第二十八話 聖典はかく語れり
根本的な物事の考え方や常識というものは民族によってバラバラであり、彼等の持つ世界観や根本的な価値観に由来している。そしてそれ等は各民族の宗教や歩んできた歴史の中で醸造されてきたものあり、その過程を知らずして彼等の事を分かった気になるのは、浅はかという他ない。
まして、全ての民族が自分達と同じ考え方を共有しているなどと思い込んでいるとすれば、その者は愚かという言葉で形用しても足らぬ程である。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
§ § §
「メルルちゃんは、お土産何がいい?」
寝転ぶウサリン亭の一階で、朝食運びを手伝うメルルにイザネが声をかける。
「んとねー、猫ちゃん」
「猫かー、街で売ってるのかなカイル?」
イザネが助けを求めるように、こっちを見た。
「猫のぬいぐるみでいいんじゃないかな。
品質のいいやつは高いけど、安物で良ければ手頃な値段のを売ってるとこもあるよ」
「そっか。
よーし、じゃあ一番可愛いの買ってきてあげる」
俺の話をちゃんと聞いてないのか、イザネはメルルへのお土産を大奮発するつもりのようだ。あまり高いものを買っても、ララさんが困るだろうに。
「爺さん、これやるよ」
声のした方を振り向くと、机にコップを並べていたバンカーさんがゴブリン退治の時に貸してくれた羊皮紙の地図をべべ王に渡していた。
「あんたらギルドに登録したら、ゴータルートの街とこの村を行き来しながら冒険をするつもりなんだろう。なら、これがあった方が便利なんじゃないのか」
「しかし、この地図は村に一つしかないのじゃろう。ワシ等が本当にもらって良いものか?」
べべ王は髭を撫でながら、少し迷いがちに答える。
「どうせ、村の者は誰もこの地図を使ってなかったんだよ。土地勘の薄いあんた達が持っていた方が役に立つさ」
「ふむ、そういう事ならば……」
べべ王はバンカーさんから手渡された地図を改めて自分の目の前に広げ、それを眺めている。
「そういえば、こないだ借りた時に気づいたのじゃが、この地図の端の方に何か書いてあるようだの?」
、斜め前の席に座る俺からは地図の裏しか見えず、べべ王が何を指しているのかは分からない。
「ああ、それはメルルがやったんですよ。描いてあるものが嬉しくもあり、あまりきつくは叱れませんでね」
バンカーさんはそう言って照れ臭そうに笑い、べべ王もそれに釣られるように微笑むと地図を丸めてカバンの中に入れてしまった。
「はい、どうぞ」
正面に向き直ると、ララさんがスープの皿を届けてくれていた。
「なんか、今日はにぎやかですね」
「ええ久しぶりよ、この宿がこんなに賑わうのは」
メルルと楽しそうに話しながら、食事を続けるイザネ。
昨夜から意気投合したのか、笑いながら互いに大声を競うように話す段とガフト。
東風さんの食欲に呆れつつも、穏やかに談話を続けるフィルデナンド。
べべ王、マークさん、キースさんの3人は、今日の予定を話し合っている。
俺達五人にマークさん達四人が加わり、今朝の寝転ぶウサリン亭は少し狭くさえ感じられた。
「くれぐれも買い物を忘れないように、べべさんに言っておいてね。
お祭りが台無しになっちゃうから」
ララさんはそう言うと、お盆を持って俺の席を離れた。
「ちょっとカイル君もこっちに混ざってくれないか。べべ王さんは街の事がまるでわかっていないみたいで、話が進まないんだよ」
ララさんが傍を離れるのを待っていたらしく、間髪を入れずにキースさんが俺を呼ぶ。
「わかりました」
俺はそう答えると、マークさんの方に身を少し乗り出して耳を傾け、彼等の話題に追い付く努力を始めた。
* * *
楽しい朝食はあっという間に終わり、俺達はマークさんの馬車と共に村の門まで来ていた。俺達の姿を見たダニーとクリスが駆け寄って来る。
「留守を頼むぜ二人とも」
「おう! あんた達が村に来るまでは、俺とクリスでリラルルを守ってたんだぜ! 任しときな!」
門番達に声をかける段に、ダニーが元気よく返事をした。
「帰ったらすぐファルワナ祭か、楽しみじゃな」
「いやでも、村の祭りなんてしょぼいもんだよ」
門に付けられた祭りの飾り付けを眺めるべべ王に向かって、ダニーが苦笑いを浮かべている。
「なに言ってんのよダニー、村の祭りだって充分華やかだし楽しいじゃない」
「クリスはまだ街の祭りを見た事ないから、そんな事を言えるんだよ。
あっちは凄いんだぜ、花火なんかもバンバン打ち上げるしさ」
クリスがダニーの話に反発する気持ちも分かるが、彼の言い分も無理からぬところだ。街での華やかな祭りの光景は、田舎の村では想像もできないものだろうから。
けれど俺は、この村のみんなと祭りをするのが楽しみで仕方がなかった。それがいかにささやかな物であろうとも、俺にとってはそちらの方が心地よいに決まっているのだから。
「おい東風、お前の火薬で花火は打ち上げられないのかよ?」
二人の話を聞いた段が、東風さんに無茶な要求を始めた。
「無理ですよ。
花火玉を作る技術もないですし、それが出来たとしてもどうやって打ち上げるんです?
