第4話 同居人

 大会場での一件の後、口数が少なくなった一同は今後の生活のため、割り当てされた部屋へと向かっていた。

 カーサも大きなバッグを背負い、今後の自室となる場所へ向かう。

 外を歩くと鬱々とした気持ちがいくらか和らいだがまだその表情は固い。時折強く吹く春風に身体が流されないよう肩紐を強く握り直して、目的地へと足を動かしていた。

 木組みの寮が見えてくる。四階建てのアパートは横に広く続いていた。

 これもまた巨大な建物であるが、カーサは一瞥しただけで他の女性と共に入口から中へと向かっていた。

 さんごーなな、さんごーなな……

 部屋番号のついた鍵を握りしめて、諳んじながら階段を上る。

 目的の部屋は遠く、移動だけで充分な時間がかかってしまう。自慢の健脚も、代わり映えのない景色が続けば気持ちが萎えて、緩慢になる。

 ようやくたどり着いて鍵を開けると既に別の住人が荷解きをしていた。

 特別なことがない限り相部屋と説明は受けていたので、驚くことはなくカーサは、


「どうもー」


 短い挨拶を投げて、中に入る。

 部屋の中はなかなかに広かった。扉すぐの壁には挟むように棚が置かれ、その向かいにはベッドがあった。カーサがゆうに五人は寝転がれるほどの大きさだが枕の位置は腹に当たるところにあった。

 想定と向きが九十度違うことにもったいなさを感じる。ベッドがもっと小さければ色々なものを置けるのにと残念がりながら、カーサは動向を見つめる同居人に目を向ける。


「なんか、凄いことになっちゃったわね」


「だよね」


 蛇種を思わせる鱗が特徴的な少女がそこにはいた。しかし長く伸びたしっぽから立ち上る陽炎に、その考えを改める。

 精霊種サラマンダー族。間違えると偶に面倒くさいことになるため、言葉に出す前に気付いてカーサは安堵の息を漏らす。

 鱗を持つ少女はカーサの二倍ほどの身長があった。座っても見上げるほど大きい彼女に、


「私はカーサ。小人族のカーサよ」


 カーサは胸に手を当てて自己紹介をしていた。


「私はアポロロゥフレア」


「え、アポ……」


「サラマンダー族の言葉で『火を抱くたまご』って意味なの。アポロでいいわ」


 アポロは人懐っこい笑みでカーサを見つめていた。

 

「よろしく、アポロ」


「うん、よろしくね。カーサ」


 カーサが手を伸ばすと、摘むような握手が帰ってくる。

 良かった。燃えるように熱く、岩のように硬い指に触れながらカーサは思う。

 変な人じゃなくて、ホント良かったわ。

 少なくとも悪人では無い。付き合いやすそうな雰囲気に先程まで鬱屈していた気持ちがいくらか晴れるようだった。

 色濃く残る種族的特徴からアポロが他の種族との交わりが少ない原種だとわかる。原種だからなにかに優れているという訳でもないが、偶に拗らせている老人を見るため基本的に原種は原種同士の方が上手くいく。アポロはその例外のようだった。

 荷解きも終え、暇になった二人はベッドに腰掛けていた。ホールの椅子同様、雲のようにふかふかなベッドは、座るとそのまま身体が持っていかれてしまう。

 落ち着かないわ……

 天井を見上げて思う。普段は木の枝にバッグを吊るしてその中で寝るか、小枝と葉っぱをかき集めて作った寝床で眠る。長老ほどの人物になれば藁敷のベッドになるがチクチクして逆に寝にくい。

 布団なんてもってのほか。慣れるまで時間がかかりそうだと憂鬱になる。

 そんなカーサを余所に、アポロは笑みを浮かべたまま、 


「エメリア様が言ってたけど主上ってどんな人なのかな?」


 その問いかけに、カーサは溜まっていた鬱憤を思わず吐き出していた。


「さあ? きっとろくでもない男よ」


「えぇっ!? そんなこと言ったらダメだよ」


「だって! 子供を作らないのに後宮を作るような奴よ、まともだとは思えないわ」


「……本人はわかってないかもよ?」


「わかってないなら尚更よ。女を馬鹿にして、いい身分だわ」


 カーサはどうにか上体を起こして、吐き捨てるように言い放つ。

 イラついている原因はそこにあった。子供を作らないことも、騙し討ちのように女性を集めることも、一番大事な人に非情な覚悟をさせていることも。

 どれだけ立派な英雄だとしても、許せないことはある。

 カーサがむくれ顔を向けると、


「いい身分なのは間違いないんじゃない?」


「そういうことを言ってるんじゃないの!」


 カーサは苛立ちを布団にぶつけていた。小さな拳はぽすぽすと可愛らしい音が鳴らせる。

 アポロは、んーと喉を鳴らしていた。腕を組み、頬に指を当てると、


「でも、ならどうして後宮なんてあるんだろう」


「知らないわ。興味もないし」


 理由はあるが、それは上が考えて決めたこと。私には関係ないとカーサはつまらなそうに唇を尖らせていた。

 それよりも大事なことがある。カーサは大会場を出る際に受け取った紙面を開く。今後の身の振り方、後宮内でやるべき仕事が書かれていると聞いていた。


「それよりお仕事しなきゃね。私たちの仕事は夜伽の女性の世話係だって」


 カーサはびっしりと文字で埋められている紙面い一通り目を通す。一巡して、もう一巡と目で追う中で要点だけを口にする。


「やった、当たりよ」


 弾けるような歓声が部屋に響く。アポロは両手を上げて、喜色を顔に滲ませていた。


「当たり?」


「うん、主上と会える可能性がいちばん高いんだよ。それに見初められたら夜伽番になれるかもしれないし」


「はあ……何が楽しくて人の交尾なんて見てなくちゃいけないのよ。それに子供を作ることができないならなんの意味もないわ」


 投げ捨てるようにカーサは言う。

 まぐわいの意味を知らないわけではない。種族によっては人間族と同じようにはできない者もいるが小人族は同じ人間種なので行為自体は同じであった。しかしそれにかける熱量が違うというだけ。

 多産であるがその分子作りは淡泊。発情期に気が向いたら一族の男から子種をもらう。子育ては子を産んだ女衆総出で行うが、それ以外は興味のあるほうへふらふらと消えていく。一度村から離れたら二度と故郷に戻らない者もいるほど、探検好きの新しい物好きにとって、子作りは自由を失う行為として面倒くさがるものも数多くいた。

 そもそも主上のような人間族とはサイズも違う。交尾自体が不毛でしかないため熱が入りようがない。

 そんなカーサに、


「そうだけど……」


 アポロはうつむいていた。

 子供を作れば次代の火種になる。では、ここにいる自分に何の意味があるのか。不用意に話し過ぎたとカーサは心苦しくなり、

 

「まぁどんな男か見てやるくらいはいいかもしれないわね。これでつまらない男ならぶん殴ってやるわ」


 両腕を胸の前で構えて、交互に前に突き出して見せる。

 しゅっしゅ、と口で風切り音の真似をしていると、


「駄目だよ! 殺されちゃうよ!」


「こんなところで飼い殺しにされるくらいなら一矢報いた方がマシよ」

 

「えぇ……」


 アポロはのけぞってやる気に満ちたカーサをただ見つめていた。

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