第8話
(どうしてこんなことになったんだろう……)
心の中で呟きながらこれまでの経緯を思い返す。きっかけは些細なことだったが、それがどんどんエスカレートしていった結果、取り返しのつかない事態にまで発展してしまったことに後悔の念を抱くことしかできなかった。
しかし、どれだけ後悔したところで現実は変わらないわけで今更どうしようもないことは理解していた。それでも諦めることができずに考え続けているうちに一つの結論に達した。
(そうだ、逃げよう……!)
このままここにいても幸せになれるとは思えないし、第一あの人たちが許してくれるとは到底思えない。そう思った私は早速行動に移すことにした。幸いにも誰にも気付かれることなく屋敷から出ることができたのでそのまま街へと向かうことにしたのだが、ここで思わぬ出来事に遭遇してしまう。
それは私が街中に入った直後のことだった。突然後ろから声をかけられたかと思うと腕を掴まれたのだ。驚いて振り向くとそこには見知った顔があった。その人物は私のよく知る人物だったのだが、同時に最も会いたくない相手でもあった。何故ならその人は私にとって特別な存在だったからである。だからこそ驚いたのと同時に恐怖を感じていた。なぜなら相手は私のことを知っているはずなのだから当然の反応と言えるだろう。
「あ、あなたは……」
恐る恐る尋ねると、その男性は笑みを浮かべながら答えた。
「お久しぶりですね」
そう言われて思い出した。この人は確か殿下の側近を務めていたはずだ。名前は思い出せないが顔は覚えているので間違いないだろう。そんなことを考えていると、彼は再び話しかけてきた。
「こんなところで何をされているのですか?」
その問いにどう答えるべきか迷った挙句、咄嗟に思いついた嘘を口にすることにした。
「……実は道に迷ってしまいまして」
すると、彼は納得したような表情になった後に言った。
「なるほど、そういうことでしたか。それなら私たちが案内しましょう」
そう言って歩き出す彼の後を追うようにして私も歩き始める。正直言って不安しか感じなかったが、今さら逃げ出すわけにもいかないと思い我慢することにした。それからしばらくの間、無言で歩いていたのだが不意に彼が声をかけてきた。
「そういえば、貴女はこれからどちらへ行かれる予定だったんですか?」
尋ねられて言葉に詰まるも正直に答えることにした。
「えっと、知り合いに会いに行くつもりだったんですが……場所がよくわからなくて困っていたんです」
そう答えると、彼は微笑みながら言った。
「そうだったんですね。よろしければ私が案内しましょうか? こう見えてもこの辺りの土地勘はある方なので任せて頂ければすぐに着きますよ」
願ってもない申し出だったので素直に受け入れることにした。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
感謝の言葉を伝えると彼は笑顔で頷いてくれた。その後、目的地の場所を教えてもらうと丁寧に教えてくれた。おかげで迷うことなく辿り着くことができ、ほっと胸を撫で下ろす。
無事に到着したことを伝えるために彼の方へ顔を向けると、何故かこちらを見つめていたことに気づいた。その視線に気づいた途端、顔が熱くなるのを感じた。
(何だろう……?)
疑問に思っていると、彼は徐ろに口を開いた。
「すみませんが、少しだけ目を瞑っていただけませんか?」
唐突にそんなことを言われて戸惑ったものの、言われた通りに目を瞑った。その直後、唇に柔らかい感触が伝わってきたので驚いて目を開けると目の前に彼の顔があった。
そしてキスをされたのだと理解すると同時に慌てて離れようとしたが、いつの間にか腰に回されていた腕によって阻まれてしまった。しかもそれだけではなく、今度は口の中に何かが侵入してきたのだ。驚きのあまり抵抗できずにされるがままになっていたが、しばらくするとようやく解放された。それと同時に体の力が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。
そんな私の様子を見下ろしながら彼は言った。
「これで貴女はもう私のものです」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍り付いたような気がした。まさかこんなことをされるとは思ってもみなかったのだ。それなのに何故こんな事をしたのだろうかという疑問が浮かぶ一方で、心のどこかで喜んでいる自分がいることに気付き戸惑うばかりだった。だが、その一方でこのままではいけないという気持ちもあった。だから勇気を出して聞いてみることにした。
「どうしてですか……?」
すると、彼は不思議そうな顔で聞いてきた。
「何がです?」
私は思い切って尋ねた。
「だって、こんなことしたらダメじゃないですか! それに私には好きな人がいるんですから……!」
そう言うと、彼は悲しそうな表情を浮かべながら言った。
「残念ですが、その男はもうこの世にいませんよ」
その言葉に衝撃を受けた。
「ウィル様が……死んだ……?」
呆然としながら呟くと、彼は頷きながら言った。
「はい、その通りです」
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり何も考えられなくなってしまった。
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