クラン拠点の倉庫に小さな花火を作るイベント用のアイテムが残っていた筈ですから、それを持って来るしかないんじゃないですか? あれだってルルタニアの設備がある事が前提のアイテムですから、この世界で通用するか分からないですけど」
「そうか……じゃあ、俺様の魔法で空に爆発を起こして花火の代わりにするってのはどうだ? 火薬で起こす爆発も、魔法で起こす爆発も大差ないだろ」
「じゃがあの魔法は確か、虚無の空間に潜む魔王の力を借りて、無属性の大爆発を起こす呪文じゃなかったか? 花火の代わりになんてなるかのう?」
べべ王の言葉にダニーとクリスの顔が引きつる。
「おいおい大丈夫なのかよそれ」
「村が呪われたりしないでしょうね?」
「ははは、大丈夫だ。
ルルタニアじゃ、よくあの魔法を連発していたが、問題になった事なんてなかったぜ」
呪文の説明に不吉な単語が多数含まれていたにも関わらず、段はそれを気にする様子もない。
「ボス戦では定番の高威力呪文じゃったからのう」
べべ王も特に気にしていないようだが、村の歓迎会の時のやらかしを考えれば、また血相を変えた村長に止められるのは明らかだろう。
「さあさあ、そろそろ出発いたしましょう。馬車に乗り込んでください」
御者台に座るマークさんに促され、俺達はキースさんを先頭にホロの付いた馬車の荷台へと乗り込む。
「東風さんはホロに収まらないですね」
「じゃあ、荷台の後ろに腰かけていて貰おうか」
俺とキースさんの話を聞いたガフトとフィルデナンドが、急いで荷物を移動させて荷台の後ろに東風さんが座るスペースを作ってくれた。
「お二人ともすいません」
巨大な東風さんはゆっくりとそこに腰をかけると、荷台の重心が後ろへと傾く。
「こりゃまずいな、荷台の前の方に乗ってバランスを取ろうぜ」
ガフトの言葉に従って皆が御者台近くに移動し、馬車を安定させる。まだちょっと不安定だが、これなら大丈夫そうだ。
「あ、そうだ」
イザネは急いで荷台の後ろに戻ると、そこに腰かけた東風さんの脇から顔をのぞかせ、ダニーとクリスに声をかける。
「ダニーにはロルフの新しい首輪、クリスは新しい櫛だったよな。
他に買ってきて欲しい物はあるか?」
「それでだけで大丈夫だよイザ姐」
「よろしくお願いします。なるべく可愛いのを選んでね」
「おっけー、行って来るぜ。」
二人の返事を聞いたイザネは、手を振って馬車の荷台の中に戻ってきた。
「では出発いたします。村長さんによろしく」
マークさんはそう言って二人に御者台から会釈すると、馬に鞭を入れた。
* * *
「わしにもやらせてくれんか?」
べべ王が馬車の操り方に早速興味を持ったのか、御者台に飛び乗り手綱を取るマークさんに向かって話しかける。
既に東風さんの脇から覗いていた村の姿は遠くに消え、そこには地平線が広がるばかりだった。
「馬車は初めてですよねべべ王さん? ではまず手綱の……」
ファ~~……
俺はマークさんがべべ王に馬車の操り方を教えるのを聞きながら、大きなあくびをした。今朝はイザネに叩き起こされて稽古を付けられていたため、非常に眠い。
ふとイザネの方を見ると、既に気持ちよさそうに荷物を背にして船を漕いでいる。
(あいつは昨夜すぐに寝た筈だが……夜中に目が覚めてそのまま寝れなくなったパターンかな? 明日が楽しみで寝れない子供みたいだ……)
眠気に委ねるように目を閉じると、視覚が闇に消えた分だけ馬車内の会話がやけに大きく耳に伝わってくる。
「でよ、俺様はそのゴーレムに……」
これは段がルルタニアでの自慢話を、キースさんとガフトにしているのか……
「ですから忍術という物はですね……」
こっちはフィルデナンドに東風さんが忍術を解説している声……、異世界の冒険者の技術を聞く機会など早々ある訳ではないし、学者肌の彼は興味がそそられたのだろう。
「のぅマークさん、クザーラ人とは何者なんじゃ?」
御者台の方からはべべ王とマークさんの話声が聞こえる。
「昨日ブライ村長にも尋ねたのじゃが、詳しくないらしくまるで要領を得ん。マーサさんまで、なぜかその話に村長が触れるのを嫌がっているようじゃった」
「……そうですね、クザーラ人の話は意図的に伏せられているものですから、詳しい人は少ないでしょう。公の場では話す事もタブーとされていますから。
私も田舎の村長程度にならば話す事ができますが、大手商会で話題にしようものなら妄想癖のあるキチガイとして扱われ、追放されてしまうでしょう。
