第16話

 しばらくして意識が戻った時にはすでに抱きしめられていた状態から解放されていたが、何故か名残惜しさを感じていた自分に戸惑った後で首を振ると気持ちを切り替えようとした。

 だが、上手くいかないようでモヤモヤした気分が続いていたのでどうしたものかと考えていると、不意に手を握られたので見てみるとそこにはウィルがいた。彼は微笑みながら言ってきた。


「大丈夫かい? なんだか元気がないみたいだけど」


 そう言われて初めて自分が落ち込んでいたことに気づいた私は慌てて取り繕うように言った。


「だ、大丈夫よ! ちょっと疲れただけだから……」


 そう答えて誤魔化そうとしたのだが、彼には通用しなかったらしい。じっと見つめられると恥ずかしくなって顔を背けようとしたが、顎を掴まれて無理やり視線を合わせられることになった。

 そして顔を近づけてくる彼に焦りを覚えた私が目を瞑った直後、唇に柔らかいものが触れる感触があった。驚いて目を開けると目の前に彼の顔があって心臓が止まりそうになったが、その直後に口の中に何かが侵入してくるのを感じた私はパニックに陥ってしまった。


(何これ!? どうなってるの!?)


 訳が分からず混乱していると、口内に侵入してきた何かは私の舌に絡みついてきたかと思うと吸い付いてくるような動きをみせた。

 初めての感覚に戸惑いつつも何とか逃れようと試みたが無駄に終わったばかりか逆に強く抱き締められてしまったせいで身動きが取れなくなってしまったため諦めるしかなかった。

 その間もずっと続けられたことによって呼吸が苦しくなった私は息継ぎの為に口を大きく開いたのだが、そこへすかさず新たな舌が入り込んできたことで完全に塞がれることになってしまった。それによって呼吸が困難になりつつあったところへ更なる追い討ちをかけるかのように激しい口づけが行われたことで意識が朦朧とし始めた頃になってようやく解放されることになった。


 荒い呼吸を繰り返しながらその場に崩れ落ちた私だったが、そんな私に追い打ちをかけるように声をかけてきた者がいた。それは先程まで会場で食事をしていたアリスだった。彼女はニコニコしながらこちらを見下ろしていたので嫌な予感を覚えずにはいられなかった。案の定と言うべきか、彼女が次に発した言葉は予想通りのものだったので頭を抱えたくなった。


「おめでとう、幸せになれたよね? これでもう安心だよ!」

(何が安心なのよ。こんなの全然幸せじゃないわよこの馬鹿娘!!!)


 心の中で悪態を吐きつつ睨みつけてやるが全く効果はないらしく、それどころか嬉しそうにしているのを見て余計にイライラしてしまった。


「あら、怖い顔しちゃってどうしたの? 好きな人にキスされてこんなにみんなが祝ってくれているのに何が不満なのか私には分からないよ」


 とぼけたような口調で言う彼女に苛立ちを募らせていると、不意に背後から抱きしめられた感触が伝わってきたことで現実に引き戻された私は慌てて振り払おうとしたもののビクともしなかったため諦めて力を抜くことにした。その様子を見た目の前のアリスは満足そうな笑みを浮かべると言った。


「こうして抱き着いていれば幸せなんでしょ? どうしてそんなに物足りない顔をしているのか教えて欲しいな」


 それを聞いて背筋が凍るような思いがしたが、同時に恐怖心が込み上げてきて体が震え始めたのが分かった。背後から抱きしめているのが何なのかこの場所は何なのか、疑問に思う暇もなくアリスはますます抱きしめる力を強めてきたので息が苦しくなるのを感じた私は必死で訴えるように言った。


「やめてっ……! 苦しいから離して……!」


 必死になって懇願するも聞き入れてもらえなかったばかりか逆に力を込められてしまい息が詰まってしまった。このままでは窒息してしまうと思った私は咄嗟に叫んだ。


「お願いだから許してぇ!」


 すると、その言葉を聞き届けたのかようやく解放されてから咳き込んでいるうちに徐々に冷静さを取り戻すことができた私は周囲を見渡してみたところ、大勢の人達に囲まれていることに気がついた。

 彼らは一様に笑顔を浮かべており、口々に祝福の言葉を投げかけてきたが状況が理解できないまま困惑していると、誰かが肩に手を置いてきたので振り返るとそこにはウィルが立っていた。彼は優しい笑みを浮かべながら言った。


「おめでとうシャ―ロット、君は選ばれたんだよ」


 その言葉に首を傾げると説明してくれた。その内容によると、実はここは結婚式場であり私とウィルの式を挙げるために集まってくれたのだということが分かった私は驚きを隠せなかった。しかも彼ら全員が夫婦だというのだから尚更信じられなかった。

 そんなことを考えているうちに一人の男性が近づいてきたので顔を上げると、そこにいたのは意外な人物だった。なんと、その人物とは婚約を破棄したヘンリー殿下だったのだ。驚く私をよそに彼は笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「やぁ、初めまして……ではないんだけど改めて自己紹介させてもらおうかな。私の名前はヘンリー・フォン・エルドランド、この国の第一王子だ。よろしくね」


 そう言って手を差し出してきたので握手を交わすことになったのだが、彼の態度があまりにも不自然だったため違和感を感じてしまった。


「あの、一つお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」


 すると、彼は快く承諾してくれたので遠慮なく質問することにした。


「あなたは私との婚約を破棄したのに何故ここにいるのですか?」


 そう尋ねると一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐに笑顔に戻ると答えてくれた。


「そんなの決まっているじゃないか、君を祝福しに来たからさ。さぁ、一緒に行こう」


 そう言って強引に手を取ろうとしてきたので慌てて振り払うと距離を取った後で身構える姿勢をとった。それを見た彼は溜息をつくと言った。


「やれやれ、随分と嫌われてしまったようだね……まぁ無理もないけど」


 そう言った後で寂しそうに笑うと他の者達と一緒に部屋を出て行ったのだが、最後に振り返った際に見せた表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。

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