カイルのアバター教育日誌

第八話 チート装備

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330657718488671



         §      §      §



 もしも現実にある物をゲーム内になんでも持ち込めむ能力があったなら、それはチートと言われるだろう。逆にゲーム内のアイテムを現実に持ち出せたとしたら、それもやっぱりチートだろう。

 こちらから見ればあちらがチートに見えるが、あちらから見ればこちらがチートに見える。青く見える芝は、なぜか他所にしかないもんだ。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §



「まるで年上の弟が、三人もできたみたいだ……」


 三人の弟モドキが寝ているベッドの前で、俺は嘆いた。

 この寝室にやっと入ってくれたと思ったら、枕投げを開始する段とべべ王、二人を止めようとして逆にべべ王にいじられる東風さんと、それに油を注ごうとする段。騒ぐ彼等を寝かしつけるまで、随分と時間がかかってしまった。

 イザネが隣の寝室に移っていなければ、ひょっとして彼女もあのバカ騒ぎに嬉々として加わっていたのだろうか? ここの埃っぽい寝具で枕を投げ合うイザネの姿は、流石に想像しにくいのだが……。


「そういえば忘れてたな……」


 俺はカバンから歯ブラシを取り出した。

 新しい仲間のために、追加で四人分の歯ブラシも欲しいところだが、手に入れるにはリラルルの村で買うしかないだろう。


(たしか、ブライ村長の家は道具屋だったな……)


 あの店の商品棚に歯ブラシがあったかどうか思い出そうとしたが、よく覚えてはいなかった。俺は悩むのに飽きて歯ブラシを片手に庭へ向かった。


(これ以上考えても仕方ないか……、できれば明日にでもリラルルの村に買い物しに行きたいけど)


 四人があの村でどんな騒動を起こすのか、村に迷惑をかけはしないかという不安が俺を引き留めていた。今日だって、夕食後にトイレの使用法を教えようとしてひと悶着あったし、夜寝る事すら知らずに夜通し冒険をしようとしていたのだ。彼等の常識の欠如は深刻なレベルのうえ、力だけは並外れているから勘違いで暴走しても止められる自信がない。

 だが、この広いクラン拠点を五人で管理するのは難しいし、これから不足する生活物資は歯ブラシ以外にも必ず出てくる。いつかは村に行かなければならない。


(幸いあの村には空き家が山ほどあるのだし、そのうちの一軒を借りて、そこでこいつらに生活させるのが現実的だろうな)


 庭に通じるホールに出ると、俺はそこに置きっぱなしにした魔導弓を探す。食後のごたごたのせいで、回収するのを忘れていたのだ。

 俺の魔導弓はすぐに見つかったが、同時に長テーブルの上に食事の時に散らかった食器がそのままになっているのが目に入る。


(仕方ねえなぁ)


 俺は魔導弓をベルトに引っ掛け、皿をまとめて掴むと足で広間のドアを開けて庭に出る。


シュッ


 ドアを開けると同時に細い剣が風を切るような音が、俺の耳に入って来る。

 音がした方向を見ると、月明かりの中でイザネが虚空に向かってメイスを振るっていた。イザネの黒髪と赤い鉢巻とそれに豊かな胸が月光に彩られながら揺れ、メイスの先にある棘の付いた丸い鉄球が、まるで軽々とレイピアを振るうかのように早く連続して宙を舞っていた。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330657718472930


「なんだ、寝たんじゃなかったのか?」


 イザネが手を止めて、俺に話しかける。


「俺は昼間少し寝たから、まだ眠くないんだよ。そっちこそ、寝たんじゃなかったの?」


「寝ようと思ったんだけどベッドが埃っぽくてさ……」


 ガサツなヤロー共は気にしなくても、女性は気にして当然の事だった。


「……それに、隣の部屋がやたらうるさくて、目が覚めちまったよ」


(ですよねー)


