続いてゆく暮らし

 よく晴れたある日、空港近くの町中の廃ビルにて。


「ターゲット、いました。右30度あたり、道路を歩いています」

「ありがとうフランちゃん。後は私に任せて」


 双眼鏡を持ったフランの指示に従って、光里が鉄砲の先を向けます。ですが今度の鉄砲は、この前の探索の時よりもとても大きなものでした。


 レミントンM24スナイパーライフル。ボルトアクション式という造りで一回一回ハンドルを引いて弾を込めないといけませんが、命中力がとても高くて遠くのものを狙うことができる鉄砲です。


「すぅ……」


 標的の姿を捉えた光里は、ハンドルを引いて弾を込めるとスコープを覗いて呼吸を整え、よく狙いを定めます。


 そして引き金を引いた瞬間、辺りに銃声がこだまして、放たれた弾がその先にいた鹿の頭に吸い込まれるように命中しました。


「ヘッドショット。流石です光里さん」

「やったぁ!」

「これで今日のご飯は鹿のステーキですね」

「おっにっくー!」


 後は台車を押して倒した鹿を取りに行くだけ。これで今日の夕飯はお肉に決まり。


 ですが、フランは何やら浮かない顔。光里は心配して声をかけます。


「どうしたの?」

「い、いえ。大丈夫です」

「何かあるなら気を遣わないでなんでも言ってね」

「ですがこれは……皆さんも一緒に聞いて欲しいことなので」

「そっか」


 どうやらフランには、何か聞いて欲しい事があるみたい。けれどそれは光里だけではなく、みんなに聞いて欲しいようです。


「ありがとうね、フラン」


 きっと何か伝えないといけない大事な事があって、その事のせいで不安になっているのかな。そう思った光里は、そう言ってフランの頭を優しく撫でました。





 一方、飛行場の方では。


「よし、キンカンたくさんゲット!」

「あとは光里たちがお肉を手に入れてくれたら……」


 フルーツの調達に行っていた悠樹と智実が、今帰ってきたところ。その手には、全部食べるには多いくらいたくさんのキンカンが入ったカゴを持っています。


「お、小夜子に智実! 工事は進んでるー?」

「上々だ。夕飯までには通路が完成しそうだぞ」

「雨の度にシャワー大変だったから、これで楽になるよ〜」


 そして小夜子と智実は、コンテナハウスとシャワーの脱衣場を繋ぐ通路の工事中。ロボットも上手く使ったおかげで骨組みはもう殆ど出来上がっていて、後は屋根を付けるだけです。


「息抜きに、キンカン……食べる?」

「では一ついただこう」

「肉体労働の後のこの甘酸っぱさ、最高〜!」 


 作業の合間に、持って帰ってきたキンカンを一つぱくり。疲れた身体に甘酸っぱさが沁みわたります。


 小夜子たちがキンカンを楽しむ中、ついに光里とフランが帰ってきました。


「うおっ」

「みんな、鹿捕れたよー!」

「今から川で解体してきます」


 押している台車に、頭を撃ち抜かれた鹿の体を丸々一頭乗せて。


「私も手伝う……」

「じゃあうちもー」

「こちらも工事が済んだら手伝いに行こう」

「ちょっと待っててね〜」


 ですが光里とフランの二人だけで鹿を解体するのは大変。そこで、ここはみんなで協力することになりました。





 そして日が暮れ始めた頃。


「よし、できたー!」


 基地にあった説明書を見ながら、何時間もかけてようやく鹿の解体が終わりました。大変な力仕事で、みんなもうへとへとです。


「服がべとべとです……」


 さらには鹿の血で手や服もべとべとでもう大変。


「そのまま洗濯機に入れるのもいけない気がするから……ここで軽く洗ってからの方がいいと思う……」

「それってここで脱いじゃうってことだよね? いや〜、月美も変わったな〜」

「気にしていられる時じゃないし……」

「気にする必要もないからな」


 野生の動物の血でべっとりの服をそのまま洗濯機に入れるのは良くないかなと、月美の提案でまずは川で水洗いをすることに。みんな川で手を洗った後、この場で服を脱いで下着姿になりました。前までは恥ずかしがっていた月美も、もうある程度は平気みたいです。


