担任から逃げていたら、学年一位の頭脳を持つ美少女に抱きしめられた件

残飯処理係のメカジキ

第1話「担任から逃げる時は、天才少女に気をつけろ!」

 「こらぁ!!天城ぃ!!待たんか!!これで何回目ダァ!!」


 担任の教師である山田やまだ先生の叫び声を背中で受けながら、天城咲斗あまぎさくとは廊下を駆けていた。


 今日は十二月二十二日。


 この日さえ終えれば楽しい楽しい冬休みが待っているという、学生にとっては最高の日になるはず……だった。


 全力で階段を上っていく天パ頭の少年を除いては。


 彼の頭の中は、これから襲いくるであろう絶望の想像と、前日の自分を呪うことでいっぱいだった。


 今になって、『甘すぎるぞ昨日の自分!』と反省しながらも、この現状を打破する手段を持たない少年は、その足を止めることなく動かし続けていた。


 なにが、(明日が終わったら冬休みだから、実質今日から冬休みみたいなもんだろ)だ。

 

 そんな楽観的な思考回路だから、目覚めた時刻が十ニ時を過ぎてしまったのだろう。

 

 親がいる手前、休むわけにもいかなかった咲斗は、他の生徒に紛れやすい昼休みの時間を狙って登校することにした…のだが……。


 まさか、担任が校門で待ち伏せしているとは。

 

 おかげで咲斗は、昼食後すぐに走る羽目になってしまった。

 幸い、スタートダッシュに長けていた咲斗は、山田先生の捕獲を免れる形で校内へと侵入できたのだが、そのダメージはすぐに現れることになった。


 横腹が痛い……。激痛だ。


 急な運動に、体が悲鳴をあげているのが分かる。

 だが、今の咲斗には、そんな痛みを気にしている余裕はない。

 背後からは地獄への死者が迫ってきているのだ。

 横腹を摩りながらも、天パ頭の少年は、なんとか三階へと辿り着く。

 足音的にも、山田先生はまだ二階の廊下を走っているはず。

 距離を稼げたことに少し安堵した咲斗だが、この甘さが前方への注意を欠いた。


 階段を上り切ってすぐの曲がり角。


 すぐ側の壁に『前方注意』の張り紙が貼られている曲がり角。


 ぶつかると有名なあの曲がり角。


 例のごとく、彼も誰かとぶつかることになってしまった。


 いや、正確には咲斗が一方的に突っ込む形で事故は起こった。


 が、何十分も山田先生と激闘と繰り広げていた咲斗の勢いは、三階に向かう階段で全て使い切っていたのだろう。

 

 ぶつかり合った二人は倒れることなく、結果として咲斗の顔面がとある少女の胸にダイブする形で収まることになった。


 目の前で広がる柔らかい感触。


 首っ玉に回された両腕。


 過去に感じたであろう胸板に、咲斗は苦笑いを浮かべながら上目遣いに彼女を見る。


「こんにちは、天城くん。今日は随分と遅くの出席なんですね」


 そこには、満面の笑みを浮かべた学年一位の頭脳を持つ同級生、一ノ瀬眞白いちのせましろの姿があった。

 腰まで伸びた長い花葉色の髪に、全てを見透かしたような透き通った青い瞳。その肌は透けるように滑らかで、小柄な体つきも相まって、まさにお人形と言わんばかりの美しさを醸し出していた。

 普段なら、こんな美少女に抱きしめられるという経験は、さぞかし嬉しい事であるはずなのだが……。

 今の咲斗からすれば、山田先生から逃げることを拒む壁にしか思えない。

 

「や、やぁ。一ノ瀬さん。こんにちは。早速で悪いんだけど、この手、放してくれないかな?」


「どうして?あ、もしかして……。山田先生に追われているのって、天城くんですか?」


「情報が早いね。僕が学校に着いてからまだ十五分程度なんだけど!?ていうか、とりあえず、手!手!」


 ガッチリと首根っこをホールドされている咲斗は、その手から逃れるべく、バタバタと無駄な抵抗を試みる。

 が、彼女は全く放す気はないらしい。

 ニコニコと天使のような笑みを浮かべたまま、さらにその手に力を込める。

 首が絞まる感覚を覚えながら、咲斗の脳内に、とある考えが浮かんでくる。


 (ま、まさか!?一ノ瀬さんは山田先生が仕向けた刺客!?)


