第三十三話 利権の城

 利権とは、利益を得る権利のことである……いやむしろ、ほぼ何もしなくても自動的に利益を得る仕組み、と言った方が適切か。

 当然、無から利益が生じる筈もなく、”どこか”から何らかの”手段”を用いて利益をかき集めてくる仕組みという事になる。そして大概の場合、”どこか”とは何も知らぬ一般庶民あるいはその業界下層であり、”手段”とは権力である。

 無論、搾取される側からすればたまったものではないが、世間にはバレないよう今日もそれは増え続けている。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



 マジックギルドのソファーに腰かけ、俺は段の連れ込まれた個室のドアを睨んでいた。

 嫌な予感、恐れに押しつぶされそうになる心をなんとか押しとどめ、俺は自身を少しでも落ち着かせるために、あえて最悪の事態を想定する。


(まず、段の身柄は大丈夫だ。マジックギルドといえど、段を捉えるのは難しい。

 毒を盛ろうが、魔法で眠らせようとしようが、あるいは殺そうとしたとしてもデタラメな性能を持つ、防御・耐性強化の指輪があるので通用しないだろう。

 ならば、考えられる最悪の事態ば、段が口を滑らせて秘密がバレる事だ。

 では、秘密がバレたら……そもそも最も知られてはまずい秘密は”段達が異世界から来た”という事だ)


 異世界から勇者を召喚するといっても大国あるいは複数の国が協力して行う場合、各国のマジックギルドが協力して召喚する場合、教皇の命により各国の教会の協力の元に行われる場合と様々だ。しかし、いずれにせよ国家国際レベルの問題解決のための切り札として召喚される事に違いはない。

 もし、異世界から段達が来たという事がバレたのなら、この街のみで片づけられる問題ではなくなるだろう。国レベルの単位で懐柔を試み配下に加えようとしてくるかもしれないし、危険とみなされれば軍を派遣しての排除という話にもなりかねない。

 もしそうなってしまったら、どうやって事態を収拾したら良いのだろう?

 だめだ……最悪の事態を想定し、それに備える心構えをする筈が、事態がデカ過ぎてそれどころじゃないじゃないかっ!


 (なんだ?)


 俺が凝視していた個室の方から声が聞こえる。

 その声は今は小さくて何を言っているか分からないが、興奮してだんだんと声量が大きくなっている事、そしてその声が怒気を帯び始めている事はわかる。


ドンッ!


 部屋の中から明らかに何かを叩く……いや破壊する音が聞こえた。


(ジョーダン?!)


 俺は考えるより早く、個室へ向かって駆けだしていた。


「おまち下さい。まだ、ギルド登録の手続き中です」


 どこにいたのか、俺の前をガタイの良いガードマンが塞ぐ。


「あれが手続きしてる音かよ!」


「なにか手違いがあったようですが、問題はありません!」


 白々しい言い逃れをするガードマンが、俺を苛立たせる。


「じゃあどんな手違いがあったんだよ! 説明してくれ!」


「あなたが、それを知る必要はありません」


 ならば部屋の中を一目も見ていないガードマンが、どうやって中の様子を知る事ができるというのか? 俺は強引にガードマンの脇をすり抜けようとしたが、その前に腕を掴まれてしまう。


