みんなとの出会い

 研究所に転院してから少し経ったある日。


「おはようございます、光里さん」

「フランちゃん、おはよう」


 朝、起きたばかりの光里に声をかけてくれたフラン。その声の聞こえる方から、なんだかいい匂いがしてきます。


「お食事、届いているので温め直しています」


 ふとそちらを見ると、フランがキッチンに立って小鍋で何やら温めているようでした。


「今日の朝食はトマトクリームリゾットと野菜ジュースです。とても美味しそうですよ」


 フランが温めているのは、今日の朝ご飯として届いていたトマトクリームリゾット。それを焦げないようにかき混ぜながら、時々温度計で熱さを測ります。


「熱くなりすぎないように……よし」


 口の中を火傷してしまわないように、温度は60度くらいに。それくらいまで温まると火を止めて深めのお皿に盛り付け、それを二つ光里のベッドのテーブルに運びます。


 そして再びキッチンに戻ると今度は冷蔵庫を開けてボトルを取り出し野菜ジュースをコップに注いで、それも二つテーブルに持って行きました。


「グローブ、着けますね」


 その後光里の手にパワーアシストグローブを嵌めると、フランは自分用に椅子を持ってきてベッドの隣に置きました。


「いただきますっ」

「私も、いただきます」


 二人一緒に手を合わせて、いただきます。スプーンを持って、リゾットを口に含みました。


 特に光里は少しずつすくって、しっかり噛みながらゆっくりと食べ進めていきます。


「友達と一緒に同じご飯を食べるなんて、なんだか夢みたい」


 光里にとって今のような時間は、まるで夢のよう。幼い頃からずっと病室で一人で、病院から出される介護食を食べていた光里には、友達と一緒に同じご飯を食べるなんて考えられないことだったのです。


「でもフランちゃん、私と同じご飯でいいの? 他の人ってお肉とかもっといろんなのを食べるんだよね」


 けれど同時に心配もしていました。光里は流動食に近いくらいの柔らかい食事しか食べられません。トマトクリームリゾットも、他の人が食べるものよりもかなり柔らかく煮込まれて歯応えはほとんどないのです。


 健康な身体のフランが、こんな食事で本当に満足できるのかな。フランに我慢させてしまっていないかなと、光里は不安に思っていました。


「私も、同じですから」


 ですがそんな光里に、フランは言います。


「友達と一緒にご飯を食べるの、私も光里さんが初めてなんですよ」


 確かにフランにとっては食べ応えはない食事ではあるでしょう。それでもフランは今、とても幸せそうでした。






 朝ご飯を終えて、お昼が近付いてきた頃。


「うぅ……」

「どうかしましたか、光里さん」


 何やら不満げな様子の光里に気付いて、どうしたのかなと本を読んでいたフランはふと声をかけます。


「ネットゲームができなくて退屈だよぉ」


 光里は前の病院にいた頃の日課だった、オンラインゲームができないことが不満のよう。フランがいて前みたいに寂しくはないけれど、やっぱり遊ぶものがないと退屈ではあるみたいです。


「月面コロニーは最高機密のエリアですからね。ジオフロントとのオンライン通信は難しいかと」 

「なんだか難しいね」

「表向き存在しない場所ですから、ここは」


 しかし残念ながら、ここではオンラインゲームをすることはできません。


 フランの言うようにこれまで光里が生きてきた場所でもある月の地下都市アララトの人々は、今光里がいる月面コロニーの存在は知りません。そこで対策もせずに無闇にアララトのインターネットに繋いでしまえば、アララトの人々に月面の存在が気付かれてしまうかもしれません。


 それを防ぐ為にも、なるべくインターネットに繋ぐのは控えなければならないのです。


「でもすぐに退屈しなくなると思いますよ」

「どういうこと?」


 ですがフランは、退屈を持て余す光里に言いました。


「今日ヨナ計画……あのロボットの計画の説明会があるんですが、そこで新しいお友達が来てくれるんですよ。それも、四人も」

「本当?」

「はい。私もどんな方々かはわからないんですが、みんな女の子だと聞いています。楽しみですね」

「うん、楽しみっ」


 あと四人の友達。ヨナ計画の説明会に来るということは、きっと六機置いてあった巨大ロボットのあと四人のパイロットなのでしょう。一体どんな子たちが来るのか、光里はなんだかわくわくしてきました。