ですから、これからお話する事は他言無用に願えますか? 私の口から洩れたと知られますと、まずい事になりますので」
「厄介な話もあったもんじゃのう。
わかった、お主から聞いた事は、なにがあっても秘密にすると約束しよう」
「べべ王さんは”古代聖典”という書物をご存じですか?」
「いや、聞いた事もない」
「古代聖典とは、この世界に伝わる最古の書物……一般的には神話をつづった教典とも言われておりますが、実際に起こった真実を記録したものだと主張する声もあります。
私は宗教家でもなければ学者でもないので、その解釈の差についてはわかりかねますが、いずれにせよこれが世界の多くの宗教の元となった書物であるのは確かです。
このイラリアスの国教であるソールスト教も、古代聖典が大元になっています。そして、この古代聖典に記されている神に選ばれし民族こそがクザーラ人なのです」
「しかし昨日の話では、その神に選ばれた民族が、金貸しやら銭勘定を牛耳っているようだったではないか。
これはどういう訳なのじゃ? よもや、神がその民族に金を扱う役目を与えた訳ではあるまい」
「それはクザーラ人の歴史に関わる話になりますね。
クザーラ人は神に選ばれた民族でありながら、幾度となく神に背く行為をしてその度に天罰を与えられてきたのです。
神の定めた戒律を破り堕落し、そのあげくに国を滅ぼされた事もあれば、聖典の予言にあった救世主を自分達の利権を守りたいがために偽物として処刑し、最終的に自分達の住む土地を追われる結果を招いた事すらありました」
「神に選ばれた民族が神に逆らうのか? なんのために選ばれたかわからんではないか」
「さぁ、私も神のご意志まではわかりかねますが、その結果クザーラ人達が落ちぶれていった事は確かでありましょう。クザーラ人達は国も住む土地も失い、世界に散り散りになってしまいましたから。
そしてクザーラ人達は他の民族に支配され、彼等の職業さえも支配者に制限を受ける立場となりました。クザーラ人達が金貸しを始めたのもこの時です。
街道も整備されておらず、各国の貿易が少ない時代の金貸しはあまり儲からない商売だったので、支配者達はクザーラ人達にその役目があてがったのです。
貿易が盛んになると共に貨幣の流通が激しくなり、金貸しが儲かる商売に変るだなんて、当時は予想できませんでしたからね」
「ルルタニアでも、素材トレードのバザーが品薄の時は金を持て余す者が多かったが、レアな素材が出回る度に金はいくらあっても足りなくなった。それと同じような事が、起こったという訳じゃな。
今のクザーラ人達の地位は、かつてクザーラ人達を閑職に追いやっていた皮肉な結果という訳か。
しかし、そうなると金の力を得た今のクザーラ人達は、それまで自分達を苦境に追いやってきた他の民族達に復讐をしようと考えるのではないか? それが国の運営すらも歪めている、と……そういう話なのじゃな?」
「彼等が復讐を企んでいるかどうかまではわかりかねます。
ですが、自分達以外の民族に対して良い感情はもっていないでしょうし、他の民族の都合を考えて彼等が行動するとはとても思えません。
ましてクザーラの聖典に”神に選ばれた民”と記されているのです。他の民族を見下す考えを抱いている者も多い事でしょう」
「じゃが、それならば今度はクザーラ人達が他の民族に疎まれ、報復を受ける立場になりかねんのぅ」
「ですからクザーラ人達は自分達の情報を隠蔽し、金を配って国の権力者達の中に味方を増やして身を守っているのです。
そして、公の場でそれを口にしようものなら……」
「クザーラの手先となった者達によって、キチガイ呼ばわりされて追放か」
「あるいは命を狙われる事すらあります。
それに、我々にだって戦争を経験した周囲の国々に対する恨みを持っているのです。それを利用すれば、クザーラに向かうべき怒りの矛先をそちらに逸らす事も容易なのですよ。
どの国の中枢にもクザーラの息のかかった者が既に入りこんでおりますし、恨みのある国同士をいがみ合わせ我々の目をそちらに向けるような騒動を起こす事も、今の彼等からすれば容易いでしょう」
「はぁ~~、なんと詰まらん恨みの連鎖か……こんなものに……」
俺の意識はそこまで聞いたところで、眠りの中に静かに吸い込まれていった。
* * *
「起きろカイル!