「ふざけんなよ!」


 俺は腕を掴むガードマンの手首を捻じり、逆にその腕関節を極めて取り押さえる。イザネのように鮮やかに技をかけられるわ訳でもなければ、手加減をする余裕もなかった。


「ぐああぁぁぁぁっ!」


 ガードマンの悲鳴がギルド中に響き、職員達が一斉にこちらを向く。


「おいっ、なにをしている! おとなしくしろっ!」


 気付けば俺の周囲は、応援に来たガードマン達に囲まれていた。


「チッ」


 舌打ちをして腕を離すと、俺に捕えられていたガードマンは腕を抑えたまま苦しそうに床に転がった。強く技をかけ過ぎてしまったようだ。


「おとなしくこっちに来いっ! もし抵抗するのなら……」


「先に手を出したのはコイツだろうが!」


 俺は床に転がるガードマンを指さし、警告をしてきたリーダーらしき男に食ってかかる。


「俺はこの部屋の中で何があったのかと聞いているんだ! 答える気がないのなら、俺が直接確かめる!」


ガチャ


 俺が手をドアノブに伸ばす前に、内側からドアが開けられた。


「カイル君、丁度良かった。君も我々と共に彼の説得に加わりたまえ」


 ドアから顔を覗かせた真面目そうな顔の中年の男が俺を部屋へと招き、ガードマン達が後ろに下がった。

 案の定というべきか、俺の名前どころか素性まで調べられているのだろう。俺もこの街のマジックアーチャーだからマジックギルドには登録済みだ。ギルドにとって俺の登録書類を調べるくらいは容易い事だった。



         *      *      *



 部屋の中を見渡すと、中央が凹んでひび割れた机と不機嫌そうに足を組んで椅子に座る段が目に入った。机の奥にいる白髪の太った男は、段を恐れているのか椅子を後ろの壁まで引いた状態で冷や汗をかいている。

 そして俺をこの部屋に招いた男は、太った男の脇に移動し直立不動で立っている。そこが自分の定位置であると言わんばかりに。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093083560923508


「なにがあったんだよジョーダン」


「俺様にこのおっさんの弟子になれだとよ! しかも、数週間ごとにコイツのところに通えって言うんだぜ。 冗談じゃねーよ!」


 俺は机の向こうの太った男の方を見た。どう考えても冒険者ってタイプの男ではない。身なりを立派に着飾っている様子からも、上級役人の類と思って間違いないだろう。

 もっとも、服の上からでも目立つ腹と禿げ上がった頭頂部のおかげで、その高級感に溢れるスーツすら若干色あせて感じられてしまうのだが。


「下町地区の支部長のダルフだ。

 カイルくん、君もこの街のマジックギルドに登録するには、この街の魔術師の弟子になる必要がある事は知っているだろう? 彼にそれを説明してくれないかね。

 我々が何度説得しても、彼は理解してくれんのだよ」


 段はその言葉を聞いて益々眉間にしわを寄せる。


「だからなんで冒険に出た事もない奴の弟子にならなきゃならねーんだよ! だいたい、ジョブマスターでもない奴に弟子入りしたって、何も覚えられないだろーが!」


 段の反論を無視して、ダルフは俺の方を向いたまま話を続ける。


「さっきからこの調子で困っておるのだ。

 カイル君ならば、私の地位も、私の弟子になれる事が如何に光栄かもよくわかっているだろう。

 だから彼と親しい君が説得してくれたまえ」


 確かに下町地区の支部長といえば、貴族街や商人街の支部長より格は遥かに落ちるもののマジックギルド内で5指に入る権力を持っていることだろう。

 だが、それで段が納得する訳がない。

 だいたい、街の魔術師に弟子入りする規則など、有名無実となっている。マジックギルド自身が余計な手間を惜しんでこの規則を省略して登録させるケースもあれば、登録手続きに協力するため、名ばかりで顔も見た事のない弟子を山ほど抱えた魔術師もいるくらいだ。

 まして数週間ごとに師の元に通えなどという条件は、普通にありえない。段からいろいろ秘密を聞き出したいがための詭弁だろう。

 とはいえ、それを指摘したところで、彼等に俺達を逃す気などある訳がない。


「じゃあ、俺の弟子になれよジョーダン」


 俺の言葉を聞いて段は目を丸くする。


「なんで俺様が、カイルの弟子になんなきゃならねーんだよ?!」


「魔法教えてやったろ? ほら、『我が杖よ我が元へ来たれ!』だっけ?」


 俺は武器引き寄せの魔法を段に教えた時に、段自身が得意げに決めていたポーズを再現してみせる。


「あー、確かに。じゃーお前の弟子でいいや」


 先ほどまでのやり取りが嘘のように、あっさりと段は俺への弟子入りを認める。

 段としてもダルフに弟子入りする事への抵抗が強かっただけなのだろう。どう考えても二人は水と油だ。


「いやしかしだねカイル君、魔術の講師の資格を君は持っていないだろう。

 講師になるには私のように上級魔術試験をパスするか、一定以上の魔力を示す事が必要だ。だが君が今から講師試験をクリアするのは現実的ではないし、数か月前の魔力測定の結果も芳しくはなかった筈だ。

