知った日の夜

 日記を読み終えると、その内容のあまりの衝撃にみんな静まり返ってしまいました。


「これは……なんというか〜」

「SFな話になってきたな」

「本当なの、これ……」

「わかりません。ですが今の状況や基地のメッセージと矛盾しないのは確かです」


 現実に起きたとは到底思えないのに、今の状況とは矛盾しない日記の出来事。まるでSFのようですが、それでも嘘とは言い切れません。


「半年でその天使って野郎に世界が滅ぼされたってことっしょ。んな滅茶苦茶な」

「なんだかすごい話になってきたね」


 半年で地球から人がいなくなった。確かにめちゃくちゃな話ですが、人がいないのは確かなのでひとまずこれを本当のこととしてみんなは話を進めていきます。


「でも、それならここ、私たちが使っちゃっていいのかな」

「確かに、ここが後で地球を取り戻しに来る人類の為の基地だとしたら、異世界の私ら六人で占拠してしまっていいものなのだろうか」


 まずは六人でこの基地を使ってしまっていることへの心配。日記の通りなら空港を改装したこの基地は、地球を取り戻しにやってくる月の軍隊の為に用意されたもの。それをたまたま迷い込んだ女の子六人で使ってしまって大丈夫なのか、という話です。


「大丈夫……な気がする」

「確かに、なんかわかんないけど大丈夫な気がするよね〜」

「もし宇宙から人が来たら、その時は謝ればいいかなと」

「それもそうだね」


 けれどそのことについてはあまり深く考えずに次の話題へ。


「あの光る人も天使に関係しているのだろうか」

「それはあり得るよね〜。あんなの自然にいるわけないし」 


 街にいた光る人。もし本当に天使がいるのだとしたら、あれこそが天使に関係している可能性は高いでしょう。みんなが今持っている知識では、天使以外にあんな不自然なものがいる理由は考えられません。


「ひとまず今日は寝て、明日から考えない?」

「光里に賛成〜」

「話が突飛過ぎるからな。考え込んだらいくらでも夜更かししてしまう」

「そうですね。今日のところはもう寝ましょう」

「おやすみー」


 とはいえこれも考えてもどうにかなるわけではありません。ひとまず今日のところは気持ちを落ち着かせる為にもみんな寝ることにしました。






 それから少しした頃。


「風、浴びに行くかな〜」


 色々と気になって眠れないのか、智実はベッドから起き上がってパジャマのまま靴を履き、外に出ました。


 そして夜の飛行場を軽く散歩しようと思ったその時……。


「どうした。眠れないのか智実」

「小夜子!?」


 突然びっくり。後ろから小夜子に声をかけられました。


「私も夜風を浴びたくてな」

「だからってなんで下着?」

「裸よりはマシだろう」


 しかも何故か下着姿で。


「そういう問題じゃなくてさ〜、小夜子はもう少し恥というものを知るべきじゃないかな〜」

「ふむ。恥か」


 相変わらず平然としている様子の小夜子に物申す智実。そして小夜子は少し考える素振りを見せると、にやりと笑いながら言います。


「知っているだろう。かつて人は楽園で、知恵の実を食べて恥じらいというものを知ったらしい」

「いやまあ知ってるけどなんでそんな……」


 これはとある神話のお話。有名なのもあって智実も知っていることではありますが、それが一体どうしたというのでしょうか。


「丁度食べてくれと言わんばかりに転がっているな。可愛くて美味そうな知恵の実が」

「へ?」


 ここに知恵の実があると言われても、と。なんのことを言っているのかわからない智実に対し、小夜子は彼女の顎をぐいっと持ち上げながら囁きました。


「なあ、智実・・?」

「あたしのことか!?」


 そして思わず智実は顔を真っ赤にして叫んでしまいました。


「ふふっ、やっぱり智実はからかい甲斐があるな。すぐ茹でダコみたいになってくれる」


 そんな智実の様子を見て、小夜子はとっても楽しそうです。


 けれど今日は、やられるだけで終わる智実ではありません。


「っ……」


 突然芝生の上に押し倒された小夜子。それからすぐに起き上がろうとしますが、智実はそれを許しません。


「むぐっ!?」


 智実の強烈なキスが、小夜子の唇を塞いで彼女の言葉を奪いました。抵抗も声を出す事もできないまま、長い長いディープキスに、小夜子は力も抜けてしまいされるがまま。


 そして智実は彼女から唇を離すと、不敵に笑いながら言いました。


「その気にさせた罰だコラ」

「あ、あっ……」


 さっきは智実のことを茹でダコと言っていた小夜子が、今度は自分が茹でダコのように真っ赤になってしまっています。しかもドキドキのあまりに唇が解放されても、まだ声が出てきません。


