抱きついてきた

 俺の方へ近づいてくる風花は、顔を赤くしてこんなことを言った。


「あ、あたし……経験ないから、分かんないから……」

「ちょッ!」


 な、なんでそんな情報を俺にくれるかなぁ!?

 でも、そうか。風花って付き合ったこともないのか。


「彼氏いたことないの?」

「ないよ~。だって炎上しちゃうじゃん」


 そうだった。

 風花はアイドル声優だ。

 そんな相手がいれば一瞬で業界を干されるだろうな。


 でもまてよ、俺は大丈夫なのだろうか。こんな密着寸前なことになってるけど! てか、これでは恋人みたいな……。


「ふ、風花。近いって」

「なに、緊張しているの?」

「当然だ。風花は……楓に似て美人だからな」

「どっちが可愛い?」

「……っ!!」


 とんでもない問いに、俺は言葉に詰まる。

 どっちがって……比べられるわけない。


「やっぱりお姉ちゃん?」

「いや、二人とも可愛いよ」

「ふぅん、そっかぁ」


 まんざらでもないと風花は頬を赤くして笑った。あれ、今の正解だったかな。


「と、とりあえず、お茶を淹れるよ」

「ありがと」


 ……ふぅ、危なかった。

 理性が吹き飛ぶところだった。


 気持ちを落ち着かせるため、俺は台所へ。ようやく一人になれ、乱れる鼓動を抑え込む時間を得た。

 危なかった。

 風花の桜色の唇が目の前にあった。

 もうすぐでキスできるような距離だった。

 それにあの太陽のような笑顔。

 可愛すぎる……。


 いやだめだ。俺は楓のことが……。


 けど、風花を無碍にでもきない。


 ぼうっとしながら茶を淹れていると、コップから溢れていた。お湯が手に掛かる。



「あちいいいいいいいいいいいいいッ!?!?!?」



 叫ぶと何事かと風花が台所にやって来た。



「だ、大丈夫!?」

「左手に熱湯をぶっかけてしまった……」

「ヤバイじゃん! 湊、すぐに冷やして」


 急いで水を出し、左手を冷やしていく。

 幸い、熱湯ではなくて少し温かいお湯だったので酷いヤケドにはならなかった。


「湊ってば不器用さんなんだ」

「ぼうっとしていたんだ」

「どうして?」

「ど、どうしてって……そりゃ」


 楓と風花のことで悩んでいたとか言えるワケない。


「でも良かった。ヤケドしてなくて」

「風花の適切な処置のおかげだ」

「そうかな」

「そうだよ。なんか助けられてばかりだ」


 そんな風に褒めると、風花は俺を見つめ――抱きついてきた。

 突然のことに俺は頭が真っ白に。

 こ、こ、これは……!


「痛いの痛いの飛んでけー!」

「なぬぅ!?」

「おまじないだよ」


 なるほど――って、そのおまじないって抱きつく必要あったっけ……? けれど、不思議と痛みが消えていた。多分、それどころじゃないからだ。


 風花は小さくて華奢で……良い匂いがする。

 やっぱり体型とか匂いまで楓とそっくりなんだな。同じ家に住んでいるだろうから、当然か。


「ありがとう、すっかり癒えた」

「じゃあ……ここでしよっか」

「はぃ!?」


 ま、まさか、風花は望んでいるのか。そこまでして俺と……。

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