 やはりここは、私の弟子になって貰うより他にないだろう」


 ダルフの言葉を後押しするように、その隣で直立不動のお付きの男が俺に対して”引っ込め”と目くばせしてくるが、俺はそれに気づいていないフリをした。


「なら、俺の魔力を今すぐ測ってみてください。これでもこの一か月でかなり成長した自信があるんですよ」


 ダルフはやれやれというように首を振ってから、お付きの男に合図を送る。

 男は奥の部屋に引っ込んだかと思うとクリスタルを持って戻ってきた。このクリスタルで魔力を測るのだ。


「無駄だと思うがやってみたまえ。言っておくがクリスタルの色を水色以上に変えられねば、合格とは認めんからな」


 俺はダルフが言い終わる前にクリスタルに手を伸ばしていた。透明なクリスタルは俺の魔力に共振し、透明から紫、紫から青、そして青から水色に変色した。


(もう少しで緑に到達できそうなんだが……)


 クリスタルは薄い緑に一瞬だけ変色したが、すぐに水色に戻ってしまった。


「ご……合格だ。」


 ダルフの声には、動揺がにじみ出ていた。この一か月間、俺が日に百を超える魔法を使い魔力を鍛えていたなどと、こいつには想像もできまい。


「へぇ、面白そうだな」


 段が俺からクリスタルをひったくると、それはあっという間に赤く変色しダルフの表情が驚愕へと変わる。


「お前もやってみろよ」


 段はダルフの前の机の上にクリスタルを放る。クリスタルは段が先ほど付けた拳の跡とひび割れに沿ってカランと傾いた。


「いや、私は講師試験に合格しているから、これは必要ない」


 ダルフがそう言うと、お付きの男がクリスタルを持ち上げて、再び奥の部屋へとそれを片付けに行く。


「……わかった、大上=段をカイルの弟子と認めよう。この国の文字が書けるのなら二人ともここにサインを……」


 あらかじめ用意していたのだろう。ダルフは俺達の前に羊皮紙を広げてみせる。


「俺は問題ないけど、ジョーダンは大丈夫かい?」


「書けるには書けると思うが……」


 段はそう言うと傾きかけた机の上から羽ペンを取り、羊皮紙に書き込む。それは文字を覚えたての人が書くような、書き順すら定まらない頼りない文字だった。


「なんとか書けたか? ほらよカイル」


 俺は段から羽ペンを受け取り、羊皮紙の段のサインの上に自らの名を書き込む。


「次にここに拇印を……」


 ダルフが差し出した特殊なインクに親指を浸して、俺と段は羊皮紙に自らの指の跡を記す。


「これで、大上=段の当マジックギルドへの登録は完了としよう。受付で身分証のプレートを受け取るがよい。

 カイルくん、君にはこれから魔術の師としての心得を教えねばならぬ。この部屋に残れ」


 ダルフの言葉を聞き、段が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「お前一人で大丈夫か?」


「ああ、問題ないよ」


 俺は事もなげに答える。

 強がりで言ったのではない。一刻も早く段をこの部屋から出した方が、よほど安心できる。こいつが、いつ口を滑らせるか分からないのだから。


「そうか」


 ダルフのお付きの男が開けたドアを通って、段はその部屋を後にした。


「さてカイル君。彼等とはどういう関係かね?

