第25話 襲撃2
「でね」
紫鬼は一拍置いて、
「私はそれでいいけど、納得しない者もいるのよ。だから決闘しましょう」
……なるほど。
カーサは考えながら頷いていた。
馬鹿なのかな。いや、馬鹿だったわ。
言い分としては筋が通っている。鬼は勝負事に重きを置く種族だ。勝者になれば敗者にいうことを聞かせることなどたやすい。弱いほうが悪いのだから、と納得するだろう。
しかしそれはあくまで勝ったときの話である。並大抵の攻撃では傷がつかない相手どることはただの小人族には不可能なことだった。
「それは、わざと負けてくれるということですか?」
カーサが尋ねると、紫鬼は軽く笑みをこぼして、
「自慢じゃないけど、喧嘩に手を抜いたことは一度もないの」
自慢じゃない。その言葉だけが頭で繰り返されていた。
拳がかすっただけでも重症、直撃すればその部位がはじけ飛ぶ。それが頭や胸なら即死に違いない。
対するカーサに武器はない。愛用のナイフは紫鬼のきめ細やかな皮膚を薄く裂くこともできないだろう。
……無理ね。
先の喧嘩を思いだしてカーサはそう結論づける。むざむざ殺されるだけのこと、誰が好き好んで承諾するというのか。
カーサはもう一度頭を下げる。
「お受けします」
「ごめんなさいね。殺さないように頑張るから、勝つように頑張ってね」
紫鬼はその美しい笑みを輝かせて目の前の餌に舌なめずりをしていた。
鬼種に失敗という言葉はない。
舟に乗る者。時折そう呼ばれることがある彼らは、世の中を流れというもので見ていた。抗えない運命を信じ、その波に乗る。対岸で見ているものからすればその先が滝になっていれば、その航海は失敗だと判断するだろう。しかし鬼種にとってはただの必然であり、あがくのではなくあまねくすべてを楽しもうとする。
だから失敗はない。失敗がないから反省もしない。
……反省はしなさいよ。
中庭で身体を伸ばしながら、カーサは目の前の理不尽を見つめていた。
いつもと違い、薄い衣一枚だけ羽織った紫鬼はどこからか持ってきた酒を飲んでいた。平盃ではなく、瓢箪に直接口をつける様はどこぞの荒くれ者にしか見えない。
「お酒、やめたんじゃないんですか?」
「ふふ、これは神事の前の献杯なのよ」
そんなものはない。非難するような目でにらみつけるが、当の本人はどこ吹く風という感じでいた。
周囲にはちらほらと見物客の姿があった。それもそうだろう、皆ほとんどが暇なのだ。特に今日は会話のために集まるということもないため、続々とひとが集まっていた。
がやがやと喧噪が大きくなる中でカーサは先日見つけたいい感じの棒を持って、地面に大きな円を描いていた。
唯一勝ち筋があるならばと、考えていたのがそれだった。
そもそも勝負を受けたくはない。しかし受けねば種族間戦争が起こりかねない。負けは死に直結するため勝つしかないが、相手は傷つかないし傷つくことも恐れない。
「勝負は一本先取。相手が気絶するか参ったと言うか、この場外に出たら負け。それでどうでしょうか?」
「なんでもいいわ。一歩も動くつもりはないし」
動けよ。動かないと勝てないでしょ。
宣言通り、紫鬼はその場に根を下ろしてたっていた。勝ちパターンの一つが潰されたためカーサは直ぐに頭を切り替えていた。
その時、
「おいおい、何だこの集まりは?」
その場では異質な、男性の声がしていた。人混みを掻き分けるように現れたのは馬面の、ブライアンだった。
「決闘よ。邪魔しないで」
紫鬼は普段からは想像がつかないほどぶっきらぼうな物言いで返す。それだけ気が滾っているのが誰の目からも見て取れた。
止めてくれてもいいのよ、とカーサは目で訴えてみた。彼が止めれば話はソウタにまでいく可能性がある。そうすればケツ持ちしてくれるかもしれない。
しかし甘い期待は裏切られることになる。
ブライアンは小さくうーん、と唸ると、
「審判やろうか?」
「あら、そう? じゃあお願いするわ」
まるで数年来の友人のように気安く話していた。
ただでさえ昨日のことで周囲は気がたっていると言うのに、管理側の人間が乗り気なのがかーサの癪に障る。これで人死が出たらどう責任を撮るつもりなのかと。
「ルールは場外だな。おけおけ」
おけおけくない!
ブライアンは相対する二人の間に立っていた。そこから少し外れて、交互にその顔を眺める。
一呼吸置いて、
「──じゃあ始め」
気の抜けた合図と共に火蓋が切って落とされた。
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