Epilogue これからも、ずっと、この惑星で

 西暦3358年、月面。


 人類保全機関NOAH、第七地球観測所。


 数あるノアの地球観測所の中でも、かつて決戦兵器ゼクト・オメガと共に地球へ旅立った六人の少女たちを見守る事を目的としたこの場所は今、緊張した空気で満ちていました。


「エンゼルコール、レベル4の発信から15時間経過。ゼクト・オメガ各機、未だに信号ありません」

「一度現出したデウスの観測も途絶え、南極周辺の空間も未だ安定しません。一体、何がどうなっているのか……」

「狼狽えるな。我々にできることは、もはや何もない」


 エンゼルコールレベル4。それは即ち、南極における最終目標「オブジェクト・デウス」の出現。それから間もなくして、デウス諸共六機のゼクト・オメガの反応が全て消えてしまったのです。


 もしやられてしまったのなら、縮退炉の爆発で一瞬のうちに太陽系全てがブラックホールに呑まれて消滅している筈なので破壊されたわけではない筈ですが、南極の空間が歪みきって何が起きているのかを確かめることすらできないのが現状です。


「千年前に彼女ら六人を地球へ送り出したその日に、我々にできることはもう終わっていたのだ」


 とはいえ仮に彼女たちを見つけたとして、既に月の人間にできることはありません。できるとすればただ、無事を祈ることだけ。


 そんな中、ここのスタッフの一人でもある少女がペンダントに入った写真を見つめていました。


「茅瀬、光里……」


 写真に映った少女の、その名を呟きながら。


「その写真の子が茅瀬光里よね。ルーモちゃんのご先祖様?」

「遠いご先祖様の、お姉ちゃんです。この月で暮らす人たちみんなの未来の為に戦うヒーローなんだって、そう聞いています」


 写真を見ていた少女、ルーモは先輩の女性に尋ねられ、そう言って微笑みました。


 茅瀬光里が旅立ったのは、およそ千年も昔のこと。彼女の弟か妹かはわかりませんがその人がルーモのご先祖様で、その縁で代々ルーモの家系はこの第七観測所に勤めているのです。


「ステロさんのご先祖様も、ゼクト・オメガに?」

「私の遠いご先祖様の学友が笹森悠樹だったらしいんだけど、ルーモちゃんほど関係はないわね。私がここにいるのもご先祖様の友達付き合いからだって思うと不思議よね」


 そしてルーモの先輩、ステロさんは茅瀬光里と一緒に旅立った一人、笹森悠樹の学校の友達がご先祖様でした。


 伝わっているお話によるとステロのご先祖様は、笹森悠樹が遺体もなく亡くなったという報せを聞いて、何かおかしいと感じて探偵のように探りを入れているうちに地下のアララトから月面まで登ってきてしまったとてつもない行動力の女の子だったといいます。


 ここにいるのは殆どが、ご先祖様を通じて地球にいる六人の少女たちの誰かと縁のある人たちなのです。


「そのご先祖様の友達が今、あそこで最終決戦の最中だって思うと、本当に色々とおかしな話」

「千年生きるって、どんな感じなんでしょうか……」

「歳を重ねるほど一年が短く感じるものだけれど……千年となると、もうきっと私たちとは違う時間を生きているのかも」


 ルーモたちにとっては、千年も前のお話。その千年で世界は少しずつ弱ってしまい、何百年も前にはもう国という概念もなくなって、今や言葉すらエスペラント語というひとつの言語に統一されてしまいました。


 今ここで話しているのも、全てそのエスペラント語。それほどまでに世界が変わってしまうような時が流れても、茅瀬光里たちは今もまだ地球で、南極で最後の戦いを繰り広げているのです。


