豪邸

駄伝 平 

豪邸

 これは杉田から聞いた話だ。

 私は、大学進学の為に上京した。そして、大学から5分と近い、築40年のボロアパートに住む事になった。

 大学生活が始まり同じゼミで杉田と出会った。彼はとても感じの爽やかな青年で、顔は鼻がシュッとして全体的にバランスがとれていてイケメンと言っても過言ではない、背は高く、成績も良かった。そして、品もあり常に落ち着いていた。私とは真逆のタイプの人間だった。だが、初めて会った時から、なぜだか気が合い友人になった。そのうちに私の家に遊びに来ては、酒を朝まで飲むような関係になった。

 そんなある日に杉田は実家暮らしで、しかも都内の一等地にあることを知った。芸能人や政治家が暮らすような場所だ。きっと金持ちに違いない。杉田は金持ちの家庭で育ったから、あの品のある感じが醸し出されているのだと思った。

 私は、杉田の家に興味を持ち遊びに行く事になった。

 場所は、高級住宅街だが、都内の一軒家に良くあるような小さな家なんだろうな、と勝手に思い込んでいたが、彼の家へ行くと外観を見て驚いた。大きさは、他の一軒家の二倍はあるだろう。3回建でぱっと見、新築かと思うくらい綺麗で絵に描いたような大豪邸だった。

「さあ、入ろう」と杉田は私に言って、家に入れてくれた。

 家の中も豪華で、吹き抜けになっていて長い階段があり天井からはシャンデリアがぶら下がっていた。

 すると奥の部屋から赤いドレスを着た40代くらい美人がこちらに向かって来た。

「母さんだよ。こちらは友達の木村」

「木村くんね。話は聞いています。これからも息子をよろしくお願いします」と杉田の母親が深々とお辞儀した。

「どうも、こちらこそ、いつも息子さんにお世話になってます。今日は杉田くんの家に来れて嬉しいです。今後もよろしくお願いします」と私も、杉田の母に向かい深々とお辞儀した。

「じゃあ、後でクッキーを持っていくから。飲み物はコーヒーがいいですか?」

「はい、お願いします」

「地下室にビリヤード台があるんだ。ビリヤードをやろうぜ」と杉田がいうので、地下室へ向かった。

「お前の母さん、若くて美人じゃないか。いくつなの?」

「54歳かな」

「マジか?元モデルとか?芸能人とか?」

「違うよ。この話は母さんには内緒だけど、整形してるんだよ」

 私は少しビックリした。だが、こんだけの家を持つくらいの金持ちなら整形していても不思議ではないと思ったので気にとめなかった。

 地下室の入り口は車庫にあった。車庫へ行くと、そこにはバイクと車が複数台あった。バイクは、カワサキのハイエンドモデルやハーレダビット。車はBMW、フォルクスワーゲン、ベンツと高級車が停まっていた。私は呆気にと待っていた。

「お前の家って、相当金持ちなんだな」

「そんな事ないさ。普通の家だよ」と普通の人なら嫌味に聞こえる答えだが、なぜだか杉田がいうと嫌味に聞こえなかった。

 地下室に行くと、壁際に棚があり、本や、車と飛行機のプラモデル。それにエレキギター。中央にビリヤード台が部屋の中央にあり、右の壁には大きな長方形の布地でできた何かがあり、その両脇に自分の身長の半分くらいの大きさのスピーカーがあり、その近くにソファーがあった。

「普段は父が趣味の部屋として使っているんだよ」

「あれは何?」と長方形の布地を指差して言った。

「ホームシアターだよ」

「すごいね。いつもあれで映画を見るの?」

「そうだね。あれは主に父親があれで映画をみるかな。俺も見るけど」

 私はこの豪邸に圧倒されていた。まさか杉田の実家がこんなに金持ちだとは思っても見なかった。普段は、一般的な中流階級の家庭の出だと思っていたから余計にそう感じたのかもしれない。

「さあ、ビリヤードでもやろう」

 私は、杉田に言われるがままにビリヤードで9ボールを始めた。シラフの時にやるビリヤードなど初めてだった。ビリヤートをやる時、大体はバーでやるのだが、シラフの時の方が当然、いつもより集中してできた。だが途中から集中力が切れたのか沢山の疑問が湧いて出た。

「お前のお父さんて会社の社長か?」

「いや、普通のサラリーマンだよ」

「もしかして、お母さんが社長とか?」

「いや、専業主婦だよ」

「もしかして杉田の家系て資産家か?」

「いや、普通だよ」

「じゃあ、元々、地主とか?それとも株で儲けたとか?」

「いや、違う」

 質問するたびに杉田はイライラし始めているのを感じた。杉田がこんなにイライラするのを初めて見たので怖くなった。これ以上、この家や金について聞くのをやめる事にした。ただ、ビリヤードに集中する事にした。

