過去への旅立ち【第一部最終話】
天使との壮絶な戦いを終えて、無事に飛行場に帰ってきた光里たち。みんなはコクピットから降りると、攻撃を受けてしまったコンテナハウスへと真っ先に向かいました。
「コンテナハウスは無事か。だが……」
幸いにもコンテナハウスは、外側が少し焼けてしまっただけで壊れている部分はありません。ですが……。
「あんのクソ天使ぃーっ!」
「私たちで作った脱衣場や通路、全部だめになっちゃった……」
「せっかく頑張って作ったのに、残念です」
ここに来たばかりの時からみんなで作ってきた脱衣場やそこに向かう通路は、跡形もなく壊れてしまっていました。
「見てきたけど畑は無事だったよ〜」
「私たちの生命線はなんとか大丈夫だったか」
畑を見に行っていた智実が戻ってきましたが、どうやらそこは無事だったみたい。畑を失えば食べるものにも困るので、ここは本当に幸いです。
「基地にも目立った被害はなさそうですね。早めに離脱したのがよかったみたいです」
「とりあえず大勝利だね〜」
早めに基地から出たのもあって基地の施設にも目立った被害は少なく、シャワー関係のみんなで作った設備が壊されたくらい。何より全員無事ですし、戦いの結果は大勝利と言っていいでしょう。
けれど光里は、何やら浮かない様子。
「気にしていますか、崩壊砲のこと」
「天使がぐちゃぐちゃになって潰れちゃって……あんな風になるとは思ってなくて……」
彼女が気にしていたのは、天使への最後の決め手となった崩壊砲。その時はみんなで勝つ為と信じて撃ちましたが、その撃った本人でさえ恐怖を感じるあまりにも凶悪な威力に、本当に撃っていいものだったのかと考えてしまっていたのです。
「中々にショッキングだったからな」
「でも、あれを使ってくれなかったら私たちは勝てなかったかも……」
確かに、崩壊砲の黒いビームが当たった後に起きたことはあまりにも衝撃的でした。あれだけ大きな天使が、ビームを一発受けただけでぐちゃぐちゃになって潰れていく。その光景は他のみんなにもショッキングには映っていました。けれどあれがみんなに勝利を与えてくれたのもまた確かでしょう。
「引き金引いてないうちらには、みつりんの気持ち全部わかってあげるのは無理だけどさ」
それでもまだ割り切れずにいる光里の頭をそっと撫でながら、悠樹は言います。
「みんな感謝してるんよ。ありがとね、みつりん」
光里が崩壊砲の引き金を引いたおかげで、みんな今ここにいる。感謝こそすれ、それを疑問に思う子などいません。
「今日はもう寝ましょう。そして起きたらこれからのことを考えましょう」
とにかく今日は寝て、明日は先のことを考える。そうして天使のことは考えないようにしようと、フランは提案します。
するとみんな、一気に肩の力が抜けたみたい。
「マジでクソ疲れた!」
「悠樹は頭を冷やさないと……」
「おっ、ありがと」
すぐにコンテナハウスに入って寝ようとした悠樹でしたが、月美に呼び止められて氷を取りに一緒に冷蔵庫のあるコンテナへと向かいました。悠樹は先の戦いで頭を打ってしまいましたから、しっかりと冷やすのは大事です。
「風呂はもう明日でいいか。今日の疲れ具合はそれどころじゃない」
「そうですね……」
初めての戦争でもうみんな疲れ果てて、今からお風呂に入る気力すらありません。お風呂は明日にして、今日はもうみんな寝てしまうことにしました。
翌朝。
朝風呂を終えたみんなはラフな格好で、コンテナハウスの前に出したテーブルに集まっていました。
小夜子だけならまだしも智実も下はパンツ一枚ですし、他の子たちも部屋着のような薄着ばかり。他に誰もいない廃墟という環境に慣れた今のみんなにとっては、もう中も外も変わらず自分たちのお部屋と変わらないような感覚になっていたのです。
「朝ご飯できたよー。ぶっちゃけデザートだけど」
「芋団子のビワソースかけと、みかん入りの生姜湯……」
「朝から贅沢スイーツだ〜!」
そして悠樹と月美が持ってきたお風呂の後の朝ご飯は、串に刺したお団子のようないももちにビワのソースをかけた料理と、柑橘の香り漂う温かい生姜湯。
「生姜湯はお砂糖が足りなかったら足して……」
「心身疲れた時にこれは嬉しいな」
「糖分はストレス解消にぴったりですからね」
朝ご飯というよりデザートのような献立ですが、戦いのあとでまだみんな疲れが抜けきっていません。しっかりとした食事よりも、今は甘い軽食で気持ちをリラックスさせようという月美たちの心遣いがこの朝ご飯に表れています。