「や、やめろぉぉ!!僕はまだ死にたくなぁぁいい!!」


 声の限り叫ぶ咲斗。

 側から見たら、B級映画でゾンビに襲われているモブの声だった。

 そんな必死な天パ頭の少年に、花葉色の少女は呆れた表情で提案を持ちかけることにした。

 

「じゃあ、私の言うこと一つ聞いてください。そうしたら天城くんこと助けてあげます」

「それホント?聞く聞く!だから今すぐ僕を助けて!!」


 躊躇ちゅうちょはなかった。 

 例え、校庭のど真ん中で愛を叫ぶとか、校長先生のカツラの秘密を暴くとか、そんな無茶な願いでも聞き入れる姿勢だった。

 なにせ、明日からは冬休みなのだから。

 今日を平凡に生き延びることこそが、彼の優先事項である。

 その決死の気持ちが彼女にも伝わったらしい。


「分かりました。ここは私に任せてください」


 咲斗を解放しつつ胸を張る眞白。


「勿論だよ!一ノ瀬さん!」


 と学年一位の頭脳を信じる咲斗。

 

 結果として天パ頭の少年は、学年一位の頭脳を疑う羽目になってしまった。


 それは多分、天城咲斗という天パ頭の少年が、冬休み前日の昼休み、校舎の三階で四つん這いになっているからに違いない。


 形としては、その四つん這いになった咲斗の背中に、一ノ瀬眞白が座り込んでいる。


(お、重い………どうしてこんなことに……)


 全速力で廊下および階段を駆け抜けた咲斗にとって、中学生の少女を背中に乗せているという状態は、体力の限界ギリギリとの戦いを強いられているといっても過言ではないだろう。

 流石にこのままでは身が持たない。

 他の方法に変えてもらおうと声を掛けようとする咲斗だが、階段から聞こえてくる足音に、その発言を飲み込む。


 この軋み具合、上る速度、息遣い。


 疲れて歩いている時の山田先生の足音で間違いない。


 このままやり過ごすことができるのか不安を抱えながらも、もう声を出すことはできない。

 咲斗はその運命を、背中に乗る少女に託すことにした。


「あ、一ノ瀬!いいところに居た。天城のヤツを見なかっ………た……は?」

「あ、見ましたよ。先程、この廊下を駆け抜けて、向こう側の階段を降りてました」


 何事もなかったように、山田先生が上がってきた階段とは逆の方を指す眞白。


「………そ、そうか、ありがとう。助かる。で、一ノ瀬。一体何をしているんだ?先生理解できない」

「え?あ、はい。マッサージです。なんでも、女子中学生ぐらいの重みで背中を押すと、肩甲骨にいいらしいです。昨日テレビでやってました」

「え、あ、そうなのか?斬新だな」

「はい。なんなら先生も混ざります?彼の背中を押してあげてください」


 眞白は少し頭の方に座り直すと、少し空いたお尻側の部分をポンポンと軽く叩く。


 (なんちゅーことを考えるんだよ!僕死ぬよ。絶対死ぬよ!)


