第26話

「ねえ? なんであんなにお互いの名前を呼び合っているんだろうね」


 隣にいる銀髪の子がアリシアに聞いてきた。アリシアは当然とばかりに笑顔で答えた。


「それはね、愛しているからだよ!」

「なるほど……それが人間の納得できる答えというものなんだね」


 二人はその後も、お互いの名前を飽きることなく呼び合った。


「殿下! 殿下!」

「シャーロット! シャーロット!」

「殿下!!  ……………………ん?」


(あれ?)


 急に声が止まったので不思議に思ったアリシアは隣を見た。すると、その女の子も不思議そうに首をかしげていた。


「ねえ、なんで止まったのかな?」

「さあ? なんでだろうね」

「うーん、よくわからないや」


 よく分からないまま二人は殿下とシャーロットの観察を続けていたが、やがて終わりの時が来たようだ。突然シャーロットが殿下に囁いたのだ。


「……大好きです」

「うん、知ってる」


(……ん?)


 なぜか、二人はその後も同じことを繰り返し始めた。


(なんでまた始めちゃうんだろう?)


 このよくわからない状況にアリシアは首を傾げたが、隣で見ていたその子は興味深そうに目を輝かせていた。

 それからしばらくして殿下とシャーロットの観察は終わったのだが、隣から小さく呟く声が聞こえた。


「なるほど……人間というのは不思議だね」

(やっぱり、この子は少し変わっているね)


 アリシアはその子に笑いかけると言った。


「一緒に殿下とシャーロットさんの観察をしようよ!」

「君の誘いは嬉しいけど、あたしには他にもやることがあるからね」

「そう……」


 断られたのは残念だったが、それからというもの、毎日二人の秘密の観察を続けることがアリシアの日課になったのだった。




 その頃、ある辺境の寂れた教会で一人の男が祈りを捧げていた。どこかのパーティーに出席したかのような正装をしていたが、その身なりは不思議と汚れていた。


「女神様、僕をあの戦地から救ってくれてありがとうございます。女神様……」


 戦地で彼はまさに絶命の瞬間だった。だが、気が付くと周りは敵も味方も全てが吹き飛んでいてまるで獣が蹂躙したかのような有様だった。

 その血塗れの現場で彼女が手を差し出してくれたのだ。


『君がウィルだね。あたしに手を貸してくれないか? あたしの知りたい事の為に』


 そう言われて……地獄のような戦場においてその美しい姿は女神としか思えなかった。だが、数日前から姿を見せてくれなかった。


「女神よ、僕を見捨てたのですか? あなたの仰られるようにわけの分からないパーティーにも出席したのに……どうして返事をしてくれないんです?」


 孤独でいると戦場の記憶が蘇ってきてしまう。それを振り払うように頭を振る。

 不安に押し潰されそうになっていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ごめんごめん、君を忘れたわけじゃないんだよ。ただこっちも忙しくてさ」


 目の前には銀髪の美しい少女が立っていた。その姿を見た瞬間、男は歓喜の涙を流しながら膝をついた。


「ああっ……女神様、お会いしたかった!」

「フフ、あたしが神なんてね。本当の神が聞いたらきっと怒るよ」


 その少女は慈しむように男の頭を撫でてくれる。


「実はね、君はもういらなくなったんだ」

「ええ? 一体何故?」

「シャーロットが殿下とよりを戻すことにしたみたいでさ。君の入る場所はもう無さそうなんだ。あたしも二人の恋を見届ける事に決めたんだ」


 男は不思議に思ったが、すぐに納得がいった。この少女は自分の知らない場所で何かを見て決めてきたのだ。

 そして、その考えは正しかったらしい。


「そういうわけだから君はやっぱりこの戦場で死んでくれないかな? もういらなくなったし邪魔にもなりそうだしさ」


 少女は片手を振り上げる。ウィルは涙を流しながら祈りを捧げ、その時を待った。


「はい、あなたがそう決められたのなら従いましょう」

「君はどうしてそんなに嬉しそうなんだい? あたしが殺した奴らはみんな恐怖して泣いていたのに。もう1000年前になるけどね」

「それは、あなたを愛してしまったからです。僕の人生はもう全てあなたのものです」

「そうなのかい? でも、もういらないって決めてきたんだ。君はもういらない」


 少女はそう言って震える自分の手を見た。それを見て密かに笑う。


「人間があたしを惑わせてるというのか? この1000年を生きる獣を。フッ、面白いね」


 そして、振り下ろされた手によってウィルの生命は今度こそ消え去ったのだった。

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