 目の前の騒ぐ三人を止めるのに必死で、隣の部屋に音が漏れていた事まで気が回っていなかった。


シュッ


 再びイザネはメイスを振るいはじめる。


「いつもそんなふうに訓練してるの?」


「まさか。

 こんな訓練より実戦で鍛えた方が早いだろ。今日はあのエテ公としか戦わなかったから、やってるんだよ」


 ルルタニアという場所では、あの大猿以上のモンスターを毎日のように狩りまくっていたという事だろうか? しかし、あの強さのモンスターが当たり前のようにいる世界とは、どんな魔境なのだろう。

 この人達ならば、ギルドにきた依頼を全てを1パーティで片付けるのも可能なのではないだろうか。


「起こり(攻撃に移る初動)を隠し・武器の重さ・体重移動・肩甲骨の動き・筋肉は背筋まで含め全身を利用し・腹筋はもとよりその内側にある腸の力も借り・肉体全てを利用してより完璧な動きを……と、マスターと一緒に追及してきたけど、まだまだ道半ばだな」


 イザネはメイスを尚も振るい続ける。


「あの大猿を一撃で倒せるほどなんだし、もう十分じゃないの?」


 半ば呆れながら俺は言った。どこまで強くなれば彼女は満足できるのだろう。


「あいつがヤワ過ぎんだよ。

 それにあの時は完璧なタイミングでカウンターが入ったから、あいつの力を俺の力に上乗せする事ができた。半ば自滅したようなもんさ」


「もしイザネさんの動きが本当に完璧になったら、どのくらい強くなっちゃうんだろうな?」


 ストイックに強さを求める姿勢には冒険者として憧れるものがあるが、流石に拘りが強すぎる。ここまで来るとついていけそうにない。

 俺は井戸で皿を洗いはじめた。幸い今夜は風が暖かく、手を伝う井戸水の冷たさも気にならなかった。


「なにやってんだ?」


 イザネがメイスを振るう手を止めて尋ねる。


「見てわからない?

 皿を洗ってるんだよ。誰も片付けようとしないんだもの」


「ああそうか、ルルタニアでは食べ物を消費すると、その付属品の皿も一緒に消えてたからな。気にしてなかったよ」


「まさか、食器が自然に消えるっていうの?!」


「そうさ」


 なるほどホールに食器棚が見当たらなかったのも、それが原因なのかもしれないが……。


「もったいないなぁ、それは。洗えばまた使えるのに」


 俺は洗いかけの皿を眺めて言った。

 庶民が使うような木の皿でもなく、釉(うわぐすり)も塗ってない歪んだ出来損ないの皿でもなく、整った白い磁器の皿だ。見栄えのいい綺麗な模様の入った食器を好む貴族の趣味ではないだろうが、程よく儲けている商人達が好んで使いそうな代物だった。


「半分よこしなよ。手伝ってやるから」


 イザネが手袋を外して俺の隣に座り込む。さっきもイザネには、この広いクラン拠点の明かりを点けるのを手伝ってもらったばかりだ。もしかしたら彼女は、何かにつけて人を手伝いたくなる性分なのかもしれない。


ガチャッ……カチャカチャ


 皿を受け取るとイザネは不器用に洗いはじめる。それはまるで初めて母親の皿洗いの手伝いをする子供のようだ。


「もしかして皿洗いするの初めて?」


「悪いかよ。

 さっき手を洗ったのだって、俺達は初めてだったんだぜ。……アッ!」


 俺はイザネが落としそうになった皿を咄嗟に支えた。


「焦らなくてもすぐに慣れるよ。

 ところで、この大量の指輪はなに?」


 イザネは手袋を脱ぐのと一緒に、沢山の指輪を外していた。

 そういえば食事の時に他の3人も手袋と一緒に何かを外していた様子だったが、あれも指輪だったのだろう。


「ああ、これか?