 叩かれると同時に、必死の抵抗で身体を少し揺らす。

 その様子を見て少し考えた山田先生だったが、何かを思いついたのか、手を振って断りの素振りを見せる。


「いや、遠慮するよ。私が座るとその……彼?が潰れかねない。警察の世話になるのは勘弁だ。情報ありがとう」


 その言葉を告げると、颯爽と奥の階段を降りて行った。


「天城くん。山田先生行きましたよ」

「あ、あぁ。分かってるからさっさと降りてくれない?そろそろ僕の身体が悲鳴を上げる頃だ」

「むぅ!それは私が重いということですか?」

「い、いやぁ。そんなことはない……よ?僕は今悪魔から全力で逃げてきたからさ、体力的にしんどいって意味」

「そうですか、ならいいです。で、何かしたんですか?あんなに血相を変えた山田先生、見たことないです。頬が真っ赤でした」


 咲斗の背中から飛び降りながら、眞白は咲斗が追いかけられていた原因について追求する。

 さっき助けてくれた時から思ってはいたが、彼女は別に山田先生の刺客ではなかったみたいだ。

 ここで理由を話しておくことで、また味方になってくれるかもしれない。


「大したことはないさ。ただ遅刻をしただけだよ」

「何回目ですか?」

「今月はまだ十回目だよ。あ、今日は遅刻十回記念だね。最近はずっと休んでいたから久々の気分だけど」

「何を脳天気な。はぁ…それは山田先生も怒りますよ」

「それは確かに。今思えば僕が全面的に悪いかもしれない」

「なら自首しますか?あ、捕まえれば報酬がでるかも」

「それはダメだ。僕には平凡に冬休みを迎えるという使命がある」

「そうですか。って、天城くん!目が赤いです!よく見せてください」


 遅刻への言及会話から一転。

 咲斗の目の赤みを見つけた眞白は、その両頬をガッチリと両手で包み込むと、目蓋や涙袋を引っ張ったりして確認をする。

 まるで、子どもの目が腫れた時の母親か医者みたいだ。


「また遅くまでゲームしてたんですか?」

「まぁ、ね。一昨日が発売日だったんだ。仕方ないだろ?」

「はぁ……言い訳ですか?だから遅刻するんですよ。ほら、しゃがんでください。疲れ目用の目薬をさしてあげますから」


 やや強引気味に咲斗をしゃがみ込ませると、制服のポケットから目薬を取り出す。

 そして、キャップを開けると、その先を咲斗の目の上まで持ってくる。 

 いざ注入!

 が、目薬が落ちてくると同時に、咲斗は目を閉じてしまう。


「あ!目を瞑ったらダメじゃないですか?子どもですか?」

「いや、結構目薬と目の距離が空いてて……。正直怖い」

「あぁ、先生も怖いぞ。落ちてくる感じがゾワゾウするよな?」

「そうですね、先生。本当に怖い……あ…」


 天パ頭の少年は、目薬への恐怖で、完全に周りへの意識をシャットアウトしていたみたいだ。

 そのまま目を開けるのが怖い……。

 が、強引に目を開けされられると、しゃがんでいる咲斗を覗き込んでいる人物が目に入る。

 山田先生だ。

 こうなったら……スタートダッシュ!!

 逃げるには一手で決めるしかない。

 勢いよく立ち上がると、そのまま階段へと向かって廊下を蹴る。

 が、学ランの襟元をガッチリと掴まれていた。

 その勢いは押し殺され、反動で尻もちをついてしまう。

 

「ほら、目薬は一ノ瀬に借りたから、先生が職員室でゆっくりとさしてやるからな」

「あぁ!!嫌だぁぁ!僕の平凡な冬休みがぁぁ!!」


 そんな叫び声とともに、天パ頭の少年は、ズルズルとエレベーターの方へと引きづられていった。


 お尻に軽い摩擦の熱を感じながら、咲斗は先生の方を見上げる。

 すると、その頬は赤く染まっていた。


「先生、頬が赤いですよ」

「そりゃあんな中坊のイチャコラを見せられたらな……。全く、見ているこっちが恥ずかしいったらありゃしねぇ」

「はぁ、そうですか?というか、いつから気づいてたんです?」

「ん?はじめからだ。あの一ノ瀬が変なことをしている時点でな。天城の入れ知恵だろ?」

「違います。あれ考えたの一ノ瀬さんですよ」

「嘘言うな。彼女はテストの成績学年一位だぞ」

「僕が聞きたいくらいですよ」

「知らん!とりあえず行くぞ!」


 エレベーターに着くと、山田先生は咲斗に対して立つように促す。

 逃げ場のない位置まで連れてきたから、後は自分で歩けるだろう、そう言われた気分だった。

 さて、最悪の冬休み前日のスタートだ。


 そして、その様子を見ていた少女、一ノ瀬眞白の頬も、赤く染まっていた。

 その赤みを消そうと、両頬に手のひらを押し当てている。

 理由は明白。

 彼と会って、話して、触れたからである。

 特に、ここ数日彼とは会っていなかったから尚更だ。


「まだ、熱い……です」


 そんな彼女をよそに、天パ頭の少年は、職員室で怒られていたのだった。

 

 



 

 

 

 


 

 

 

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