エピローグ【怒られるまでが様式美】



◇怒られるまでが様式美◇


 まさか……ミオがあそこまで勇気のある男の子だと思わなかった。

 幼馴染の為、私や家族の為に頑張る……意気地いくじのある子ども。

 初めは、そのくらいにしか思わなかったのに。


 頭もいいし、回転も速い。

 何より洞察力どうさつりょくするどいのが最大の強みだと思った。

 私と似たような感覚を持ち、理解力が広い。

 様々な視点から考えることができる、幅の広い思考能力。

 それだけで、正直この世界では異質だと思えた。


 それこそ、転生者わたしのように。

 だが、私は事前に聞いている。

 私をこの世界に転生させた――【女神アイズレーン】から。


 この世界は、確かに異世界だ。

 地球とは異なる未知の世界……だけど、その基準はゲームのようなものだと言った。


 転生者をプレイヤーとすれば、現地民はNPCだ。

 だが、NPCは生きている。私たちと同じように息をして、食事をし、眠り、子をなし生きているのだ。


 女神の言い方では完全にゲームの世界だが、絶対に違うと言うのは自分で確認が出来た。

 ここは……まぎれもない異世界。

 私が生きる、私の世界だ。


 そしてそのNPC……いや、この言い方は良くないわね。

 この世界の住人は、成長する事で転生者わたしたちのように強くなれるのだと、女神は言った。

 だから、ミオはそのたぐいの人間だと思う。

 例え、ミオが転生者だったとしても……私の探している人物・・・・・・・・・であるはずは、ないのだから。


「――ガルスくん!!ガルスくんしっかりしなさい!!」


 完全に気を失っているわ、頭から血も出てる……!


「どうすれば……」


 私は周りを見渡し、何かないかと探る。

 弟に頼まれたんだもの、絶対に何とかして見せるわよっ!

 私は自分の上着を脱ぎ、汚れていない内側をガルスくんの頭に当て、出血を止めにかかる。


「――せめて、医療キット・・・・・があれば」


 私は自分の前世での仕事を思い出し、応急措置を開始する。

 探るように出血の患部を見ると。


「傷は深くないわね……きっと、壁に頭を打ったのね」


 ガルスくんが吹き飛ばされて来た壁を確認すると、かすかに血の跡を見つけた。

 その壁は汚く、泥や何か知らない汚れで黒ずんでいた。


「汚れを落として……患部固定、ちっ……消毒も出来ない!せめてお酒アルコールがあれば……!」


 そうだ……!魔法!

 転生者は、才能次第で魔法が使えるって、あの女神が言っていた。

 なら……治療ちりょうの魔法をっ!!


 やり方なんて知らないけど……でも、やらないよりはマシだ。

 女神にさずかった【クラウソラス】だって、いつの間にか使えるようになってた……だったら!


「魔法だって、急に使えるようになったっておかしくないでしょ!!」


 両手を重ねて、患部にかざす。

 【クラウソラス】を発動させる要領ようりょうで、手のひらに光を集める感覚だ。


「お願い……!ミオの幼馴染を、助けたいのっ!お姉ちゃんなんだから!!」


 ヒールでもヒーリングでも、なんでもいいからっ!

 傷を……いやして!!

 想いが通じたのか、それとも転生者の才能なのか。

 私の手が光りかがやく。


 パァァァァァ――っと……優しい、白い光が。


「――!!光った……?」


 自分でもおどろいた。

 まさか、本当に魔法が使えるだなんて。


「いや……おどろいている場合じゃないわ……!やらなきゃ……!!」


 早くガルスくんを治して、ミオを――


 助けに行かなければ、と……そう思った時だった。

 私が治療を終え、顔を上げたその瞬間。


 弟を、ミオを助けに行かなければと思っていたのに。

 その場所が……納屋なやが……一気に崩壊したのだ。


「う……うそ……」


 立ち上がった私は、ふらつきながらも崩壊した瓦礫がれきに近付く。

 その建材はほとんどが木材だ。

 二階建ての高さもない、本当に簡素かんそな作りのものだった。


「まさか、ガルスくんが吹き飛ばされた穴が原因……?」


 その穴から、崩れたのだ。


「ミ、ミオーーーー!!」


 土埃つちぼこりが治まってくると、私は駆け出して叫んだ。

 中にいた盗賊たちなんてどうでもいい。弟だ、弟だけは……絶対に!