「この際だから言っとくね〜」


 そして智実は、意を決して本心を口にします。


「好きだよ、小夜子」


 それは、嘘偽りのない愛の告白。対する小夜子の答えは……。


「……私もだ」


 まだ目を合わせられないながらも、小夜子もまた同じ気持ちでした。


 少し気持ちが落ち着いたところで、芝生の上から身体を起こすと小夜子は言います。


「智実も、覚悟はしているんだな」

「戦争になるかも、でしょ〜?」

「それも半年で人類を地球から追放した相手と、だ」


 智実がここで告白してしまったのもこれが理由。もし天使が本当に地球にいるのなら。もし天使がかつて人を地球から追放したのなら。いつ天使と戦いになってもおかしくないのです。


 それを知って、いつ死んでしまうかもわからないと思ったから。智実はここでの告白を決めて、小夜子もそれに応えたのでした。


「こっちの戦力はゼクト六体。しかもあれ、人が地球にいた頃の量産機だよね。正直勝てる気はしないかなぁ〜」


 しかも智実の言うとおり、こちらの強さで言えば天使に勝てる見込みはほとんどありません。


 かつての地球の人々が負けた時にも、ゼクトは既にたくさん作られていました。それでも勝てなかったということは、ゼクトが天使に負けたということなのですから。


「その割に平気そうだな」

「近いうちに死ぬかもなんて、わかってても実感湧かないからね〜。小夜子もでしょ?」

「それもそうか」


 とはいえ頭ではわかっていても、実感はまだありません。そのせいか、今は少し気楽でもありました。


「星、綺麗だな」

「もう少し見ていよっか」


 そして二人は恋人繋ぎで手を繋ぎながら、一緒に夜空を見上げます。


 とても世界が滅んだとは思えない、というより世界が滅んで人がいなくなったからこそかもしれない綺麗な天然のプラネタリウムを。智実と小夜子は、二人でのんびりと楽しむのでした。






「光里さん……隣、いいですか」

「眠れないの?」

「はい……」


 一方その頃コンテナハウスでは、眠れずにいたフランが光里のベッドに入り込みました。


「やっぱり気になる? 天使のこと」

「戦うことになるかもしれないと思うと、怖くて……」

「確かに、不安だよね」


 フランもまた天使のこと、やっぱり気にせずにはいられなかったみたいです。


「だって世界を半年で滅ぼした怪物ですよ。水素電池で動くロボットたった六つで、勝てるわけないじゃないですか……」

「私も不安だよ。でもどうしてか、ちょっぴり大丈夫な気もするんだよね」


 理屈の上では勝てるはずはありません。けれど光里は何故か、なんとなくですがなんとかなるようにも感じていたのです。


「それ、わかる気がする……」


 なんとなくの感覚でしかないそれに同調してきたのは、こちらもまた起きていた月美でした。


「月美も起きてたの?」

「うちもね」


 そして悠樹も起きていました。寝るとは言ったものの、全員やっぱり寝られなかったみたいです。


「案外うちらのロボ、滅茶苦茶強かったりして?」

「まさか、そんな……」


 悠樹は適当な事を言いますが、月美は流石にそんなことはないだろうと思っています。そんな都合のいい話はそうそうないですから。


「……あるかもしれませんね」

「マジ?」


 けれどフランは、悠樹のその適当な言葉について真剣に考えていました。


「考えてみれば、水素電池で荷電粒子砲なんか撃てるわけないんです。それこそ原子炉でも積んでいないと電力が足りません」

「それでも荷電粒子砲? があるってことは、撃てるから置いてある筈で……」


 目をつけたのは、コンテナの中に入っていた荷電粒子砲、ビームライフル。この前カタログを見てゼクトの電源は水素電池だと言いましたが、荷電粒子砲を撃つにはそんなエコな電池では全く足りないのです。


「もしかしたら私たちのロボット……ゼクト・オメガは核動力なのかもしれません」

「じゃあめっちゃ強いじゃん」


 本当に光里たちのロボットが荷電粒子砲を撃てるのなら、動力は核なのかもしれない。あくまでささやかな希望ですが、みんなの不安を和らげるには十分でした。


 ですがここで気になる事がひとつ。


「待って。それじゃ私たち……核兵器で畑を耕したり、お洗濯したりしてたの……?」

「そんなことした人なんてきっと他にいないよね」

「確かに、そんな事をしたのは人類で私たちが最初でしょうね」


 これまでロボットでしてきた事は、建設に農業に洗濯などなど。その全部を核兵器でしていたと思うと、なんだか大げさで笑えてしまいます。


 そんな事もあって笑い合いながら、四人は朝まで楽しくおしゃべりをしてこの夜を過ごしました。


 核兵器では天使を倒せなかった。その事実から、わかっていつつ目を逸らしながら……。

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