親友を護るために世界を救った私の、ほんの少し長いエピローグ

@kyogok

プロローグ

 その時のことは、今でもよく覚えている。

 燃え盛る街。至る所から聞こえる悲鳴。夥しい量の血液を流しながら横たわる、かなえの姿。

 私は慌てて駆け寄り、かなえを抱きかかえて呼びかけるのだけれど、かなえは私の呼び掛けに応じない。抱え込んだ彼女の身体から体温が、生命としての熱が急速に失われていく。段々と勢いを失う流血は、水が徐々に凍っていく様を思い起こさせた。傷口に触れても、温度を感じない。冷たくなっていくかなえに焦った私は、激しく揺さぶりながら何度も彼女の名前を呼んだ。それでも、彼女は応えなかった。

 これは夢だ。悪い夢だ。そう思いたかったのに、家屋を燃やす劫火の熱が、怯えて逃げ惑う人々の絶叫が、目の前の動かないかなえが、私を現実から逃さない。

 彼女の身体を強く抱き寄せる。耳元で名前を呼ぶ。頬を撫ぜる。それでも彼女は冷たいままで、私にはどうにもできなかった。

 気が付けば、私は嗚咽を漏らしながら涙を流していた。大粒の雫が私の頬を伝い、かなえの顔へと落ちていく。

 どうして、私の人生はこうなのだろう。私が欲しかったものは、私から逃げるように去って行く。私の手から零れ落ちていく。もう、私には何も残っていない。私には、何もない。

 私も、かなえと一緒にいよう。今更かなえと離れるなんて耐えられない。このまま二人でいられるのなら、どうなっても大丈夫だ。

 そう思ってかなえの身体を強く抱きしめた時、かなえの唇が私の名前を口にした。空耳なんかじゃない。私がかなえの声を聞き間違えるはずはないのだから。

 私は再びかなえに呼びかけた。彼女が反応し、眩しそうに目を開ける。

 よかった。まだ意識がある。今ならまだ間に合う。かなえを助けられる。

 私はかなえを置いて助けを呼びに行こうとした。だが、かなえの細い手が私の腕を掴んで制した。

 彼女の唇が、弱々しく言葉を紡ぐ。それは、私たちの思い出。私への感謝。そして、彼女の願い。

 生きて欲しい。自分の分まで頑張って生きて、楽しんでほしい。

 そう、彼女が私に言った。

 何を言っているのか。私にはかなえが必要だ。かなえがいない人生なんて、考えられない。かなえがいない世界なんて、有り得ない。お願いだから、私と一緒に生きて欲しい。

 そう告げると、彼女が謝罪の言葉を口にした。そして、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。

 何度呼びかけても、彼女が再び目を覚ますことはなった。いくら揺さぶっても彼女の身体は抜け殻のようで、冷たいままだった。

 口の中から鈍い痛みを感じた。無意識のうちに歯を強く食いしばっていたせいで、歯茎が出血し、歯が欠けたようだった。

 私は、どうすればいいのだろう。あなたと一緒にいたいのに、あなたは私に生きろという。あなたが存在しないこの世界で、絶望しかない私の人生を歩めという。

 そもそも、どうして私はあなたを救えなかったのか。あなたを助けたかった。あなたを護りたかった。あなたと共に歩みたかった。どうして私にはその力がない。私はいつだって無力だ。それが何よりも悔しい。

 力が欲しい。あなたを救う力が、あなたを護る力が、あなたと共に生きる力が。

 ああ、どうか、神様――


 そして、奇蹟は起こった。


 だから、私には世界を救うつもりなんてなかったのだ。

 ただ、彼女を救いたかっただけなのである。


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