「――【クラウソラス】!!」


 光の魔法剣、しかし……その実体はなく。

 魔法や精神を斬り裂く能力を持った剣だ。


 私は全力で瓦礫がれきに斬りかかる。

 吹き飛ばしてやろうと思ったのよ……でも。


「くっ……なんで!!」


 魔法剣は瓦礫がれきをすり抜けて、音もなく消える。


「か……はっ……!はぁ……はぁ」


 今の私の限界だ……魔力が持たない。


 パシューーーーン……と、【クラウソラス】が消滅した。

 もう、発動も出来ない。


「……そ、そんな……」


 レインお姉ちゃんに、パパとママに……何て言えば。


「……ミ……――!!」


 ハッとした……何か、かすかに聞こえたのだ。

 本当にかすかだが、確実に聞こえた。

 私を呼ぶ声が、弟の声が。


「ミオっ!?」


「――クラウ姉さん……クラウ姉さん!」


「――ミオ!!」


 聞こえた。隙間すきまから、弟の声が。

 探す、探す。くまなく探して、そして。

 大きな木材と木材の隙間すきまに、その影を見つけた。


 泥だらけの顔。ほこりだらけの頭。

 しかし、その顔は満面の笑みだった。


「姉さん。ガルスは……?」


「バカっ!!自分の事を心配しなさいよっ!もうっ……」


 私は涙目になりながら、弟を引っ張り出す。


「……よっと……クラウ姉さん、ありがとう!」


 運が良かったとしか言えない。

 でも……これだけは、あのだらしなさそうな女神に感謝してもいい。


「大丈夫なの?ミオ……」


「うん。逃げ回ってたら……盗賊の親玉が勝手に色々と壊してくれたんだっ。そしたら、そしたらね!」


「う、うん……わかったから落ち着きましょう?」


 なによもう。急にそんな子供っぽくなっちゃって、いつもの冷静な感じはどうしたのよ。

 興奮気味こうふんぎみの弟に、私はほっこりとしながらも、急激に襲ってくる疲労感ひろうかんと魔力の消費による倦怠感けんたいかんで、思考が正常に動いてはくれなかった。


「さぁ、帰りましょう。ガルスくんを連れて、村に……」


「――うん!そうだねっ!一緒に父さんに怒られようねっ!!」


 あ。そう言えば……そうだった。





 今回の一件が全てが終わった……クラウ姉さんを誤魔化すことも出来た。

 俺にとっては、それが全てだ。

 幼馴染も助けて、盗賊たちは瓦礫がれきの下。


 ああ、そうだよ。【無限むげん】の能力を使って、あの納屋なやを崩壊させたんだ。

 あらかじめ木材の軽さの数値をいじって、落ちて来ても一切痛くないようにしたんだ。


 いや……一切は違うな、多少は痛かった。

 それでも、発泡スチロールのかたまりがぶつかる感じだったよ。


 だがそのおかげで、俺はクラウ姉さんをだま……いや、言い方が悪いな。

 秘密を隠す事が出来た……かな?

 とにかく、今回の事件では被害は無かったんだよ。今はそれでいいだろ?


「……大丈夫?ミオ」


「へ、平気だよ……平気平気。もう直ぐ村に着くしね」


 クラウ姉さんと二人でガルスを運んでいるのだが……力の抜けた人間のその重さは、十歳のガキにはきつかった。

 それでも、男気を見せて気合を入れてるんだよ、クラウ姉さんの方が疲れてるように見えるしな。


 しかし、そんな俺とクラウ姉さんの耳に。

 とても聞き覚えのある声が入ってきた。

 それはとても大きな声であり、そして……とても怒った声だった。


「――お前たち!!」


「……パパ」

「と、父さん」


 やっべぇ……バレた。

 でも良かった、解決した後で。

 そうだよな、怒られる覚悟は初めからあったんだ。


 父さん――ルドルフ・スクルーズは、ズンズンと大股で俺たちに近付くと。


「……父さんが何故なぜ怒っているか、分かるな?」


「「は、はい……」」


 父さんはしゃがみ込み、子供の目線で話してくれる。

 どこぞの盗賊とは違うわな。

 しかし父さんは、大きなため息をくと。


「はぁ~……二人共、大丈夫なんだな?大きな怪我はないんだな?」


 俺のほほを見て、ため息をく父さん。

 大きな怪我は無いよ……あえて言うなら、一番痛いのは腹かな。


「う、うん……」

「大丈夫……」


「ならいい……ガルス君を」


 そう言って、父さんはガルスを抱えてくれた。

 助かるよ……正直。

 でも、もしかしてそんなに怒ってないのか?