モンスターだ! オークがでたぞ!」
耳元で段に怒鳴られ、俺は目を覚ます。
見れば、荷台の向かい側でイザネも目をこすっていた。
「おい! 盗賊が出るんじゃなかったのかよ! 話が違うぜ!」
ガフトの声からは焦りがにじみ出ていた。
「前方に五匹、後方に四匹……囲まれたな。
正直、僕たちが相手にできるのは一~二匹が限度だが、君等はどうだい?」
「ルルタニアでオークとの戦争は体験済みじゃよ。あの程度の数なら問題ないわい」
キースに答えるべべ王は、笑みすら浮かべている。モンスター退治となれば、こいつ等のモチベーションは否応無しに上がるのだ。
「マジかよ……」
目を見張るガフトの前を悠々と通過して、べべ王は東風さんの座る荷台の後方へと向かう。
「あ、あの皆さん早く!」
御者台の方からマークさんの裏返った声が聞こえてくるが、べべ王はそれに釣られる事も無く落ち着き払ったままだ。
「では、キースさん達とわしと東ちゃんで後方のオークを片付けるとしよう。
問題ないと思うが、この世界のオークに関する知識がわし等にはない。じゃからなにかあったらキースさん、あんた達が教えてくれ。
前方のオークはジョーダン・イザネ・カイルに任せる。なにかあったらカイルの判断にしたがっとくれ」
「ふぁ~い」
それを聞いてイザネが寝ぼけた返事をしながら御者台のマークさんの右隣りに昇るが、それより先に段が左側から馬車の前に踊り出ていた。
俺も急いでイザネを追い越して段に続いた。
(あれがオーク! でかい!)
ギルドでオークの生態については学んでいたが、実際に目の当たりにするとその大きさにひるんでしまう。東風さんや、あの大猿よりは一回り小さいとはいえ、2メートルを超える豚顔の大男が五匹も街道に立ちふさがっていたのだ。
一対一なら大猿の方がよほど強敵だが、こうも数が多いと迫力が違う。
「プギィィィィーーーッ!」
オークの内の一匹が大声を張り上げ、各々オーク達が手にした巨大な棍棒を振り上げてこちらを威嚇する。
「へっ! 豚野郎共が、一撃で仕留めてやるぜ!
『おん ころころ せんだり……」
(おん ころころ はまずいだろ!)
俺は杖を構えて呪文を唱える段の口を、手で塞いで邪魔をする。
「なにしやがる!」
「それ、地面ごと敵を吹っ飛ばす呪文だろ! そんなもんをここで唱えたら街道がガタガタになって二度と使い物にならなくなるだろーが!」
「ふあぁぁぁ」
口喧嘩をしている俺と段の脇を、あくびをしながらイザネが通り過ぎて行く。
「グファァァーー!」
一人でオーク達の前に出たイザネに向かって、4匹のオークが叫びながら一斉に襲い掛かってくる。
(まずい! イザネはまだ寝ぼけて……)
が、俺の心配は杞憂だった。
ブォ! ……ドガッ!
先頭のオークが唸りを上げる棍棒を振り下ろすが、それがイザネに届く前に彼女のメイスがオークの顔面を叩いていた。
ブンッ……!
