蒼い星を見上げて

 フランに車椅子を押してもらいながらエレベーターに乗って上の階へと上がり、研究所の廊下を進んでいく光里。


 そうして進んでいくと、茅瀬光里という名前のプレートがついているお部屋に着きました。


「ここがこれから暮らす病室です」

「わぁ、広くて綺麗……」


 入ってみると、そこはすっきりとした綺麗な雰囲気のとっても広いお部屋でした。


 前の病室にも小さな冷蔵庫はありましたが、ここにはそれより大きな冷蔵庫に加えてキッチンまであります。もっとも、今の光里にはそれを使うことは難しいですが。


 他にもテレビやクローゼットなど、家具は色々と豊富に揃っていてまるで家みたい。ただ、気になることが一つありました。


「でもベッドが二つ? どうして……」


 光里の病室のはずなのに、どうしてかベッドが二つもあったのです。その意味は、フランの口から明かされます。


「どうしてって、私もここで寝るからですよ?」

「えっ」


 なんとフランも一緒にこのお部屋で寝るというのです。光里はびっくりして思わず声を出してしまいました。


「何か変ですか?」

「えっと、前の病院では看護師さんが一緒の部屋で寝るなんて、なかったから……」

「確かに、看護師さんならそうですね」


 看護師やヘルパーさんと同じ部屋で寝るなんて、聞いたことがありません。フランもそれについては同じでした。


「でも私はお友達なのでいいんです」


 けれど彼女がここで寝るのはヘルパーだからではありません。あくまでお友達として、フランは光里と一緒に暮らすことにしたのです。


 それなら問題ないでしょうとフランは得意げな、所謂ドヤ顔で胸を張りました。


「そのお友達って、どうして……」

「そういう計画だから……ですかね」

「計画……?」

「あっ、でも光里さんとお友達になりたいのも、一緒にいられて嬉しいのもちゃんと私の本心です」


 どうしていきなりお友達になろうと言い出したのか。それはよくわかりませんでしたが、フランが心の底から嬉しいのはひしひしと伝わってきます。ここに来てからにやけ顔とそわそわが止まりませんから。


「正直に言うと、少し浮かれているのかもしれませんね。お友達って初めてなので」

「それじゃあ初めてのお友達同士ってこと?」


 フランほど浮かれてはいませんが、光里も嬉しいのは同じです。病室の外に出て初めてできた、ネットではない直接顔を合わせて触れ合える友達なのですから。


「よろしくね、フランちゃんっ」

「は、はいっ!」


 




 しばらく休んだ後、光里とフランは病室を出て真っ白な廊下を歩いていました。光里はもちろん車椅子ですが。


「これから教えてもらえるんだよね。この病院が何なのかとか、私の病気のこととか」

「はい。所長はとても優しい方なので、わからないことがあればいくつでも質問してくださいね」


 今から向かうのは、所長がいる場所。これから所長に、光里の病気について教えてもらうことになっているのです。


「あれ、でもこっちは外だよ?」

「こっちでいいんです」


 しかしエレベーターで一階へ降りて、フランが向かっているのは外へ向かう方向。どういうことなのでしょうか。


 こっちでいいと言うフランに任せて進んでいくと最後には研究所の外に出てしまいました。


「来てくれたか二人とも。ささ、車に乗って」


 そこには所長が既に着いていて、一台の車を用意して待ってくれていました。


 フランと所長に手伝ってもらいながら光里は後ろのドアから車に乗って車椅子からシートに移り、みんな乗り込むと同時に所長は車のエンジンをかけます。


「車って、どこかに行くんですか?」

「ああ。君たちに凄いものを見せてあげよう」

「フランちゃんは知ってるの?」

「はい。正直、最初はすごく驚きました」

「おっとフランちゃん。今はまだバラしちゃダメだよ」

「は、はい」


 これから見に行くという「凄いもの」。フランはそれが何か知っているようで、それを見たときはとても驚いたみたいです。フランも驚くようなものとは、一体何なのでしょうか。


 期待に心を躍らせる光里を乗せて、車は研究所の駐車場から出発しました。

 

「あの……」

「何かな光里ちゃん」

「今から行くところって……私の病気に何か関係あるんですか」

「大いに関係ある。だから行くのさ」


 これから行く場所は、光里の病気にも関係しているみたい。どういうことなのでしょうか。


 光里が頭を悩ませる中、車は先の見えない長いトンネルへと入っていきました。


「ここから先は少し長い。二人とも、起こしてあげるから少し寝ていなさい」


 灯りこそあるものの、このトンネルは本当に長いようで出口の光はいつまで経っても見えてきません。車の速度は自動運転で時速150キロほど。これでも抜けられる様子がないということは、本当に相当長いトンネルなのでしょう。