「あ、いい事思いついた。うち一旦ロボ持ってくるわ」

「何をするつもりなんでしょうか……」


 これから脱いだ服を手洗いしようというところで、悠樹が何か思いついたみたい。そう言って下着のままロボットの方へと走っていきました。


【ゼクト・オメガ6号機、起動します】


 悠樹はコンテナからあるものを取り出すとロボットのコクピットに乗り込み、起動させてみんなのいる川沿いへと歩かせます。


「たっだいまー」

「おかえりー!」

「それで、ロボットで何をするの……?」


 そしてみんなのところに着くとロボットをしゃがませて、立てた人差し指をみんなに差し出しました。


「脱いだ服、全部ネットに入れたらそれをロボの指にくくり付けちゃって」


 その後コンテナから持ってきていた洗濯ネットをみんなに投げ渡して、それに服を入れてロボットの指に結んでもらいます。


「これでいいですか」

「おけおけ。そんじゃちょっと離れてて」

「なるほど、そういうことか」


 次に服が入ったネットを結びつけた指を川の水につけた時、小夜子は悠樹が何をしようとしているのかわかったみたい。


「スイッチオン!」


 悠樹がそう言ってコクピットのスイッチを押した途端、ロボットの手が水しぶきを上げながらものすごい速さで回り始めました。


「まるで洗濯機……」


 そう、ロボットを使った天然の川の洗濯機です。


「いいアイデアだよ悠樹!」

「軽く流すくらいならこれですぐっしょ」

「ゼクトを開発した人たちも、まさかこんな使われ方をするとは思っていなかったでしょうね」


 戦争の為の兵器である筈のロボットがあまりにも平和な使われ方をしているのを見て、フランは思わず笑ってしまいました。より多くの敵を倒す為に作られたマシンが、あろうことか手首を回して洗濯をしているのですから。


「このまま放っといてシャワー浴びない?」

「そうだね。早く流した方がよさそうだし」


 一度回し始めてしまえば、止める時までコクピットに人が乗っている必要はありません。洗濯はロボットに任せて、みんな今のうちにシャワーを浴びる事にしました。


 そして誰も乗っていないまま手首を回して洗濯を続けるロボットを見て、思わず小夜子は呟きます。


「なんか……シュールだな」


 




「よーし、お洗濯終わり!」

「みんなおっつー」

「お疲れ様です、光里さん」


 全員がシャワーを浴び終わって服を着た後、ロボットが洗っていた服は改めて洗剤を入れて洗濯機にかけられました。


 もう夜になった頃にようやく干し終わり、後は明日に乾いたものを取り込むだけです。


「私のロボット、変なの背負ってるからなかなか活躍できないなぁ」

「まあ普通に仕事に使う分には邪魔だよね〜」

「で、物干し扱いか」


 ちなみにどこに干しているのかというと、光里のロボットのゼクト・オメガ1号機。高い位置の方が乾きやすい気がするからとその腕にワイヤーを結び付けて、そこに洗濯物を干しているのです。


 光里のロボットは背中にごちゃごちゃとした重い機械を背負っていて外せないので普段から活躍できる機会は少なく、こんな事にしか使われていません。自分もロボットに乗って活躍したい光里にとってはちょっぴり残念。


「そうだつくみん、夕飯なんか手伝えることある?」

「今日食べない分のお肉は小分けして冷凍したいから、手伝ってくれると嬉しい……」

「おっけー」


 服も身体もしっかり洗って、後は夕飯の用意をするだけ。一番料理が得意な月美が作って、悠樹がそのお手伝いをするのもすっかり日常になっています。


「あ、フランちゃん。何か話したいって言ってなかった?」

「なんだ。何か面白いことでもわかったか」


 その前に、光里はフランが何か言いたがっていた事を思い出しました。今ならみんなもいるので、聞いてもらうことができます。


「夕飯の後にしておきます」

「そっか。フランちゃんが言いたい時でいいからね」

「ありがとうございます」


 けれどフランは夕飯の後に言いたいみたい。それなら光里も無理強いはしません。今はそのことは忘れて、みんなで夕飯が出来上がるのを待つことにしました。






「お待たせ、夕飯できたよー!」

「鹿のステーキのキンカンソースがけに、ピーマンのポテト焼きを添えてみたの。それと口をスッキリさせるための塩レタス。どう、かな……」

「ちょっ、これ作ったの!?」

「これは元の世界でも普通に贅沢なメニューでは……」


 そうして少し待った後、出来上がった夕飯は間違いなくこれまでで一番と言えるほどに豪華なものでした。あまりに美味しそうなので、みんなびっくりを通り越して見ただけで感動してしまう程です。


