てこない。

「あ~。そうだね。君のお父さん、いや……お母さんだったかな?」陽炎は長いひげをなでながら考えていた。「まぁいいか。ソレには霊力がなかったから花ケ前としては子と認められないのだよ」

実に残念だと首を振るが陽炎は勇樹の理解を超えていた。

「だから、海斗君は花ケ前の戸籍にはいないのだが養子として迎えいれよう。血で言ったら孫であるが戸籍上は息子となる」

「……?」

「そんな怖い顔をしないでくれたまえ。父さんと呼べとは言わないよ。おじいさんと呼んでくれて構わないよ」

「そこじゃない」

今の話で、胸糞悪いお家事情が良く理解できた。彼が自分が承諾する前提で話を進めているのも気にくわなかった。

「では、どこかな? 君には帰る家がもうないだろう?」

「よく、知っていますね」

気持ちを落ち着かせて、言葉遣いに注意した。彼が力を持つ人物ならば今後面倒くさいことになりかねなかった。できれば穏便にお引き取り願いたかった。

「あぁ、君の家が燃えて両親がなくなったのはニュースになっていたからね。なぜ葬式に顔をださなかった?」

「……へ?」

驚きのあまり目が点になった。そして、真っ先に疑ったのは目の前にいる陽炎だ。

「なんだい? まさか私が放火犯だと?」彼は両手を振って強く否定した。「そんな事をしなくとも君の両親は私に売ってくれると承諾したんだよ」

陽炎は嬉しそうに笑ったが、すぐに眉を下げてまたひげを触った。

「その矢先、火事が起きたんだ。タバコの不始末が原因となっていたが、あの家は誰も吸わないのに不思議だね」

さも犯人をしているような言い方をした陽炎の顔は笑顔であったが感情が見えなかった。

「まぁ、金を支払い契約は交わした後であるから君は花ケ前のモノになった。だから、彼らのことはどうでもいいだけどね」

「いや、でも……私は庵ですから」

これ以上、陽炎と共にいると説得されそうであったため立ち上がった。

「そうかい。心身共に庵海斗君になってから花ケ前に来てもらっても構わないよ」そう言うと陽炎は立ち上がり、挨拶をして去っていった。

勇樹は陽炎の後ろ姿が見えなくなるまでその場に立ちすくんだ。

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