 10ゲームほどしてから、杉田の母親が焼きたての大きなクッキーとコーヒーを持って地下室に現れた。

「どうですか試合の感じは?」と杉田の母が聞いて来た。

「全然ダメですね。7対3で杉田くんに負けてます」

「うちの息子はお父さんに鍛えられているからね」

「やめろよ。母さん。試合の邪魔するなよ」

「ごめんなさい。私たら話したら余計な事ばかり話しちゃうたちで」

「いいえ、大丈夫ですよお母さん。お気にせずに」

「じゃあ、私はこの辺で失礼します」

 そういうと杉田の母は地下室を出て行った。

「なんだか母さんが来たから集中力が途切れた。映画でも見ない?」

「うん、いいね。是非観たいよ」

 ホームシアターで映画なんて観たことがなかったのでワクワクした。

 映画は彼のチョイスで「ダイハード」を観た。大きなスクリーンと大きなスピーカーで観る「ダイハード」は家のテレビ画面で観るより遥かに良かった。杉田は映画を見る時、毎回こんなにいい環境で見れる事を少し羨ましく思った。

 しばらく、「ダイハード」を観ていると地下室に誰かが降りて来た。杉田のお母さんかと思っていたが、見るとスーツ姿の中年の、どこか杉田の面影を感じる男だった。

「あ、父さん」

「初めまして。友達の者です」

「母さんが言っていた子だね。今日は遊びに来てくれてありがとう」

「こちらこそ、遊びに来れて嬉しいです。それにしてもお部屋ですね。ホームシアターもあるし、ビリヤード台もある」

「まあ、趣味の部屋さ。妻はあまり良く思っていないみたいだけどね」

 父親をよく見るとスーツの袖からチラリとオメガの腕と時計が顔を覗かせていた。

「そうだ、そろそろ夕飯の時間だから、もし良かったら君も食べるかい?」

「いいんですか?ご迷惑ではありませせんか?」

「そんな事はないさ。食事は賑やかな方が良い」

「では、お言葉に甘えて」

 ダイニングに行くと、大きなテーブルに銀食器。皿には詳しくないけれど明らかに高そうな装飾のついたお皿。その上にステーキとマッシュポテトが綺麗に盛り付けられていて、右横には小さな皿にパンが、左横には陶器のコップにコーンスープが入っていた。

 食事中は緊張した。私はテーブルマナーが全くわかっていなかった。杉田を横目にチラチラみながら恐る恐る真似をしながら食べていた。

 ステーキの味はとても美味しかった。柔らかくミディアムレアで、噛んだだけで肉汁が喉に流れ込む。今まで食べた中で一番美味しいステーキだった。

「いや、美味しいですねお母さん」

「あら、喜んでくれてとても嬉しいわ」

「これはもしかして、神戸牛ですか?」

「これは但馬牛です。神戸牛の方ががお好きですか?」

「いいや、こんなに美味しいお肉、いや、ステーキを食べたのは初めてです」と私がいうと、みんながニッコリとした顔をした。

 ステーキを食べ終わると、今度はババロアが出て来た。これも凄く美味しく、我を忘れて食べていると、杉田のお母さんも喜んでくれて、余計に作った分のババロアと、クッキーをお土産にくれた。

 私はボロアパートに帰り、クッキーをつまみながら杉田について色々と考えた。

 どうしたら、杉田がいう普通の家庭が、あんな高級住宅街の大豪邸で、ドイツ車3台にハーレーダビッドソン、地下室にはビリヤード台に巨大なスクリーンのホームシアターを持っているんだ?金持ちの普通と中流家庭と労働者階級のの普通は違うという意味か?宝くじにでも当たったのだろうか?

 その後、杉田の家に定期的に遊びに行った。今では、杉田の父と母にも気にいってもらった。「お、また来たね」と杉田のお父さんとサシでビリヤードをしたり、お母さんは毎回美味しいご飯を作ってくれた。それから彼女が出来た時には杉田の両親に紹介した。杉田の両親も自分のことのように喜んでくれた。

 そんな関係が2年間続いたある日のことだった。私は彼女にフラれて酒に溺れていた。大学も休みがちで完璧に病んでいた。朝起きたらウィスキーを飲みそのまま大学に行き、講義中にも酒をこっそり飲んだ。アルコール中毒と言っても過言ではないほどだった。