 随分と信頼されているようだが」


 部屋のドアが閉まると同時に、ダルフが質問する。

 ”魔術の師としての心得”などと笑わせる。あくまで狙いは段の魔法である事を隠そうともしていない。

 いや、俺だけが相手ならば隠す必要もないと踏んでいるのだろう。


「段達とは、この一か月あまりパーティを組んでいましたから」


「なるほど、冒険者パーティならではの結束の賜物という事か。

 で、あるならば、結果として君に彼等の監視役を任せて正解だったという訳だ」


 ダルフがほくそ笑む。

 どうやら俺が自分達の味方になるのは当然と考えているらしい。おめでたい奴だ。


「私はそうは思いません。

 一か月も連中と一緒に行動していながら、マジックギルドに何の報告もしようとすらしなかったのですから。

 彼は事態の深刻さすら想像できなかったのです。物を知らぬにも程がある。

 やはりダルフ様自ら秘密を探る方が確実かと」


 声と共に部屋の奥のドアが開き、ヤコブが姿を現す。この中年ソーサラーは、冒険者ギルドを飛び出してすぐ、ダルフに告げ口をしたのだろう。


「物を知らぬからこそ余計な詮索もしなかった……、だからこそカイル君は彼等に信用されたのだろうよ。それに知識が足らぬのなら、我々がこれから教えてやればいい。

 ヤコブよ、おまえは事を急ぎ過ぎるのだ。そのせいでマジックギルドに居場所がなくなった事を忘れるなよ」


「ご明察、恐れ入ります」


 ダルフの言葉に、ヤコブがうやうやしく頭を下げる。


「ところでカイルくん。君は今の状況をどう考えておるかね?」


 言葉を紡ぎながら、ダルフの視線がヤコブからこちらに移る。


「状況とは?」


「彼の放った落雷の魔法を君は見ていないのかね?」


「いいえ」


 段が訓練所で落雷を放った時、俺は冒険者ギルドの酒場にいた。”ギルドで”見ていないというのは嘘ではない。


「言われてみれば、たしかにカイルは落雷魔法を使った時、訓練所にはおりませんでしたので目撃していなかったのやもしれません。

 あの時、落雷魔法を私と一緒に見たのは、その場にいたギルドの訓練生数名であります」


 ヤコブが、すかさずダルフに報告する。


「なるほど、ではまだ事の重大さが分からぬのかもな。

 説明してやれヤコブ」


「はっ!」


 ヤコブは俺に向かって胸を逸らす。


「よいか、あの段という男は落雷の魔法をこの私の目の前で放ったのだ。これは私だけではなくその場にいた訓練生も見ているし、落雷の跡を貴様も見ているのだから疑う余地はなかろう。

 そして落雷をどうすれば魔法で作り出せるのかといえば、まず雷雲を魔力で作り、その雲の中で雷を発生させて落とす手順が必要となる。すなわち極めて正確な天候操作による雲の生成を魔法で行うということだ。

 古来より神が雷を落とした伝説や、大魔法使いが雷を呼んだと記録する文献はあった。が、それを再現する術は未だにみつけられてはいない。

 あの男はそれを、当たり前のようにやってみせたのだ!」


 ヤコブは興奮し、部屋の中を散歩するように往復しはじめる。


「あの天候操作の術式が、いかに大変なものである事か!

 あの術式が解明されれば、雲を操作し雨を降らすも雨を枯らすも自由自在! 天候操作により農作物の取れ高の操作はもちろん、雨を干上がらせ水不足を起こす事も、水害を起こして敵の城を川の底に沈める事だって思いのままだ!

 そして肝心なのは、その技術を他の国より先に我々が手に入れる必要がある、という事に尽きる。この天候操作の術式が先に敵国に渡った場合、我がイラリアスは大変な脅威に晒される!

 わかるかね?

 作物を枯らすも腐らすも敵国の思いのまま、地形によっては大雨で洪水を起こし軍事施設を潰す事も可能となる。だからこそ私は、この緊急事態を直ちにダルフ様に報告したのだ。

 人望も知恵も地位も併せ持つダルフ様ならば、この事態にも的確に対処して下さると確信していたからだ。

 君もこのイラリアスの国民であり、既にマジックギルドの一員だろう。ならば当然の義務として我々に協力したまえ」


(うわ……)