 こいつが防御力上昇の指輪で、これが毒と暗闇と睡眠耐性を付与した指輪で、こっちが凍結と……」


「ちょっと待って! もしかして、この指輪を付けていれば防具って必要ないの?!」


 俺は慌ててイザネの言葉を遮る。


「べべ王のような防御主体のタンクなら、動きが遅くなるのを承知であえて重い鎧を着て防御力を少しでも上乗せしようとする事はあるぜ。そうでもなけりゃ、この指輪だけで防具は十分だ」


「なんだよそれ……」


 初めて会った時にイザネが半裸で戦っていた理由がわかった。確かにこんな指輪があるのなら、どんな格好でも冒険はできる。鎧代を工面するのに四苦八苦していたデニムがこれを聞いたら、一体どんな顔をするだろう。


「あとでおまえにもクラフトして作ってやるよ。

 ”装備レベル制限”に引っかからないようにしなければならないから、低ランクの指輪になるだろうけどな」


「その”装備レベル制限”ってなに?」


「なにって、レベルによって装備する事のできるアイテムのランクが決められてる事だよ。

 レベル1の冒険者がいきなり最高ランクの装備を身に着ける事ができたら、ゲームバランスが崩れるじゃないか」


 ……は?


「そんなの聞いた事もないよ。そもそもレベルってなに?

 冒険者ギルドは活躍に応じて冒険者のランク付けを確かにしてるけど、それによって装備できる物に制限が付いてるなんて話は聞いた事がないよ」


「え……まさか……」


 イザネは指輪の一つを摘まんで、試しに俺にはめさせた。指輪は問題なく俺の指に収まっている。


「嘘だろ……もう殆どチートじゃねーかよ」


「チート?」


「ありえない反則って意味」


「俺にとっては、この指輪の性能の方がありえない反則だよ!」


 俺はイザネに指輪を返しながら言った。


「でもよ、それならなんでカイルはそんなよっわ~~~~い弓を使ってんだ? 装備レベル制限がないなら、もっと強い武器を使えよ」


「こ、これだって高かったんだぞ! 予算ギリギリだったんだからな!!」


 俺は魔導弓を握りしめた。自分では気づいていなかったが、ムキになった俺の顔は赤く染まっていたに違いない。


「なんだ、冒険者をはじめたばっかで金がなかっただけか。要領よく金策クエを回せば、金なんてすぐ貯まるのに」


「冒険者にそんなうまい儲け話があるなんて聞いた事ないけど……」


 しかし、イザネはもう俺の言う事など上の空で、既に何かを考え込んでいた。


「……うっかりしてたぜ。

 俺はこの世界の戦闘システムが、ドラゴン・ザ・ドゥームと変わらない物と思い込んでいたが、装備制限以外にもいろいろシステムが違っているのかもなっ!」


 イザネは皿を放り出し、興奮した様子で俺の方に向き直る。


「他にも何かないのか? 俺達の知らないこの世界独特の戦闘システムは!」


「俺はルルタニアとか、ドラゴン・ザ・ドゥームとか全然知らないんだよ。聞かれたって違いが分かる訳ないだろ」


「あっ! あぁ、そうか……そういえばそうだよな。じゃ、じゃあ例えば……」


 イザネは俺の腰のショートソードを指さした。


「なんでマジックアーチャーのカイルが剣を装備してるんだ? ひょっとしてマジックアーチャーってのは剣と弓が使えるジョブなのか?」


「ジョブってたぶんこの世界でいうクラスの事だよね。

 確かにマジックアーチャーは魔導弓を使うクラスだけど、俺はファイターの訓練も受けているから剣も少しは使えるんだよ」


「それってもしかして、ジョブチェンジなしで剣が使えるって事か?」


「どのクラスの奴だって、剣の使い方を習ってれば普通に使えるだろ?」


 その言葉を聞いた途端に、イザネが目を輝かせる。


「スゲーなそれって!