「私としてはピーマンがすごく嬉しい!」

「光里さんの好物、ピーマンでしたっけ」

「うんうん! しかもこのマッシュポテトを詰めるなんて、もうたまらないよっ!」


 まずステーキに目が行きますが、光里としてはピーマンのポテト焼きには期待せずにはいられません。ピーマンが大好きな彼女にとってはこれはステーキにも劣らないご馳走です。


「覚める前に食べちゃお〜!」

『いただきまーす!』


 みんなもう我慢できません。手を合わせていただきますの後、一斉にステーキを頬張りました。


「うっは、肉だぁーっ!」

「この味……牛より好きだな私は」

「少し癖はありますが、キンカンソースのおかげでとても食べやすいです」


 久々のジューシーなお肉に舌鼓。野菜と淡白な魚ばかり食べてきたみんなにとって、このガツンとしたお肉の旨味はあまりにも刺激的で絶品でした。


 さらにお肉の美味しさを引き立てるのは、たくさん採ってきたキンカンで作ったソース。そのすっきりとした甘酸っぱさがこってりとしたお肉を食べやすくしてくれています。


「みんなこの付け合わせも食べてみて。肉汁が染み込んだマッシュポテトとよく焼けた甘いピーマンが合わさって……ん〜っ!」

「光里さん、かわいい……」


 そしてやっぱり、光里はピーマンのポテト焼きがたまらないみたい。あまりにも幸せそうな彼女に、フランは思わず見惚れてしまいました。


「このマッシュポテト、挽肉が入っているのか」

「挽肉って言うほど細かくはないけど、切れ端を刻んで焼いて入れてみたの……」


 半分に切ったピーマンにマッシュポテトを詰めて焼いたシンプルな料理ですが、小夜子の言うようにマッシュポテトの中には鹿肉の切れ端を刻んだものも入っています。


 コロッケの中身をイメージして入れたものでしたが、効果は抜群。マッシュポテトからもお肉の旨味が存分に感じられるように仕上がっていました。


「レタス、いただきますね」


 ただお肉だらけでも重くなるので、ここで嬉しいのが塩レタス。これはただ単に塩を振っただけのレタスですが、お口直しにはピッタリ。口の中を一旦さっぱりさせる、お肉料理のいいお供になってくれています。


「ほんっとつくみんの料理って神だわ。嫁にちょーだい」

「え、ええっ!?」

「なら私は光里さんをお嫁にいただきます」

「なんで!?」

「これは私が智実をもらう流れか?」

「巻き込まれた〜!」


 おしゃべりしながら、みんなで食べる豪華な夕飯。そんな楽しい時は、あっという間に過ぎ去っていくものです。


 



 そうして夕飯をぺろりと平らげた六人は、お皿を洗った後も仲良くおしゃべりをしていました。


「肉、マジで美味しいわ〜」

「ピーマンのポテト焼き、あれ本当に大好き!」

「みつりん正直ステーキよりそっちのが好きっしょ」

「あはは……」

「だが確かにあれは美味い。ステーキとはまた違う、ジャンキーで癖になる旨さだ」

「冷凍したお肉もあるから、他も期待していて……」


 やっぱりみんなまだお肉料理の美味しさを忘れられず、お話はそのことで持ちきり。


「とても……とても、美味しかったです」

「ふららん大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


 ですがフランはどこかそわそわした様子。心配して声をかけてくれた悠樹に大丈夫と返すとついに、彼女がずっと言いたがっていた事をみんなに話す時が来ました。


「多分、わかったんです。この星に……地球に、何が起きたのか」


 そう言ってフランが自分のベッドの下から取り出したのはのは、英語で何かが書かれた一冊のノート。


「それは?」

「在日アメリカ軍のとある兵士が残した日記、だそうです」

「日本にアメリカの軍隊がいたのか」


 これもまた、綺麗に包装されて基地の中に残されていた本の中のひとつ。ですがきちんとした書籍ではなく、一見するとただのノートでしかありません。


「正直、書いてある内容はかなり衝撃的でした。英語で書かれていますが……読みますか?」

「うちは気になるかな」

「書いてあることが本当なら、目をそらしても、進めないと思う……」

「お願い、フランちゃん」

「わかりました。では読みますね」


 在日アメリカ軍の兵士が残したというその日記。みんなが耳を傾ける中、フランはその中身を語り始めます。

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