二匹目のオークが前のめりに倒れ込んだ一匹目のオークの後ろから襲いかかるが、イザネが盾でその棍棒の軌道を逸らしつつ、オークの手首を捉えて捻るように引っ張る。足元に転がる味方の死体に躓いたそのオークは、勢いよくそれに覆いかぶさるように倒れてしまった。
「グギャァァ!」
続いてイザネの左から襲い掛かろうとしたオークが、首筋にイザネのメイスの一撃を受けて絶命する。
メキィッ!
それとほぼ同時に右手からイザネに襲い掛かったオークの膝が、イザネに蹴り抜かれる。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818093076213217619
ズゴッ! ガキィッ!
膝を破壊されバランスを崩すオークの腹にもう一撃蹴りが刺さり、その勢いで横倒しになるオークの喉を三発目の蹴りが潰して息絶えさせる。
「ふんっ!」
ドスッ!
最後に先ほど転んだオークが上体を起こしたところにイザネの盾が飛び、その顔面に突き刺さる。
気付けば5秒程度の時間で四匹のオークが息絶えていた。
『ロドゥムエィガリル! ポチ! 戻ってこーい!』
オークの血にまみれた盾がイザネの手元に戻るのと、最後に控えていた五匹目オークが棍棒を放り出して逃げ出すのは、ほぼ同時の事だった。
(逃がすかよ!)
俺は宙に魔文字を刻み、アイスアローを生成する。
『おん きりきり ばさら うんはった!』
段も呪文を唱え始めているが、遅い!
俺のマジックアローを作る速度は、この一か月の間毎日のようにマジックアローを百発以上放っていたため格段に上昇していた。
呪文を唱えるタイミングが僅かに遅れた段よりも早く、最後のオークを射れる筈だ。
シュッ……
ゴゥッ……
俺の魔導弓からマジックアローが放たれ、それに続いて段の掌から炎が飛ぶ。
ボンッ!
俺のアイスアローが着弾した直後に段の炎がオークに当たると爆発が起き、オークの上半身が吹き飛んでいた。
(属性の反する魔法が当たると、あんな爆発が起こるのか……)
俺は呆然としてその爆発と、上半身を失って倒れるオークを眺めていた。
「腕を上げたなカイル」
気付くと段が俺の肩に手を置いていた。
「まっ今回は俺様の魔法の方が早かったが、なかなかの速度だったぜ」
(なにすっとぼけてんだこのハゲ! 大人気ねーぞ!)
「はぁ?! 俺のが早かったろうが! どこに目を付けてんだよジョーダン!」
「テメーこそまだ寝ぼけてんじゃねーのか! どう考えても俺様の方が……ってぇ!」
気付くとべべ王が、段の頭を杖で殴っていた。もう馬車の後ろにいたオークは片付いたのだろう。
「依頼人の前で恥をかかせるでないわジョーダン。後ろはもう片付いたぞ」
べべ王に叱られる段を、俺はニヤニヤしながら眺める。
「ざまぁ……いてぇ!」
俺は痛みによって、段に向けて放とうとした悪態を遮られる。振り向くとイザネが、俺の後頭部を小突いていた。
「お前もだぞカイル。
ほら、このままだと馬車が通れないからオーク達を街道からどかすぞ」
俺はイザネに腕を掴まれ、オークの死体の前に連行される。
「いや、皆さん見事でしたよ。
よもやあれ程の数のオークが子供扱いとは、とても信じられません」
御者台の上のマークさんは、興奮冷めやらぬ様子だ。
そう言えばこの人が、実際に俺達が戦っているところを見るのは初めてだった。俺には既に見慣れた光景であったが、マークさんはまだべべ王達の実力を心の底では測りかねていたのだろう。
俺とイザネ、べべ王と段がペアになってオーク達の死体を脇の森まで引きずって運ぶ。
「東風さんの言ってたとおり、そっちももう片付いていたんですか。流石ですね」
俺達が全てのオークの死体を街道からどかしてすぐ、フィルデナンドが袋を下げてやってきた。
どうやら、馬車の後ろに回り込んだオークの死体の片付けは、東風さんとキースさん達に任せてきたようだ。
「ちょっと失礼」
そう言ってフィルデナンドは俺の前に屈みこみ、オークの鼻をナイフで切断し始める。
「何をやってるんです?」
「討伐依頼の出てないモンスターでも、オークくらい危険度の高いモンスターならいくらかの報奨金がギルドから出るんだよ」
フィルデナンドは俺にそう答えながら切り取った鼻を指でつまみ、袋の中に入れる。
「またそれかよぉ~~」
その光景を見たイザネが、心底嫌そうに眉をひそめていた。
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