 所長は光里とフランにトンネルを通る間は寝ているよう勧め、光里が目を閉じ眠ろうとしたその時でした。


「ひゃっ!?」


 隣に座っていたフランが突然身を寄せ、もたれかかってきたのです。光里はびっくりして思わず声を上げてしまいました。


「身体、くっつけ合いっこしましょう」

「確かに、こうするとあったかいね」


 フランは甘えっ子さんなんだなぁと、そう思いながら光里はか弱い力でふわりと抱き寄せて。


 二人でくっつき合い、肌の温もりを感じながら、光里とフランは一緒に目を閉じてすやすやと眠りにつきました。


 ルームミラーで見ていた所長は、その様子を微笑ましく思いながら言いました。


「ははっ、若者言葉ではこれを尊いと言うのかな」


 その後も車はどこまでも続くように思える長いトンネルを駆け抜けていきました。長い、長い時間をかけて。




 

 それから一体、どれくらいの時間が経ったでしょうか。


「ほら起きなさい。着いたよ」

「す、すみませんっ」

「いやいや、私が寝ていなさいと言ったんだ。謝ることじゃないよ」


 所長に起こしてもらって、光里は眠りから目を覚ましました。寝過ごしたのかと思ってしまいましたが、どうやら今着いたところみたい。


「おはようございます」


 そして同時にフランも目を覚ましました。けれど目をこすってまだうとうとしていて、なんだか眠そうです。よほど光里と身を寄せ合うのが心地よかったのでしょう。


 とはいえもう着いたのでおやすみの時間はもうおしまい。所長とフランで光里をシートから車椅子に移し、車から降ろさないといけません。


「この車、車椅子でも乗り降りしやすいですね」

「我々は医療の研究機関だからね。こういう使いやすさも研究テーマの一つなのさ」

「凄い……」


 けれどもシートや車の作りのおかげで、そんなに車椅子の乗り降りに苦労はしません。しようと思えばフラン一人でも光里を乗り降りさせてあげられそうなくらいです。


 折り畳み変形できるシートや高さを変えられる車体、車椅子用のスロープなど介護用の色々な機能を詰め込んだこの車もまた、研究所で作られたものだそう。改めて凄いところに来たんだなぁと、光里は少し感動してしまいました。


「さあ、こっちだ」


 車から降りた後はしばらくは歩き。フランに押してもらいながら、未来的なデザインの廊下を所長の後に続いて進んでいきます。


 その奥の自動ドアが開くと、そこはガラス張りの展望室のようなお部屋。そして窓の外を眺めると、そこにあったのは……。


「あれは、地球……!?」

「そう。あれが、あれこそが本物の地球だ」


 一面に広がる灰色の大地。その地平線の向こうには写真では何度も見た、地球が青々と輝いていたのです。


「それなら、私たちがいるのは……」

「月だよ、光里ちゃん。ここは開発初期に多くの人が暮らしていた月面コロニー。そして君たちが地球だと思って暮らしていたのは本物の地球ではない。月の地下に建造された地下都市、ジオフロント【アララト】さ」


 これまで光里が……いいえ、世界中の全ての人たちがなんの疑問もなく地球だと思って暮らしていた場所は、なんと地球ではなく月の地下だったというのです。


「そして地球を逃れた人類を種として永久に存続させる為、人類社会を管理運営する秘密結社。【人類保全機関NOAHノア】。それが我々だ」


 月の地下都市アララト。人類保全機関ノア。想像もつかないスケールの大きな話に光里はとても理解が追いつきません。


 それでも人類社会を管理運営するというのは、なんとなくですが光里にもイメージができました。


「それって……世界を、支配しているってことですか……?」

「支配はしない。我々NOAHは、人類が人類たる所以は、社会性の動物でありながら、末端に至るまで個々の自由意志を行動に強く反映させる特異性にあると考えている。自由意志を剥奪し支配する事は、むしろ人類の存続に反する行為だと我々は考えているのだ」


 しかし所長は、ノアは人類の支配は行っていないのだと言います。その理由を、彼は語ってくれました。


「だから我々NOAHは支配をしない。ただ人類が滅びを迎えないよう要所要所で社会を調整し、人類に危機が訪れた時にはこれに対応する。それがNOAHの役割なんだ。わかってくれたかね」

「は、はい?」

「わかっていなさそうです」


 けれど光里はどうにもピンと来ていない様子。少し話が難し過ぎたみたいです。


「す、すまない。私はこの理念がとても好きなんだが、どうもそのせいで語り過ぎてしまったね」


 所長もどうやら熱くなってしまっていたみたい。反省した後、彼はもっとわかりやすくノアについて説明してくれました。


「つまり人が自由に、平和に生きていける世の中を守るために人知れず社会の舵を取る。それが我々NOAHの仕事さ」

「自由と平和を守るお仕事……なんだかヒーローみたいで素敵ですっ」

「まあ、実際の活動はヒーローよりも地味な裏方仕事なんだけどね」


 その説明に、光里もほっとしました。人類を管理する秘密結社だというからもっと悪の組織のようなものをイメージしてしまいましたが、実際にはそうじゃないみたい。むしろ人類を守るのだと聞いて一安心です。


「そして光里ちゃん。君にNOAHを、人類を代表して頼みがあるんだ」

「頼み……ですか?」

「そう、是非とも君の力を貸して欲しいんだ」


 人類の自由と平和を守る。そんなノアが、光里に対するお願い。力を貸して欲しいとは一体どういうことなのでしょうか。ドキドキを胸に、光里は所長のお話に耳を傾けました。

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