 つまり俺がこの世界で魔法の使い方を習えば、戦士から魔術師にジョブチェンジしなくても魔法を使えるって事だよな!」


「ん? まぁそういう事だと思うけど、魔法ってそんなに簡単じゃないよ」


「それは問題ないさ。

 ジョブチェンジできる神殿さえあれば、俺はレベルマックスの魔術師になれるんだぜ。

 今はジョブが戦士だから魔術師やった時に覚えたスキルが封印されているだけで、魔法の使い方くらいわかってるんだ!」


 イザネが得意げに答える。


「そのジョブチェンジってのが俺にはよくわからないんだけど、もしかしてジョーダンもファイターにジョブチェンジすれば凄かったりするの?」


「そうだぜ。

 俺達はみんな全ジョブをレベルマックスまで鍛えてあるからな」


 どおりでソーサラーらしき段が、あんなに筋肉ムキムキである訳だ。俺はやっと最初に出会った時から抱いていた違和感を解消する事ができた。


「なぁ、試しになんか魔法を教えてくれよ」


 もうイザネは、すっかり皿洗いに興味がなくなってしまったようだ。


「それじゃあ、基本的な魔法ですが……」


 俺は魔導弓を放り投げて呪文を唱えた……


『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ』


 放り投げた魔導弓が、月光を反射しながら俺の手に飛んで戻って来る。


「かっこいいな。基本的な魔法ってことは、これすぐ出来るようになるのか?」


 イザネの目の輝きが増す。


「流石にすぐには無理だろうけど、試してみる?」


 俺は魔導弓をイザネに手渡した。


「まず、魔導弓の真ん中にはめ込まれた、魔石の魔力の波動を読み取ってみて」


「…………このなんとなく感じる魔力の波のようなもんか?」


「え? ああ、そうだよ」


 魔力の波動をこんなにも早く捉えるとは……、ジョブチェンジさえできれば魔法が使えるというのも、あながち嘘でもなさそうだ。


「じゃあ、弓を手放してから引き寄せる魔石の波動パターンをイメージしながら『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ』と唱えてみて」


「こうだな。

 『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ!』」


 イザネが地面に放り出した魔導弓は、ピクリとも動かない。


「やっぱり、もう少し慣れないと無理だったみたいだね。俺も最初はコツを掴めなくて何度も失敗したよ」


 俺はムキになって呪文を唱え続けるイザネをしり目に、皿洗いを再開した。


(懐かしいな……)


 初めて俺が魔法を習った時、普通なら一日以上習得にかかるこの呪文を、俺は半日で習得する事ができて嬉しかったのを、今でもよく覚えている。今まで喧嘩に勝った事すらなかった俺が、冒険者としてやっていけるかもしれないと自信を付ける事ができたのも、この出来事があったからだった。