「キンカンのシロップ漬け? 添えてあるのも素敵!」
「それはうちが作ったんだけど、マジ美味いよ」
光里が気になったのは、お団子に添えてあるキンカンのシロップ漬け。これは月美に教えてもらった悠樹が、一から自分で作ったものです。
どうやら光里も、もう大丈夫そう。昨日の寝る前よりも元気を取り戻していました。
「今日は食べながらお茶会作戦会議しない?」
「いいですね、光里さん。賛成です」
せっかくのスイーツとお茶の代わりの生姜湯。ここはいつものように食べてからではなく、食べながらお茶会気分で作戦会議をすることに。
『いただきまーす』
みんなで手を合わせ、まずは一緒にお団子の一口目を頬張ります。
「ん〜っ!」
「うむ、美味い。このソース、ビワだけじゃないだろう」
「酸味が欲しくて、こっちにもみかんを少し隠し味に足してみたの……」
甘いお団子に、みかんの酸味も少し加わった甘酸っぱいびわソースが合わさってその味は絶品。疲れたみんなの心に染み渡ります。
「いももちにお砂糖を足したんですか」
「うん。それで小さくお団子の形にしたら、デザートみたいになるかなって……」
この前食べたいももちと比べると、今回はお団子の生地自体が少し甘い味。甘酸っぱいソースと合わせるのもあり、よりデザートらしくする為に生地にお砂糖を混ぜる工夫をしていたそうです。
前回のいももちがおにぎりなどに近い食事なら、今回はまさにスイーツ。同じいももちでも、月美の工夫で全く別の料理になっていました。
「キンカンもいい付け合わせだよね〜」
「生姜湯もあったまる……」
「気持ちが落ち着きますね」
キンカンのシロップ漬けや生姜湯もとっても美味しくて、みんな幸せな気持ちでいっぱい。
「それじゃあ食べながら作戦会議しよっか」
美味しいスイーツを楽しみながら、ここで作戦会議の始まりです。
「まず崩壊した脱衣場だが、別に作り直す必要はないと思っている」
「確かに今はお風呂があるしね」
最初の話題は、ミサイルで壊されてしまった脱衣場。せっかく作ったものが壊されたのは残念ですが、今は基地の中にお風呂を見つけたのでこれはもう作り直さなくていいということに。
脱衣場はいらないとして、問題はコンテナハウスと基地の間の通路です。この間を移動するのに雨に降られたら困るというのは、コンテナ備え付けのシャワーを使っていた頃から変わりません。
「提案〜!」
「智実、何か思いついたの?」
「コンテナハウスを基地のすぐ近くに移動しない?そしたら通路も短くて済むでしょ〜」
「いいと思う……」
「ロボを使えば持ち運べる家、というのはとても便利だな」
これはコンテナハウスそのものを移動して基地に近付ければ作る通路は短くて済む、という智実の案を採用することに決まりました。
「あ、そういえば」
「どうしたのフランちゃん」
お風呂の設備のことが決まったところで、フランはふとあることを思い出します。
「天使を倒した時に、光る兵器が全部消えましたよね」
「確かに……」
「アレ全部と戦わなくて済んでマジ助かったわ」
「それなら、街にいた光る人も全部消えているのではと思って……」
「あっ、確かに」
それは天使との戦いにて崩壊砲で本体を倒した途端、天使が操っていた光る兵器が一斉に消えてなくなったこと。
あれが消えたのなら、街をうろついていて探索を妨げていた光る人も消えているんじゃないか、というのがフランが考えついたことです。
「街の探索もやりたいことに追加だねっ!」
「でもまずは生活に直接繋がるコンテナハウスの移動からでいいと思います」
コンテナハウスよりは後回しになるものの、こうして街の探索もやりたいことに加わりました。
「他のコンテナも一緒に移動しておくか」
「コンテナに冷蔵庫もあるから、遠いと不便……」
「なら朝ごはん食べたらみんなでコンテナの移動、がんばろーっ!」
ひとまず今日はコンテナハウスと、残りのコンテナも全部基地の近くに運ぶ作業をすることに決まりました。
「生姜湯なら、おかわりもある……」
「あっ、私ほしい!」
「私もお願いします」
今日することが決まれば、後はのんびりお茶会の時間。お団子も生姜湯も全部なくなるまで、みんなでわいわいおしゃべりしながら楽しい時間を過ごすのでした。
そして朝ご飯の後、お昼前。
「それじゃあみんな、ロボットに乗ろう!」
光里の一声で、みんなそれぞれ自分のロボットに乗り込んでいきます。
「めっちゃ強いのがわかっても、結局こんな使い方になるんだよね〜」
「いいじゃん平和で」