 そのことを心配して杉田がボロアパートに来てくれて一緒に酒を飲む事になった。久しぶりに杉田もリミッターが外れたのか珍しくベロベロに酔っ払った。

 私は彼女にフラれた腹いせに、彼女の秘密、特に性的なことを沢山、杉田に暴露した。杉田は大爆笑した。

 ここでお互いの秘密暴露ゲームが始まった。

 このゲームの内容はほとんどが下ネタで、女性がこの場にいれば話せない品物ばかり、大学の校内でシラフで言ったら全ての女子に嫌われるのような内容ばかりだった。

 暴露大会の下ネタのネタが尽きた頃、私は小学校低学年の時に、当時流行していたミュータントタートルズの人形が欲しくて、友人から盗んだことを告白した。人形を盗んだ事により犯人の容疑を別の同級生のせいだと言いふらしたところ、その同級生がイジメの対象になり、そのまま学校に来なくなり引きこもってしまった。そのことを思い出すとと急に自己嫌悪と罪悪感が襲って来て涙が止まらなくなった。

「俺のせいで、彼の人生を壊してしまった。たかが人形1つの為に」と泣きながら私はコップ1杯のウィスキーを飲んみほした。

「その程度の事で罪の意識を感じる事はないよ。俺はもっとヤバい事をした」と杉田は静かに言った。

「え?何をしたんだ?」

 杉田が小学3年生の時の事だった。当時、神奈川の米軍基地近くに住んでいた。

 杉田には、いつも2人の友達と連んでいた。太った藤枝と、メガネをかけた大友、当時背が低かった杉田。いたずらっ子だった3人だったことから周りかは「ズッコケ3人組」と言われていた。

 ある日、学校で噂が流れた。「米軍基地を囲んでいるフェンスの上部にある有刺鉄線に電流が流れている」という噂だ。

 その噂を聞いた杉田たちは、興味を抱いた。本当に有刺鉄線に電流が流れているのか気になったのだ。

 真相を確かめるべく3人は米軍基地の周囲をウロウロした。すると人気のない雑木林の中にフェンスを見つけた。

「なあ、どうやって有刺鉄線に電気が流れているか確かめるんだ」と藤枝が言った。

「それは、何かぶつけてみれば分かるんじゃないか?」と大友。

 杉田は地面に転がっていた掌に収まるくらいの大きさの石を手に取り有刺鉄線に向かって投げた。石は見事に有刺鉄線に当たったが何も起きなかった。

「あれ、おかしいな。火花が散らないぞ」

「じゃあ、違う物で試してみよう」

 それから、近くにあった枝を大友が有刺鉄線に向けて投げたが、枝は有刺鉄線に引っかかって何も起きなかった。

「なんだ、つまんないな」と藤枝。

「家でゲームした方が楽しい。早く帰ろうぜ」と大友。

「ちょっと待った。鉄なら良いんじゃないか?鉄なら電気が通るだろ?そしたら、有刺鉄線にぶつけたら爆発するかもしれない」と杉田は言った。

「確かに、お前天才だな。そうだ鉄を探そう」と3人は近くで鉄を探した。だが鉄など落ちているわけでもなく、金属のアルミ缶ひとつ落ちていなかった。

「じゃあ、3人で散って鉄を探そう」と藤枝が言った。

 3人は散り散りになり周囲の雑木林を歩いて鉄でできた物を探した。しかし、鉄パイプやアルミ缶など探したが一向に見つからなかった。

 諦めかけたある時、「おい、すごい物を見つけたぞ!」と大友が叫ぶ声が聞こえた。

 杉田は声がした方向に走ると、そこにはすでに藤枝もいた。

「鉄を見つけたのか?」

「もっとすごい物だよ」と大友がいうとそれは拳銃だった。

「うわスゲーじゃん。それにしても本物みたいだな」

「これ、すごく重たいし鉄でできてるみたいだ。こんなエアガン見つけてラッキー」

 藤枝がマジマジとエアガンを見た。「リアルだな。本物みたいだ。もしかして本物かも」

「そんなわけないだろう。どうせ上級生がサバイバルゲームで落としたんだよきっと」

 確かに、この雑木林で上級生がエアガンでサバイバルゲームをして遊んでいた。自分達もやりたかったが、自分たち下級生は仲間に入れてもらえなかった。

「これは多分ベレッタだ。ベレッタM92だ。ほら、リーサルウェポンでメル・ギブソンが使っていたやつ」藤枝の年の離れたお兄さんガンマニアだ。以前3人で藤枝のお兄さんの部屋へ勝手に入った時に壁や本棚に大量のエアガンやモデルガンが飾ってあった。