『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ!』


ヒュッ……パシィッ


 何かが空を切る音がして振り返ると、イザネが自慢気に魔導弓を握りしめていた。


「そおれっ!」


 イザネは思い切り魔導弓を空に放り投げて呪文を唱える。


『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ!』


 魔導弓はブーメランのような軌道を描き、イザネの手の中に勢いよく納まった。


「確かにコツを掴むまでが結構難しいなこれ」


「え? もう?」


 なにが難しいものか、まだ10分も経ってないじゃないか。半日でこの呪文を習得できた事を周囲に自慢していた過去の自分が、今となっては小さく見える。


「なぁ、これってメイスを引き寄せる時は、”戻れ我がメイスよ!”って唱えればいいのか?」


「これは魔石を引き寄せる魔法だよ。だから、魔石が組み込まれた武器にしか使えないの。

 それに”戻れ我が弓よ”っていうのは合言葉として設定したものだから、合言葉を上書きすれば自由に変えられる」


 俺は少し不貞腐れながら説明してやった。


「もしかして”戻れ我が弓よ”っていうのはカイルが合言葉として設定したのか?」


 イザネが訪ねる。少しニヤニヤしているところをみると、俺の設定した合言葉について何か言いたいのだろう。


「悪いかよ。合言葉としてはオーソドックスだし、かっこいいし問題ないだろ」


「合言葉を変えるにはどうするんだ?」


「武器に合言葉を設定する魔法をかけなおして、上書きすればいい。

 さっきの要領で魔石の波動をイメージしながら”ガラハィウムハーレェ”と武器に向かって唱えた後に、新たに設定したい合言葉を唱えれば……」


『ガラハィウムハー……


 俺は呪文を唱えだしたイザネから、慌てて魔導弓をひったくる。


「勝手に合言葉を変えるなよ」


「ちぇーっ、いいじゃんちょっとくらい」


 どーせろくでもない合言葉を設定して、遊ぶつもりだったんだろ? 試しに俺はイザネに聞いてみる事にした。


「どんな合言葉にするつもりだったんだよ?」


「”タマちゃーん、こっちおいでー”」


「ふざけんなよ!」


 思わず頬を膨らませた俺を見て、イザネがケラケラと笑う。


「ま、いっか。実は試してみたい事がまだあるんだ」


 そう言ってイザネは俺から離れ、呪文を唱える。


『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ!』


「あっ!」


 魔導弓は俺の手を離れ、イザネの元に飛んで行った。

 この呪文は魔力消費も僅かで便利なのだが、魔石の波動と合言葉を敵に知られると武器を奪われる危険性がある。

 もちろん、こちらが引き寄せる武器を手に持っていた場合、抵抗は容易にできる。しかし、イザネの呪文の発動が鋭すぎて反応ができなかった。指に力を入れる間さえ与えてくれなかったのだ。魔石との同調が余程よくとれているのだろう。


「なるほど、こういう欠点もあるんだ」


 イザネは奪い取った魔導弓を見ながら続ける。


「もう一つだけ試したい事があるから、ちょっとこれ借りるぜ」


「何をする気だよ?」


 さっき魔導弓に悪戯されそうになったばかりなので、不安になって俺は尋ねた。


「これを参考にして、もっといい性能の魔導弓を作ってみるんだよ。倉庫に素材は余ってるし、地下のクラフトルームで製作はできる。

 用が済んだら、ちゃんと返すから安心しなよ」


「今から作るのかよ? いつ寝る気だ?

 明日にしとけって」


「時間が掛かりそうなら、余ってる課金アイテムでクラフト時間を短縮するから問題ねーよ」


 そう言うとイザネは魔導弓を脇に抱えて、クラン拠点の中に引き上げていってしまった。



         *      *      *



 目が覚めるとそこにはジジイの髭面があった。

 どうやらべべ王が、寝ている俺の顔を引っ張ったり摘まんだりして遊んでいたようだ。さわやかとは、とても言い難い朝だ。


(昨日は確かイザネに魔導弓もってかれて、皿洗いを終えて、歯を磨いて、ベッドの掃除してから寝たんだっけ……)


 俺は手を伸ばしてジジイのあご髭を掴み、それを適当に上下に揺すってから身を起こす。

 近くで段の豪快な笑い声が聞こえる。


「ひっどいの~、最近の新人はクラマスをないがしろにしおる」


「寝起きは不機嫌な人が多いから、悪戯すんのは考え物っすよジジイ」


(そういやこの人がクランマスターなんだっけか。リーダーって感じはまるでしないけど)


 俺はべべ王の減らず口を軽くいなしてベッドの上に座る。


(さて、歯磨きと洗顔くらいは済ませてこよう。

 そういえば、地下にクラフトルームがあると聞いたが、この人達の分の歯ブラシをそこで作る事はできるのだろうか?)


「冒険に行くから準備しろよカイル」


 段がまだ寝ぼけている俺を冒険に誘う。起きてすぐさま誘うところをみると、この人達には朝の歯磨きも洗顔の習慣もないのだろう。


「昨晩イザネさんに魔導弓をもってかれたから、返してもらうまでは無理だよ。それにこの世界では、朝にやる事がいっぱいあるの」


「何をやるんだよ?」


 その時、まだベッドの上に居た東風さんが大声をあげた。


「大変ですみなさん! またお腹が減っています!」


 段が驚いて東風の方を見る。


「おいおい、昨日食ったばかりだろ。っていうかお前その髪はどうした?