 千年の命なんて、ここにいる誰にも想像がつくようなものではありません。


「まあ、その時が来たら聞いてみましょう。彼女たちに、直接……ね」

「そう、ですね。私も茅瀬光里さんに会ってみたいです」


 でもこの戦いに勝てば、全てが終わる。その時が来たら、直接話を聞けるかもしれない。


 期待と不安を抱きながら、彼女たちは地球の観測を続けます。


「再び次元境界面に大きな変動を確認! これは……!」

「何が起きた!」


 そんな時でした。15時間も不安定なままだった南極の様子に、変化が起きたのは。


「大きなエネルギーの放出の後、空間は安定。境界面は消滅に向かい始めました。そして……エンゼルコール、レベルゼロ。ゼクト・オメガ、全機健在……」


 南極の安定。デウスが出てきた次元の境界は消滅。そしてエンゼルコールの警報が消え、ゼクト・オメガは全てが無事。それが意味するのは……。


「オブジェクト・デウスの……撃破を確認……ッ!!」

「やったぁーっ!」

「やった、やったぞ!」


 ついに、1300年もの時を経て、人間の殆どを殺して生き残りを月へと追いやった人類の敵、オブジェクト・デウスは討ち果たされました。


 全人類の悲願とも言える瞬間に、観測所の中はお仕事であることも忘れて喜びの声で満ち溢れます。


「終わった、のか。1300年の時を超えて、人類がついに、天使に……いや、神に勝利したのか……?」

「違いますよ所長」


 人類の勝利。そう言った所長の言葉を、ルーモが訂正します。


「勝ったのは私たち人類ではありません。千年も六人だけで旅をして、戦い続けた……私のご先祖様のお姉ちゃんと、そのお友達の皆さんです」

「そうだ。その通りだな」


 この勝利は人類ではなく、千年もの時を戦い続けた末に六人の少女たちが勝ち取ったもの。その言葉を認めた上で、所長は宣言します。


「諸君。これより我々NOAHは、ヨナ計画を最終段階へ移行する。ついに訪れた、約束の時だ」


 オブジェクト・デウスが倒されたことで始まる、ヨナ計画の最終段階の開始を。


「人類を、地球へと帰還させる。諸君らの力を、どうか貸して欲しい」






 数日後、地球帰還船。


「まったく、地球に帰るのに兵器なんて必要なのかねぇ」

「お偉いさんたちの指示だとさ。なんでも地球にいる六人の女の子たちのことが、大層怖いらしい。彼女らに向ける銃がないと安心できないんだろうさ」


 ノアのスタッフである技術者の男の人たちは、格納庫に並び立つ巨大ロボットを見上げながら愚痴をこぼしました。


 この巨大ロボットは、文明が衰えて国を失ったアララトでテロなどの対策用に作られた戦闘ロボット。動力には核融合炉を用いて、レールガンを主な武器として用いる機動兵器です。


 これを帰還船に積み込むのは、政治家たちの決定でした。地球の少女たちが、今の人類にとって敵だった時のために。


「おかしいですよ、そんなの。だってあの人たちは、私たちの為に……」

「千年という時は、人を変えるには充分過ぎる時間だ」


 それをおかしいと感じたルーモを諭すように、所長は優しい声色で語ります。


「五年、十年でも人は変わってしまうものだ。ましてや千年生きた人間など前例がない。もはや同じ人類としての価値観を共有できるかどうかすら、定かではないのだ。理解してくれ、ルーモくん」


 ルーモたち第七観測所の人は、ご先祖様から伝わるお話を聞いて少しは彼女たちの人となりを知っています。


 けれど他の人たちはそうではありません。月の人たちにとって、別の星で千年も生き続け、地球を支配する怪物を倒した少女たちは、得体の知れない宇宙人も同然なのです。


「所長、でも……」

「それに仮に彼女たちが我々月の人類の敵になっていたところで、この程度の兵器では気休めにもなりはしない。例えアララトにある全ての兵器を集めたとて、彼女らを前にしては二桁秒ももたんだろう」

「そんな言い方……。人類の敵だなんて……」

「私も、そうでないことを祈っているよ」


 所長はわかっていました。こんなロボットでは、ゼクト・オメガ相手には万に一つも勝ち目がないと。


 とはいえゼクト・オメガは千年も昔のロボット。最新型が負ける筈ないと、政治家たちはあまりにも事を甘く見過ぎているのです。そんな彼らに内心、所長は呆れ果てていました。


