トップアイドル

 スマホから奇怪な音が響く。

 セットしていた潜水艦サブマリンのアラームで目が覚めた。


 心地よい朝だ。

 そして、今日も学校へ行かねばならない。


 俺は朝支度をテキパキと進めていく。

 正直、人生が変わった今でも学校は嫌いだ。でも、楓がいるから俺はがんばれる。


 そうだ、憧れのアイドルが身近にいたからこそ、俺は今日まで生きて来られた。ある意味、楓は命の恩人でもある。


 堕落せず、自暴自棄にもならずいられたのは彼女の存在が大きかった。


 今でも俺は一ファンだ。

 たとえ安楽島 楓が引退したとしても、ファンであったことは永遠に変わらない。



 ――そうして俺は仕度を終えて家を出た。



 けれど、最近の俺はどうも、色んな意味でツイている・・・・・ようだ。



「おはよ、湊くん」



 家の前には制服姿の楓が立っていた。

 太陽のようなまぶしい笑顔で出迎えてくれた。


 まさかの登場に、俺は幻じゃないかと目を疑った。


「か、楓……?」

「そうだよ。なにをビックリしてるの~」

「そりゃ、ビックリするよ。どこかにドッキリカメラある?」

「ないない。本物だし、ドッキリでもないよ」


 そう言って彼女は俺の手を握ってきた。

 な、なんだか大胆っ。

 けど嬉しい。

 めちゃくちゃ嬉しい。


 朝から迎えに来てくれるとか、夢のようじゃないか。



「どういう風の吹き回しだ? 言っておくけど、なにも出ないぞ」

「見返りは求めてないよ。ただ、湊くんと登校したいだけ」

「マジか」

「マジマジ。ほら、行こう」


 今日の楓、なんだか積極的。

 でも良い。

 こういう風に引っ張ってくれるのは、ありがたいことだ。


 いつもの道を歩き、学校を目指す。

 けど今日は楓も一緒だ。

 周囲に学生が増えてくると、さすがに目立ち始めた。



「見られてるなぁ」

「そうだね。早く引退して普通の生活に戻りたい」

「やっぱり、それが楓の本音なのか。少しもったいなくも感じるけど」

「もうトップアイドルにもなれたし、全国ツアーもできたし、未練はないかなって」


 安楽島 楓は、中学三年の頃にはトップアイドルに君臨していた。ある“奇跡の動画”がキッカケで爆発的人気を呼んだ。俺もその動画で知った。

 動画投稿サイトに今でも残る、歌って踊るアイドルの卵の動画。伝説すぎて再生数は一億を超えている。海外にまで認知され、有名人の反応も凄かったっけ。


 そうして高校三年に至るまで、数々の伝説を残し続け――今も尚、多くのファンを抱えている。だから、今回のアイドル引退騒動だって連日続いている。

 今だってネット界隈は混沌に満ちている。


 大炎上こそしていないけど、このままでは変な奴に狙われてもおかしくない。いや、すでに何度も狙われた。


 きっと今回の騒動がきっかけなんだろう。

 このままでは楓は不幸になる。

 よくないことに巻き込まれる。


 だからこそ、楓は危機感を募らせていた。分かっていたんだ。なにか起こるって。


 そうなると残された道はひとつだけ……。


 アイドル引退だ。


「本人が納得しているならいい。俺は楓を守るだけだ」

「うん、わたしが頼れるのは湊くんだけだから、しっかり守ってね」


 また素敵な笑顔っ。


「あ、当たり前だ……」

「あ~、なんか顔が赤いよ~?」

「こ、これは光の加減でそう見えるだけだ。決して赤くなどなっていない……!」

「そういうことにしておく」


 上機嫌に歩く楓。

 そうだな、俺が守らなきゃいけないんだ。だから。

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