 ハハハハハッ」


「クスクスクスクス」


 寝ぐせが付いて東風さんの髪が激しく乱れていたのだが、本人は自覚しておらず不思議そうに自分の髪を触っては首をかしげている。

 そしてハゲはともかく、それを指さして笑っているべべ王自身も、髪にところどころ寝ぐせがついているのだが、全く気づいていない。


(さて、どこからこの事態を収拾したものか……)


「食事は朝・昼・晩で一日三食、もしくは朝・晩二食が一般的。一日一食は、プチ断食になるからやってる人もいるらしいけど、その場合は一回で食う量を増やさないと無理だよ。

 あと、べべ王も髪が乱れてるから池で自分の顔を映して確認した方がいいんじゃないの」


 案の定それを聞いた三人は、俺の与えた情報を整理しきれずに混乱を始める。


「そんなに食うのかよ! 俺様は早く冒険に行きたいのに、なんでそんなにやる事が多いんだよ!」


「本当だ。べべ王さんも髪にも変な癖がついてますよ」


「そういえば、わしも腹が減ってきたのう……」


(洗顔と歯磨きについては、庭に行ってから説明しようか。目の前で、実際にやってみせる方が話が早い)


 混乱する三人をよそに部屋を出ると、隣の寝室のドアが目に入った。


(昨夜は夜更かししてたし、隣で寝ているイザネはまだ起こさないでおこう)


 俺は魔導弓を早く返して欲しかったが、それはあえて後回しにして階段を降り始めた。


(そういえば、新しい魔導弓を作ると言っていたけど、無事に完成したのだろうか?

 いや、どう考えても一晩じゃ無理だろ)


 そう思った矢先に何やら長い物を入れたカバンを担ぎ、階段を上がって来るイザネを見つけて、俺は仰天した。


「お、おい、まさか徹夜してたのかよ?」


 俺は階段を駆け下りていた。


「いつまで寝ないで我慢できるか試してたんだよ。流石にもう辛くなってきたけど……」


 フワァ~~とイザネは大きく欠伸をする。その目にはクマが薄っすらと浮かび上がっていた。


「……もう少し耐えられるかな?」


「バカな事してないで、体調を崩す前に早く寝ろよ。部屋の手前のベッドの埃は、昨日寝る前に落としておいたから、そこ使いな」


 イザネは目をこすりながらコクコクと頷く。


「ほらこれ」


 イザネは担いでいたカバンを俺に手渡すと、階段をノソノソと登っていった。


(なんだろう?)


 カバンを開けるとそこには新しい魔導弓があった。

 魔導弓の中心にある魔石は以前の物より二回りも大きく、それを囲むように四つの小さな魔石が配置されている。

 また弓の両先端の部分は鋭く尖り、ショートソードに持ち替えなくても槍のように振り回して戦えるようになっていた。カバンはこの弓の鋭い先端をカバーして、普段の持ち運びに便利なように用意してくれたのだろう。


「へえ、いい弓ですね」


 いつの間にか階段を下りてきた東風さんが、カバンの中を覗き込んでいた。


「これ、レイドボスの暗黒龍の素材を使っているじゃないですか。恐らく武器ランクは我々の使っている物と同等ですよ。

 イザ姐が作ったんですか?」


「しかし、それを装備するにはカイルのレベルがまだまだ足らんじゃろ。装備レベル制限が解除されるレベル180近辺までカイルを鍛えるには、ちと時間が必要じゃな」


「昨晩作ってくれてたんですよ東風さん。

 それと、ここには装備レベル制限なんてないよ」


 俺はべべ王に向かってカバンから取り出した魔導弓を構えてみせた。


「はぁっ! ふざけんなよ! そんなのチートじゃねーか!

 この世界のゲームバランスはどうなってんだよ?!」


 階段の上にいた段の怒鳴る声が、屋敷を上下に貫くように響き渡った。

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