 ヤコブは机に片手を置き、俺を覗き込むように顔を近づけていた。


「つけ加えて言うならば……」


 ヤコブの話がひと段落したとみてダルフが重々しく口を開くと、ヤコブはダルフが俺に向ける視線を邪魔しないようにサッと後ろへ下がる。


「私はあの男の出身地、ルルタニアという国に心当たりがない。よほどの僻地なのか、それともよほど遠方の国なのかは分からない。

 しかしあの男がこの街にいるという事は、他にもルルタニアの者がこの地に来ているのは明らかだ。その中には既に、周辺諸国の政府と接触した者すらおるやもしれぬ」


「ひょっとしたら、あの男はどこぞの国のスパイなのでは? ルルタニアという国も実在しないのかもしれません」


 脇から口を挟んだヤコブの一言に俺はギョッとする。ルルタニアがこの世界には存在しない事だけは、正解なのだ。


「いや、それはない……」


 しかしダルフはそれをすぐに否定し、段の拳の跡で凹んだ机を指さす。


「スパイであれば間違ってもあんな目立つ真似はすまい。第一あの男は短慮に過ぎる。 嘘をつくのも得意なタイプではなかろう。

 これでもしあの男が、我々にもっと協力的でありさえすれば、いくらでもやりようはあったのだが、我々に心を許すそぶりは微塵もなかった。そこで私はあの男と師弟関係を結び、少しずつ信頼関係を築いて説得しようとしたのだよ。

 わかるかねカイルくん」


「はい」


 素直に返事はしたものの、俺はダルフに従う気がまるでない。

 ルルタニアが異世界の存在である以上、そこから来た人間が他国に流れ込んでいる筈もなく、ダルフやヤコブの言う危機的な状況は絶対に訪れない。

 では、このイラリアスが他国に先んじて天候操作の術式を段から手に入れたのならどうなるのか? それはヤコブが自白している。イラリアスが周辺国に気象操作を行い、戦争を仕掛けるのだ。

 結果、戦費を捻出するため国民に重税が課せられる。儲かるのは政商と化している武器商人達と、敵国の利権を奪い取った貴族達、そして戦場での一攫千金を目論む騎士達だろう。

 奴等は自分達の儲けのために、庶民が飢える事も、兵として死ぬ事も顧みたりはしない。例えイラリアスが勝利したところで、国民に与えられるのは雀の涙程の僅かなおすそ分けだけだ。とてもではないが割に合わない。


「本当にわかっているのかね……」


 こちらの考えなどつゆ知らず、俺を値踏むようにダルフが上体を前へとせり出す。


「君があの段という男と師弟関係を結んだ以上、私の代わりに彼を説得をしてもらわねばならないのだ。

 君はこの街の出身……家族もこの街に住んでいるのだったな。いいかね、もし他国にあの男の持つ術式が先に伝わるような事があらば、この国は他国に攻め取られる事になるのだよ。当然、この街にいる君のご家族も無事という訳にはいくまい。

 だから君はその前にあの男を説得するのだ、なんとしても! 我々とて君への協力は惜しまない。

 もし君が彼の説得に成功したならば、マジックギルドでの君の地位を約束しよう。冒険者などという日陰者ではなくこのギルドの上級職員ともなれば、君の家族も鼻が高いだろう。

 どうかね?」


「俺なんかにはありがた過ぎるお話で、その……なんと言っていいか……」


 無論”ありがたい”なんてこれぽっちも思っちゃいない。それどころか、この部屋から俺はすぐにも出ていきたいのだが、そのためにはまだダルフのご機嫌を取る芝居が足らないようだ。


「破格な報酬に目が眩む気持ちはわかる。だが、これは君だけの問題ではない。私やダルフ様の将来とてかかっているのだ。

 いわば我々は一蓮托生、期待しているよカイル」


 ヤコブは俺を励ますようにそう言うが、本音が駄々洩れで気持ち悪い。


(要するに、自分達の利益しか眼中にないのだろうが!)