「あと三時間ほどはありますね。今のうちに休んでおきましょう」


 新しい友達と会える説明会まではあと三時間。それまで休もうと思ったフランに、光里は言います。


「その間、フランちゃんのこと聞きたいな」

「私のこと、ですか」

「友達のこと、知ったみたくて。あ、でも言いたくないことならいいよ」


 フランと出会ってから一週間ほど経って、仲良くなれたとは感じている光里。しかしまだ、光里はフランのことを何も知りません。


 だから知りたいのです。フランはどんな子なのか、何が好きなのか。どんな過去を送ってきたのかなどを。


「わかりました」


 そんな光里に、フランは自分の生い立ちを語り始めました。






 私は小さい頃から、かなり甘やかされて育ってきたんだと思います。 


 絵やピアノのような芸術から、スケートやバレエのようなスポーツ。サッカーや野球みたいな男の子が多いものまで、いろんなことをさせてもらっていました。


 無理強いはされたことはなくて、合わなかったらやめて次のことをさせてもらって。いろんなことをして、その中から本当にやりたい一つのことを見つける為に。


 本当にいろんなことをして、見つけた私のやりたいことは勉強でした。知らない知識を覚えて、考えて、わからなかった何かを解き明かす。それが私にはとても楽しく思えたんです。


 それを知った両親は、大喜びでいろんなことを勉強させてくれました。一日中図書館にいたこともあります。そして気が付けば、小学一年生の頃にはもう大学生くらいには物を知っていました。


 だからでしょうね。同い年の友達なんて、一人もいませんでした。気安く話しかけてくれるのは、私のことを期待の星だと言ってくれる学界の偉い先生たちばかり。色々なことを知って満ち足りていた筈なのに、友達というものだけがすっぽりと抜け落ちていたんです。


 そして偉い人たちに誘われてここに来て、色々な研究をして。そんな中でヨナ計画の適性が見つかって、こうして光里さんに出会えたんです。






「そんなところですね。私の過去は」

「フランちゃん、やっぱり頭がいいんだね」


 フランが普通の子じゃないような気はしていましたが、思った通りとても賢い子なのだと改めて知って光里は素直に感心します。


「確かに知識を得ることは好きですが」


 そんな光里の手を握って、フランは言いました。


「今は光里さんと一緒にいることが一番好きです」


 本当に勉強が楽しくて、同級生を遥か彼方に追い越してしまったフランですが、今はその勉強以上に光里のことが大好きみたい。


「そう言われるとなんだか照れちゃうかな」


 身を寄せてべったりと甘えるフランの頭を撫でながら、光里は思わず照れ笑い。相手のことがとても好きなのは、光里もまた同じです。


「時間までに身体、拭きましょうか」

「お願いしていい?」

「はいっ」 


 フランの過去についてお話しましたが、時間はまだあります。それなら説明会までに身体を拭いておこうと、フランは光里の服を脱がしてボックスから温かい濡れタオルを取り出しました。


 光里の細身の身体の、裸になった背中にフランがちょっぴりドキっとしてしまったのはまた別のお話。

 





「そろそろ時間ですね」

「ほんとだね」


 光里の身体を拭いて、それからしばらくゆっくりしていると、いよいよ説明会の時間がやってきました。


「車椅子、取って来ますね」


 フランは部屋の端に置いていた車椅子をベッドの隣に持って来ると、光里の身体の下に手を回して少し持ち上げます。


「お手伝いします。移れますか」

「意外と力、強いんだね」

「私もしていますから、パワーアシスト。介護する側にも大変重宝されているんですよ」

「なるほど、お揃いだね」


 フランの力では本当なら、一人で光里を持ち上げて車椅子の乗り降りを手伝うなんてできません。


 それをできるようにしているのは、取り付け箇所こそ広いものの光里がいつも使っているパワーアシストグローブと同じもの。光里はフランとお揃いで、ちょっぴり嬉しい気持ちになりました。


「それでは行きましょうか」


 そうして車椅子に乗り移ると、光里とフランは一緒に廊下に出て説明会のお部屋へと向かいました。


「あっ、フランちゃんと光里ちゃん。こんにちは」

「どうも、こんにちは」

「こ、こんにちはっ」


 その道中で、研究所の職員の人たちが気さくに声をかけてくれることもここに来てから珍しいことではありません。


「なんだか可愛いわよね、あの二人」

「いいなぁ。私も学生の頃は……」

「注目、されてる?」

「そ、そうですね」


 何せ月面コロニーにいるのは大抵NOAHの関係者の大人ばかり。子供がいる人たちは大抵家はアララトの中にあって月面まで通勤してきているので、ここで子供の姿を見ることはほとんどありません。そこで可愛らしい女の子二人が仲睦まじくしているのですから、注目も集まってしまうというものです。


 そんな訳で注目を浴びながら進んでいくうちに、目的のお部屋に到着しました。


「どんな子たちなのかなぁ」

「行きましょう」


 新しい友達というのは一体どんな子たちなんだろう。わくわくとドキドキを胸に、フランがドアノブを回します。


「おっ、噂の先着二人が来たぞ」

「やっほ〜」

「しくよろー」

「ど、どうも……」


 そしてその向こうに待っていたのは、光里やフランと同年代くらいのみんなそれぞれ違った個性的な雰囲気を纏った四人の女の子たち。


 これが後に固い絆で結ばれる六人の、最初の出会いだったのです。

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