 こんな旅ですが、ついに訪れた悲願でもあります。その先駆者に、ルーモが手を上げました。


「私、行きます! 帰還船の第一便に、私を乗せてください!」

「……わかった。手配しておこう」

「私も行くわ」

「ステロさん!」

「よろしくね、ルーモちゃん」


 そこにステロも加わり、後日正式に二人は地球帰還船の第一便のメンバーに選ばれたのでした。






 そして二年後。


 ついに地球帰還船の第一便が出発し、地球へと到着しようとしていました。


【本機はこれより、大気圏に突入します。ご搭乗の皆様は衝撃に備え、決して席を立たないでください】

「ドキドキするね」

「落ち着きましょう。なるようにしかならないわ」


 アナウンスから少しして、帰還船が断熱圧縮の赤い炎に包まれてガタガタと機体が揺れ出します。


 人類にとっては千年ぶりになる大気圏突入。その不安の中、帰還船の船内に警報が鳴り響きました。


「これは……3時方向より高熱源体接近!この速度だと……十秒で接触します!」

「何だと!?」

「あれは……!」


 地球到着の直前に、凄まじい速さで近付いてくる何か。誰もが身構える中、目の前に現れたのは……。


「巨大、ロボット……」

「照合完了。これは……外観こそ異なりますが、これはゼクト・オメガです!」

「手を、振ってる……?」


 データにあったゼクト・オメガの二倍以上。50メートルは超える巨体と、ごちゃごちゃと部品を大量に取り付けて辛うじて人型の言えるくらいの異形のシルエット。


 ですがその反応は紛れもなくゼクト・オメガの信号で、船の近くで止まってどうやら手を振ってくれているみたいです。


【§✳※〒〆ゝ“∀‖】

「女の子の声……」

「でも何を言ってるのかしら」


 通信で何か伝えようとしているようですが、エスペラント語しか知らない船の人々には何を言っているのかわかりません。


 ですがその直後、それは起こりました。


「本機の周囲にアブソルートテリトリー展開。断熱圧縮による機体温度上昇が、完全に抑制されています!」

「まさか、俺たちを守ってくれているのか?」


 帰還船が無敵のバリアであるアブソルートテリトリーに包まれ、大気圏突入の熱と揺れが全く無くなったのです。


「大気圏突入、成功しました!」


 そうして異形のゼクト・オメガの助けもあり、帰還船は無事に地球の空に降りることに成功したのでした。


「これが地球……。なんて綺麗なの……」


 初めて見る地球の大自然。雲の上から見下ろすその光景に、ルーモだけでなく誰もが思わず見惚れてしまいます。


 そんな帰還船をエスコートするようにゼクト・オメガは先行し、道案内を買って出てくれました。






 一方その頃、伊丹空港跡基地の滑走路では……。


「それにしても早速降りてくるとは、随分とまあせっかちだな。月の連中も」

「十年も経ってないのに……」


 光里とフラン、小夜子と悠樹に月美が空を見上げながら帰還船の到着を待っていました。


 ちなみに帰還船の出迎えにやってきた機体。あれに乗っていたのは智実です。


「今更だけどうちら時間感覚バグってない?」

「まあ、このイクシード・オメガの建造にも三百年かけたわけだしな」


 時間感覚について話す悠樹に対し、小夜子がそう言いながら見上げたのは人型に近い巨大な異形と化した五機のゼクト・オメガ改め「イクシード・オメガ」。


「五十年くらいで作るはずだったのに、あれもこれもってしてるうちに三百年経ってたんだよね。おかげですっごく強くなっちゃったけど」

「まさかうちらで16次元までブチ抜いて空間ごと消し飛ばす領域破壊砲なんてもんイチから作ることになるとは思ってなかったんですけど。てゆーかアレ言い出したの誰」

「それも私だ。痛快だったろ、実体化する前のデウスに南極の外から次元境界面ブチ抜いてヘッドショットで先手を決めたのは」

「結局向こう側に引きずり込まれたけどね〜」

「長すぎたんですよ。六人きりで生きるのに、千年なんて時間は」


 このイクシード・オメガこそ、光里たち六人の千年の結晶。この千年で光里たちは少しずつ文明を発展させ、今では縮退炉とゼクト・オメガを作り上げたかつてのノアすら凌駕するほどのテクノロジーすら生み出すに至っていたのです。


「でもどうしよう、歓迎パーティーの準備終わってないよ……」

「満漢全席くらいは、用意したかったけど……」

「とりあえず後にしよっか。うちも手伝うし」

「なんなら智実に誘導してもらって別の所に下ろして時間を稼ぐか?」

「うーん……」


 そんなスーパーテクノロジーを手にしたみんなでも、流石に月の人たちの急な来訪でパーティーの準備を間に合わせることはできませんでした。


「このままで良いと思いますよ、光里さん」

「私も、そんなに着飾らなくていいと思う……」

「出迎えだけ打ち合わせ通りにでいいっしょ」

「うん、そうだね」


 流石にいきなり豪華料理のフルコースでパーティー、とはいきませんが、ここから先は済ませておいた打ち合わせ通り。これから光里たちは、全てが始まったこの場所で月から帰ってきた人類を出迎えるのです。


「お、戻ってきたぞ」


 そうして話しているうちに、智実のイクシード・オメガの姿が見えてきました。もちろん帰還船も一緒です。


「あれが帰還船? なんか地味じゃね。うちらなら二百年くらいかけてもっとクソでかいの作るのに」

「アララトの懐事情を考えろ。あと人間の寿命はせいぜい百年前後だ」

「あ、そっか」


 やっぱり千年もサバイバル生活をしたせいで時間感覚はおかしくなってしまったみたい。


 そんなことを言い合っているうちに、智実のイクシード・オメガと月の帰還船が同時に滑走路へと着陸しました。


「やっほ〜」

「お疲れ、智実」

「さて、かぐや姫御一行のお越しだ」


 そしてコクピットから降りた智実が合流すると、いよいよ六人で月の人たちのお出迎え。帰還船の扉が開き、続々と人が降りてきました。


「la aero estas bongusta!」

「Ĉu ĉi tiuj estas la ses homoj, kiujn ili aŭskultis?」

「何語だ」

「エスペラント語ですね」

「なんでわかるし」


 どうやらフランによると、話している言葉はエスペラント語というみたい。


 代表らしき人たちが歩いてくる中、みんな慌てて考えます。


「どうするの。フランがエスペラント語で伝える……?」

「ここは私たちの……いえ、地球の文化で、日本語で行きましょう」


 月美が言うようにフランならエスペラント語である程度話し合えるかもしれませんが、フランは敢えてここは自分たちの言葉で伝えようと提案します。


「そうだね。それじゃあいくよ!」


 ここはフランの案で決まり。光里がそう言うと、六人みんなで手を繋ぎ、みんなで声を合わせて伝えます。


 この星にやってきた人類へ向けた、最初の言葉を。


「せーのっ!」

『ようこそ、私たちの地球へ!』

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