これ程にない星
夜野影存
第壱話 流れる彗星、慌てる弱者。
路傍のたんぽぽを蹴り上げた。綿が音もなく舞い上がり、風に乗り、疾風と化し、見えなくなる。蹴り上げた事に特別意味は無い。ただ何とは無しに、何も考えずに蹴り上げた。悔いは特に無い。だが、後から若干の申し訳なさが込み上げる。そして思考が頭を巡る。何故自分は今たんぽぽを蹴ったのだろう?絶対に抵抗してこないから?明らかに自分より弱いから蹴り上げたのか?自分が情けなくなってきた。絶対的弱者にしか攻撃しない劣弱さとそれを特段何も考えずに実行してしまう己の無計画さに。俺は弱い人間だ。
築三、四十年はありそうな古びた二階建てのアパートの一室。角部屋の二〇一号室に
ザザッ…ザザッ…
「付かないな…」
森澤は古いテレビを前にリモコンを構える。
ザザッ…で…ザザッ…わ…ザザッ…今日の天気のコーナーです!
ニュース番組のキャスターの声が聞こえた。
「おっ付いた」
森澤は北叟笑みザッピングを始めた。
ニュース番組、教育番組、バラエティ番組、料理番組、アニメ、ドラマ特に気を引く番組は無い。
「はぁ」
と情けない溜め息を出した。
「俺何してんだろう…」
小学校、中学校、高校と友と言える友はおらず、大学にも一応行ったが馴染めず三ヶ月程で退学。今はしがないフリーター。アルバイトで何とかギリギリで糊口を凌いでいる現状。過去を聞けば彼、森澤に生気が無く、捻くれ者であるというのは容易に想像できる。
「死ぬか?」
いや彼にそんな勇気は無い。別に事故やら病気やらで死んでも良いと常日頃考えているが自死となると話は別だ。森澤にそんな勇気は無い。色々と考えを巡らせていたが、彼の生来の怠惰が思考を阻害する。
意味も無くボケーっと面白くもないニュース番組を眺めている。すると速報がニュース番組の気の抜けたバラエティコーナーを襲った。油断していたであろうキャスターが直ちに速報を読み上げる。
「速報です。現在彗星が東京に飛来しているとの情報が入って来ました。当該地域に居る方々は直ちに避難区域外に避難してください。」
森澤はやった!と思った。いつもぼんやりと刺激を求めていた彼にとってこれは絶好の報だった。ただ、自分の居る地域が避難指定区域なのを知ると滑稽な程に慌て始めた。彼にとって攻撃の来ない場所から攻撃を見るのは楽しいが、矛先が自分に向くと話は全く別である。急いで必要最低限の物を持って外に出ようとした時、彗星が見えた。
「もう来た⁉︎」
喜劇の様な展開の速さに彼は憤りを覚えた。
「そんな危険が来るならもっと早く報じろよ馬鹿野郎!そんなすぐに避難出来る訳ねぇだろ⁉︎」
などと情けない弱音の様なものを吐き捨てる。
「あぁ…俺死ぬのか…」
急に冷静になり悟った。
彗星が落ちた。辺りは完全に崩壊した。日本の首都東京で未曾有の災害が発生したのは七月七日の午後七時三十七分の事だった。
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