 ヤコブの暴走により自分達の本音に勘付かれるのを恐れたのか、手のしぐさで彼に下がるように指示を出しながらダルフは再び口を開く。


「では、あのソーサラーから何か聞き出せ次第、我々に報告にきたまえ。受付に”ヤコブへの用事だ”と言えば通じるように手配しておこう。

 それから念のため、何も成果がなくとも、このガラを一か月後に使いによこすから報告を頼む。その後の手筈はガラへの報告を聞いてから決めるとしよう」


 ガラと呼ばれたダルフのお付きが俺に向かって軽く頭を下げ、俺もそれに習う。


「ダルフ様、私からも一つよろしいでしょうか」


 俺との挨拶を終えたガラが、一歩進み出てダルフに進言の許可を乞う。


「なんだ? 申してみよ」


「あの男、ひょっとして召喚勇者ではないでしょうか?

 先ほどクリスタルで計測した魔力も桁外れで常人とは思えませんし、天候操作もあの男の召喚者としての特殊スキルであるならば説明が付きます」


「ふぅ……む」


 ダルフは一瞬顎に指をやり考える仕草をみせたが、すぐに結論が出たのか言葉を続ける。


「いや、それも考えずらい。

 召喚勇者がこの街に派遣されたなどという情報は得ていないし、仮に派遣されていたとしても何のために冒険者登録などしようとするのだ?

 だいたい……」


 ダルフはコンコンと段の砕いた机を叩く。


「勇者の性格は多種多様とは聞くが、わざわざあんなに短慮な乱暴者をこの街に派遣する意味がわからぬ」


「考えが足らず、出過ぎた事を申しました」


「よい」


 ダルフがガラを後ろに下げると、入れ替わるようにヤコブが口を開いた。


「あのダルフ様、カイルからの報告が一か月後というのは宜しいのでしょうか?

 せめて2週間……いえ1週間後にはなんらかの成果がなければ……」


 が、その一言がダルフの不興を買う。


「ヤコブ! 君は2年前の失敗を忘れたのかね? そうやって君が手柄を急ぎ過ぎたため、私がどれだけその尻拭いに奔走する羽目になった事か。あれさえなければ、君もギルドの職を失わなかったろう。

 よく考えたまえ! カイル君は見るからにこういう事に不慣れだ。一か月くらい時間の猶予を与えねば、焦ってどのようなミスをするかもわからん。”急いては事を仕損じる”だよ。

 それに我々以外の派閥の目もあるのだ! 性急に動いて目立つ訳にもいかん!」


「はっ! 申し訳ありません!」


 ダルフは、かしこまるヤコブを睨みつけた。


「ヤコブよ、よもや落雷魔法の事を周囲に触れて回ってはいまいな? 落雷魔法を目撃したのは本当にギルドの訓練生だけなのだな?」


「はっはい……それは間違いないです。訓練生だけしか見ておりませんし、私の口は堅いですから」


「ならば”訓練生達はあのソーサラーの男に落雷の幻覚を見せられたのだ”とでも噂を流してやれば、いかようにも誤魔化せよう。例え”幻覚ではない”と声高に主張する者が現れたとしても、いつものように陰謀論者のレッテルでも貼ってやれば、誰からも相手にはされまい」


 一通りヤコブに釘を刺し終えたダルフは、また俺の方を向く。それは今までにない厳しい表情だった。


「私もこのような事は言いたくないが、念のためだ。

 我々の影響力は君もよく知っているだろう。この街には我々の目が常にあると思ってくれていい。

 もし君が我々を裏切るような事があれば……」


「うっ裏切るなんてとんでもない! ダルフさん……様のために精一杯がんばります。

 きっと成果を……」


 俺は咄嗟に頭を深く下げ、心にもないセリフを言う。

 これは俺のセリフじゃない。俺の親父のセリフだ。

 だが、今の俺はそれを真似している。腹が立った。ただひたすらに腹が立った。

 こういう生き方をしたくないからこそ冒険者になった筈なのに、結局俺は親父と同じ事をしている。

 仲間のためにはこうするより仕方がないという事はわかっている。わかっているさそれくらい! 親父だって、家族のために仕方なくやっていた事なのだから。

 けれど、分かっていても……いや、分かっているからこそ俺の内面は怒りであっという間に満たされていく。いっそ、全ての思惑を放棄してダルフを力いっぱい殴れたのなら、どんなに気持ちいい事か。