昨日の戦いでロボット、ゼクト・オメガがどれだけ強い兵器なのかがわかりましたが、それでも扱いはこれまでとは変わりありません。今回も結局はコンテナを運ぶという、力仕事の為の重機として使われることに。
みんなにとってゼクト・オメガは最強の兵器である以上に、暮らしに必要なパートナーなのです。
「二人で一つ、コンテナを持ち上げて運べば……」
「それでいこう」
コンテナを背負わせることもできますが、取り付けも取り外しも手間なのでここは手早く持ち上げて運ぶことに。
早速二人一組になってコンテナを持ち上げようとしますが、ここでフランがあることに気付きました。
「待ってください」
「フランちゃん、大丈夫?」
「何か、おかしなメッセージが表示されて……」
「ほんとだね」
「押してみるか」
コクピットのモニターに、何やら見慣れないメッセージが表示されていたのです。それもフランだけでなく、全員に。
試しにメッセージを開いてみると、また機械の音声が再生されました。
【エンゼルコールレベル3状況終了。天使の撃破を確認しました。よって、搭乗者記憶復元プログラムがアンロックされました】
「記憶、復元……?」
そして出てきたのは、記憶復元プログラムというものを実行する為のボタン。
「搭乗者って、もしかしてうちらのこと?」
【はい。肯定します】
「私たちの記憶を、元に戻す……ってこと?」
【肯定します】
記憶の復元を行うのは搭乗者。つまり光里たちの記憶を戻すのだと、機械はそう言っているのです。
「確かに言われてみれば、ここに来た時から記憶が曖昧だったな」
「そもそもうちら、なんで友達だったのかも覚えてないし」
「言われてみれば!」
あまり意識はしてこなかったものの、確かにみんなここに来る前の記憶はものすごく曖昧です。それこそ自分たち六人がどうして友達になったのか、それすらも思い出せないくらいに。
「ちょっと、怖い……」
「まあこんだけ一緒に暮らしたわけだし、今更関係疑うわけじゃないけどね〜」
「もし実は友達じゃなかった、なんて言われても今はどう考えても友達だからそれでいい気はするな」
今更みんなが友達だというのを疑うつもりは誰もありません。ですが、どうして友達なのかを誰も思い出せないのはなんだかとても不気味です。
「私たちには、忘れさせられた記憶がある……?」
記憶復元プログラム。その意味に、光里は気付きました。
自分たちが過去の記憶を忘れているのはきっと、誰かに忘れさせられたから。そして記憶復元プログラムは、その誰かが残したものかもしれないと。
【記憶復元を実行しますか?】
「どうしますか」
これを実行すれば、失われた記憶が全部戻るかもしれない。今の暮らしに慣れたみんなにとってそれは気になると同時に、怖いことでもあります。
どうしようか悩んで誰も答えを出せない中、最初に決めたのは光里でした。
「私は……知りたい。私たちはなんでここにいるのか。なんでロボットに乗ってたのか。天使って何なのか。そんなわからないことの答えが、きっと私たちの記憶にあるんじゃないかな」
考えてみるとわからないことだらけの、この日常。その全部の答えを知る為に、光里は自分の記憶の蓋の鍵を開ける決心をしたのです。
「私も、気になる……」
「うちも忘れてることがあるなら思い出したいかな」
「そりゃ自分でもわからない自分の過去なんて、そんなの知りたいよね〜」
「さっきも言ったが、過去に何があろうと今は今だ。必要以上に過去を恐れて躊躇う必要はないと思う」
「そう……ですね。私も私が知らない過去がここにあるのなら、思い出したいです」
そんな光里に影響されてか、みんなも過去を思い出す決心を固めました。
「それじゃあ決まりだね」
もう迷いはありません。みんなで決めた答えを、光里は機械の声に対して告げます。
「実行しますっ!」
その瞬間、コクピットの灯りが赤色に変わってどこからともなくプシューと何かガスのようなものが入ってくる音が聞こえ始めました。
【コクピット内に睡眠ガスを注入開始。搭乗者が睡眠状態に入り次第、記憶復元プログラムを実行します】
機械の声の案内通りに密閉されたコクピットの中が睡眠ガスに満たされて、強烈な眠気が光里たちの意識を落とします。
ここから先は、とても長い夢の旅。誰かによって蓋をされて忘れてしまった光里たちの過去。その軌跡を辿る旅が今、ここから始まります。
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