 と、思った俺がバカだった……と、俺とクラウ姉さんは二人して思う事になるのだった。





 俺とクラウ姉さん、そしてレイン姉さんまでもが、正座をさせられている。

 家の廊下ろうかでな。


 もう分かるだろうけどさ……カンカンだよ、親父殿は。

 怪我をしているガルスは両親に引き渡して、俺とクラウ姉さんの報告を聞いた村の男たちが、崩壊してしまった納屋なやに向かったよ。


 今頃、親分以外は捕らえられてんじゃないか?

 なにせ俺が地面の数値をいじらないと、親分を掘り出すことは出来ないだろうからな。


「――ミオ!聞いているのっ!?」


「あ、はい!ごめんなさいっ!!」


 やべぇ……レギンママンまで怒ってるんだもん。

 当たり前だけどさ……俺たち三姉弟は、順に並べられて、頭に拳骨げんこつを受けたよ。


 今の日本なら問題になるレベルのさ。

 でも、ここは異世界だ……しかも、俺たちを思ってくれた一撃だと……心から理解できた。

 不思議ふしぎとさ……涙が出たよ。

 あぁ……異世界なんだな、ここはさ――って、改めて実感したよ。


 異世界に転生して……早や十年。

 三十歳の誕生日に手違いで殺されて、ポンコツ女神に転生させられた俺、武邑たけむらみお


 せっかく貰った能力も、武器も使わず十年。

 今日……俺はようやく一歩を踏み出したんだ。

 一歩目の歩みを、異世界で生きていく覚悟を、持つ事が出来た。


 ようやく、30から始まる異世界転生譚が……始まるんだ。





 ここは……とある王国の城だ。

 風光明媚ふうこうめいび景観けいかんと、赤レンガ造りの丈夫なお城だ。

 現在……三階の部屋の一室、厳重に警護される部屋があった。

 そこでは、この国の王女が眠っている。

 せ細った身体、絶え絶えの息……病弱で、産まれた時からその命は長くはないと宣告されていた、この国の唯一の王女だ。


 彼女は、毎晩のように夢を見る。

 自分が、見ず知らずの誰かを殺す夢だった。


 まったく知らない異国の土地で、まったく知らない夜もきらびやかな街で、まったく知らない背の高い男を、突如として刃物で突き刺す夢だ。


 その男はぎこちない笑顔で振り向き、こちらに声をかける。

 しかし、こちらと目が合った瞬間。

 手に持った刃物で、自分が男の胸を突き刺していたのだ。


 倒れる男……勢いよくあふれる鮮血せんけつ


 しかし、自分に反省の色はない。

 自分で男を突き刺したと言うのに、直ぐに視線を変え、違う男を探し始めたのだ。

 無関心。一言で言うならそうだろう。

 足元で転がる男は……完全に事切れている。無情だ。

 まるでただの障害物……そんな扱いをされた男は、俯瞰ふかんで見ていてもあわれだと思った。


 そんな夢を、王女は毎晩毎晩、眠る度に見ている。

 気もおかしくなると言うものだ。


 起きていれば病気に苦しみ、眠れば悪夢にうなされる。

 ひかえめに言っても、面白くない人生だったと思う。


 しかし、そんな面白くない人生とも……おさらばなのだ。

 今、この姫は死に向かっている。

 数時間もしない内に死神が迎えに来て、連れて行かれるのを待っているのだ。


 何回、何百、何千と、同じ男を殺す夢を見たのか。

 この王女はまだ九歳だ。そんな幼い少女が病と闘いながら、自らが人を殺す夢を毎晩見て来たのだ。

 もう……休ませてあげてもいいだろう。

 王である父親も、王妃である母親も、既にあきらめるしかない状況だった。

 風前の灯火ともしび……まさにその言葉が相応ふさわしかったのだが……しかし、神は非情だ。

 今まさに、その命の灯火ともしびが消えかけた瞬間。


「――!!」


 王女は突如、ガバッ――と起き上がり、その身にぐしゃりと濡れた汗を、鬱陶うっとうしそうに腕でぬぐう。

 視線は窓辺まどべへ向く……なんとも広い青空だ。


「――ここは……どこかしら。ああ、でもいいわ……あっち・・・での用も、もう無いのだし、きっとここに居るのよね……私を邪魔した……あの男が」


 うつろな目。死神すら追い返す、強靭きょうじんな悪意だ。

 目覚めたのは、王女とは別の何か・・……人を人とも思わない、災厄の意思。


「――また・・……殺してあげるわ……武邑たけむらみお……」




~ 第1章【幼年期の俺。零歳~十歳】編・エピソードEND~


―――――――――――――――――――――――――――――――

次話から2章【思春期の俺。十二歳】【少年】編・中が始まります。

今後もどうぞ、よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る