「ちょっと触らしてくれよ」と藤枝が言った。

 大友は藤枝にベレッタを渡した。

「ヤバい。これ金属で出来てるぞ」

「だから何?」

「エアガンやモデルガンは基本的に金属で作っちゃダメな法律があるんだ。もしかして本物かもしれないぞ」

「マジかよ。俺にも貸してくれ」と杉田は藤枝からベレッタを受け取った。表面は金属独特のツルツルして冷たくて重かった。とてもプラスチックには思えなかった。杉田はこの銃に魅了された。なんてカッコいい銃なんだ。とても欲しくなった。試しにグリップを握って誰もいない方向にむかて構えるポーズをとった。そして、引き金を人差し指にかけて引き金を弾くが、とても重く全力を人差し指にかけて引き金を弾き切った。パチンという音がするだけで何もBB弾も実包も出なかった。なんだモデルガンか。

 杉田はガッカリした。

「おい、それ俺のだからな。早く返せよ」

「分かってるよ。でも、もう少し触らしてくれよ」

「嫌だね。それは俺の銃だ。早く返せ!」と大友が怒鳴り、杉田に向かって突進した。杉田は倒れて、大友は馬乗りになり、杉田が握りしめている銃を取り上げようとしたが、杉田は必死に銃を取られまいと抵抗した。

「おい、やめろよ2人とも。そんなふうに銃を持ったら」

 パンと金属音が混じった大きな破裂音が響き渡り、共に閃光が走った。

 杉田と大友は何が起きたのか分からなかった。

「おい、今、発射したよな」と大友が青白い顔して言った。

「うん」銃声が大きかったせいもあり、耳鳴りがした。

 大友が立ち上がった。そして、悲鳴を上げた。

「藤枝!」

 杉田は顔を横に向けた。すると目を見開いたまま、額に小さな穴が空いた藤枝が倒れていた。

「藤枝!」と杉田は立ち上がり藤枝の元へ。藤枝を起こそうと、大友と一緒に藤枝の上半身を上げた。杉田は、ふっと藤枝の後頭部を見た。拳大の穴が空いていてそこから脳髄が流れ出ていた。それを見て杉田は気が遠くなり、そのまま倒れてしまった。

 そこからの杉田の記憶は断片的だ。

 しばらくすると、10数人のライフルを持った米兵たちが現れて連れ去られた。1ヶ月ほど米軍基地に勾留されたそうだ。ずっと白い部屋に勾留されて、クスリを飲まされては寝かされて、尋問を受けてを繰り返した。

 杉田が基地を出ると父と母と会うことができた。

 杉田はまず、両親に怒られるのではないか?と思っていたが、両親は杉田を抱きしめて頭を撫でるだけだった。

 そして車に乗った。新しい車だ。

「父さん、新しい車を買ったの?」

「そうだよ。さあ、早く家に帰るか」

 車に乗ると疲れが溜まっていたせいなのか、それとも薬の副作用のせいなのか車内で爆睡していた。起きると、見たことのない豪邸の前に車を停まっていた。

「ここ、どこ?」

「新しい家よ」と母が言った。

 それから杉田の生活は一変した。元々中流階級の中でも下の方の家庭だったが、上流階級の生活へと変わった。

 子供だったとはいえ、この急激なライフスタイルの変化に違和感を覚えた。きっと、藤枝を殺してしまった事に関係している事は間違いない。だが、それを両親に聞くのは怖くてできなかった。

 しばらくして、世の中はインターネットのブロードバンド時代に突入した。杉田は中学1年生の時に、プレゼントにしては高すぎるスペックのパソコンを買ってもらった。大抵はゲームやエロ動画を見るのに使った。だが、心のどこかであの事件がどうなったんだ?と思った。

 もしかして夢だったのかもしれない。そう思うと気になり調べたくなりyahooで「神奈川」「米軍基地」「銃」「事件」「少年」と打ち込んでエンターキーを押した。すると1分もしないうちに父親がノックもせずに部屋に飛び込んできて、LANケーブルをパソコンから引き抜いた。「お前、何をしようとしているのか分かっているのか?」

 父親に怒鳴られるのは引っ越してからは、初めてだったので杉田はビックリした。それから杉田の囁くようにいった「もう一回調べてみろ。俺たちも大友さんもヤバい事になるぞ」そう言って父は部屋から出て行った。

 私は元々鈍く、しかもベロベロに酔っ払ていて「それって、どいう事?」と聞いた。

 すると杉田が私の耳元で小声で言った「多分だけど、米軍の兵士が敷地外で拳銃を無くした。俺たちはそれを見つけた。その銃で子供が死んだ。大問題だろ?あとはわかるよな?」と。

 私も怖くなってその話について一切触れないし、個人で調べようとも思わなかった。



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