「あくまで念のために言った事だ。君にその気がないのなら忘れてくれ」


 ダルフはようやく俺の芝居に満足し、この狭苦しい部屋から解放した。



         *      *      *



「あのクソ野郎共がっ!」


 冒険者ギルドへの帰り道、俺は周囲に人気がない事を確認してから路地裏の壁にガンッと拳を突き立てた。空しい行為である事は知っていたが、そうしなければハラワタに溜め込んだ怒りを俺は吐き出せなかった。

 防御の指輪の効果で痛みはなかったが、それがなお一層空しさを引き立たせてしまう。

 なぜこの街では、自分で何も作らぬ奴の言う事を聞かねばならない? 連中は何もせずに利権や地位を振りかざして、俺達が作った物をただ奪っていくヒルのような存在じゃないか!


「おい、大丈夫かカイル?」


 隣を歩いていた段が俺を心配そうに見ている。


「あのおっさん、俺にお前をスパイしろってさ!」


 俺は、最初から段に全てを打ち明けると決めていた。ダルフに肩入れする義理など、どこにもない。


「スパイ? スパイもなにも俺様は、何もお前に隠し事をしてないぜ?」


「知ってるよ。

 けど奴等はお前の魔法を知りたいらしい。それがこの国のためになるんだとよ」


「魔法を教えて欲しいなら、弟子になれとか偉そうな事を言わずに素直にそう言やいいんだ。国のためっていうのなら、教えてやっても構わないぜ俺は」


 恐らく、物怖じしない段の態度を見た疑り深いダルフは、意図的に自分達へ反抗していると認識したのだろう。そして脅し、賺(すか)し、策を弄した挙句に段がヘソを完全に曲げてしまったに違いない。素直に教えを乞うていたのなら、あっさりと段は魔法を教えたのかもしれないのに。

 ダルフは段の事を短慮だと批判していたが、むしろあいつ等の方が間抜けじゃないか。


「そんな訳ないだろジョーダン。教えてもらった魔法を自分達の手柄にしたいだけさ。

 だから絶対にあいつ等だけには教えるなよ。ロクな事にならないから」


 ダルフが他の派閥の目を気にしている事からも、それは察する事ができた。

 国のため、あるいはマジックギルドのためというのであれば、自分達以外の派閥が術式を手に入れようが問題はない筈なのだ。

 奴等が天候操作の魔法を手に入れたとしても、それを自分達の利権にして儲ける事しか頭にない。また新たな術式の副産物としてどんな危険な魔法が生み出されたとしても、奴等は責任など取らないだろう。

 国家のため市民のためと、この国の権力者達は口を開く度にそんな言葉を吐くが、それが本当だった試しは一度もないのだ。


「行こうぜジョーダン。とっととこんな街とはおさらばして、リラルルの村に帰っちまおうぜ」


 そうだ、全ては冒険者ギルドへの登録を済ませるまでの辛抱なのだ。

 所詮マジックギルドが大手を振っていられるのは、このゴータルートの街の中だけ。俺達がリラルルの村に戻ってしまえば、奴等は大した手を打てはしないのだから。



         *      *      *



 冒険者ギルドに戻ると、既に東風さんもシーフギルドから帰ってきており、先ほど貰ったばかりの冒険者登録証のプレートに縄を通す作業をイザネに手伝ってもらっていた。

 マークさんの仕事を手伝いに行ったらしくキースさん達の姿はなく、彼等と一緒に帰ってしまったのかソフィアさんの姿も見当たらない。


「あとはお前だけだぜ。さっさと済ませてこいよジョーダン」


「おう」


 俺に返事をしながら段は、マリーさんの受付にマジックギルド登録証を握りしめたまま向かう。


「ようやく終わったーっ!」


 吐き出したその言葉と共に、全身から力が抜けていく。


「ご苦労じゃったのぅカイル」


 べべ王のねぎらいの言葉を聞きながら、俺は皆の待つテーブル席に着く。


(これでやっと村に戻れるのか……)


 椅子の背もたれに、俺はだらしなく力が抜けたままの体を預けていた。

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