街に出てみよう
「それでは今日の作戦会議を始めまーす!」
よく晴れたある日。光里たちはコンテナハウスの前に置いたテーブルで、今日もみんなで作戦会議です。
「多分これももう百回近くはやってるよね」
「えっ、もしかして飽きた!? 何か工夫した方がいいのかな……」
「そうじゃなくてさ、なんかすっかり日課になったって感じ?」
「わかります。なんだか、もうこれが当たり前の日常になっているような……」
「これも慣れというやつか」
「だね〜」
もうここに来てから数カ月が経ち、作戦会議もすっかりみんなにとって当たり前の日常の一部になっていました。
「ならみんなこの暮らしにも慣れてきたところで、私から提案でーす!」
「おっ」
「なになに」
今の暮らしに慣れたそんなみんなに、光里からの新提案です。
「みんなで街に出てみない?」
「街ですか。確かに行ったことはないですね」
「空港を出ても川に釣りに行くくらいだからね〜」
「もしかしたら使えるゲーム機が……!」
伊丹空港は市街地の中にある空港なので、近くには緑に覆われた廃墟の街が広がっています。これまでは探索はここの敷地内だけに留めていましたが、光里はついに街へと進出しようとしているのです。
「そ、それはわからないけど……これ以上ずっとここにいたって、私たちはきっともう進めない。ここでできることは、やりきっちゃったと思うの」
「確かに釣りと農業はできたけど、これ以上はもう何をすればいいか……」
「そう言われると行き詰まっているようにも感じますね」
「だからいっそ街まで行ってみるのはどうかな。もしかしたらここにはない食べ物や道具が見つかるかもしれないし」
飛行場での農業や、すぐ近くを流れる川での釣り。残された資材を使った建設など、できることはしてきました。ですがここにあるものだけで新しくできることが、もう尽きかけているのもまた確か。何か新しいことを始めるには、街に出るのが一番でしょう。
「何かこの世界の手がかりが見つかるかもしれないからね〜」
「ここが本当に異世界なら、帰る手段があるのかどうかも気になるところだな。流石に街中にはないだろうが」
「うちはさんせー」
「それじゃあ決まりでいいかな。街の外に行ってみよー!」
情報集めも兼ねて、こうして光里たちはついに飛行場の外の街へと出る事を決めました。
「あっ、その前にいいですか?。基地でいい物を見つけたんです」
ですが早速出発しようとした途端、フランがみんなを呼び止めました。彼女が言ういい物とは、一体何なのでしょうか。
そして飛行場の敷地の端、街を目の前に集まったみんなは出発前の最後の準備をしていました。
「ほう、これは」
「鉄砲だ、かっこいい!」
「街に出る前に試し撃ちしてみましょう。絶対に人に向けないでくださいね」
フランが言っていたいい物というのは、両手で持つ程の大きさのずっしりとした黒い鉄砲、アサルトライフルでした。
「ほえー、すっご」
「これM4カービンだよね! 本物!?」
「知ってるの……?」
「FPSのようなゲームによく出てくるんだ。まさかこの世界に実在するとは」
その鉄砲の名前は、M4A1カービン。智実や小夜子が遊んでいたゲームに出てきた鉄砲そのものらしく、二人は実物を手にすることができてご満悦です。
「あれ、引き金を引いても撃てませんが……」
「セーフティ外した?」
「あっ、これですね」
持ってきたのはフランですが、どうやら撃ち方がわからないみたい。智実に教えてもらってセーフティを外すと、フランはきちんと誰もいない方向へ向けてから鉄砲の引き金を引きます。
その瞬間、辺りにパァンと銃声が響き、フランの手には反動が重くのしかかりました。
「すごい、これが本物の鉄砲……」
一度撃っただけでもわかるその威力に、フランは思わずびっくり。そしてこれは、間違っても人に向けてはいけないものだと確信しました。
「これで万が一の時も大丈夫だね!」
「本当にやばい時は走って逃げてロボに乗る、でいいんっしょ」
「みんな、カロリーバーはある……?」
「お水もあるね〜」
鉄砲以外にも街からすぐのところに置いておいた巨大ロボや、持ち運べる食料のお菓子、水分補給の為の水筒の準備もばっちりです。
「準備オッケーだね。それじゃあ行ってみよう!」
そしてついに出発の時。初めての冒険の始まりです。
「本当に廃墟だね〜」
「誰もいない……」
街に入った光里たちはひとまず大通りを進んでいきますが、やっぱり人は誰もいません。かつては賑わっていたように思えるビルは緑に覆われ、すっかり大自然の一部になっています。
「なんだかわくわくするよね、こういうの」
「この冒険って感じ、いいわー」
「武器は剣じゃなくて鉄砲ですけどね」
「いいじゃないかM4カービン。これはこれで王道だぞ」
倒れたビルの瓦礫に阻まれて、脇道から迂回していくことに。おしゃべりをしながら、みんなで楽しく住宅街の道を歩いていきます。
「あーっ!」
そんな中、光里はあるものを見つけたみたい。
「どしたのみつりん。大声出して」
「これ見て!」
「こ、これは……」
「キンカンだよ、キンカン!」
それは崩れた家の前に
「っしゃ、デザートきたぁーっ!」
「もうこれだけで来た甲斐がありますね」
これまでのデザートといえば、あってもミニトマトくらい。缶詰なら桃などもあるのですが、それはあくまで非常食として温存中。それがここに来て、ちゃんとしたフルーツが手に入ってしまいました。
今の暮らしに満足しつつあったとはいえ、やっぱり女の子ですからスイーツへの飢えはみんな少なからずありました。そんな彼女たちにとって、キンカンはまさに大収穫でしょう。
「お、あっちにはビワがあるぞ」
「スイーツが、食べられる……!」
さらには近くに小夜子がビワまで見つけてしまいました。きっと元にこの家に住んでた人が植えていたものが、野生化しているのでしょう。
ともあれ久々のスイーツに、みんな思わず大興奮です。
「せっかくだからキンカン、今みんなで一つずつ食べてみよう!」
「さんせーい!」
早速光里は木からキンカンの果実を人数分の六つ摘んで、みんなに配りました。
「い、いただきます……」
そしてみんなで、恐る恐る一口。そのお味は……。
「あ〜もう美味しい!」
「久々の果物、最高だ」
「ほんとたまんないわ」
飢えていた甘味に、みんなもう大満足。もっと摘んで食べたい気持ちでいっぱいですが、ここはぐっと我慢です。
「この場所、覚えておきましょう。また食べる時に取りに来るということで」
食べ尽くしてしまっては後がありませんから。街のフルーツたちは、必要な時に必要な時だけいただいていく、ということになりました。
「なんかここに来てから何か食べる度に幸せって感じするわぁ」
「それ、わかる……」
そして食べる事の幸せを実感しながら、みんなは先へと歩みを進めていきます。
「静かにしろ」
小夜子の声に、みんなぴたっと止まって物陰に隠れます。一体どうしたというのでしょうか。
「あれは……」
「鹿だ」
フランの問いに、小夜子が答えます。彼女の視線の先にいたのは、一頭の野生の鹿でした。
「お肉だ〜」
「でも流石にあれを捕まえて食べるのは……」
あれを捕まえることができれば、ついにお肉まで食べることができます。ですがここにいるのは非力な女の子六人。とても鹿を仕留めるなどは……。
「できるじゃん」
「あっ」
悠樹のひと声に、光里は思わず声を漏らします。
あるではありませんか。みんなの手元に、自分たちでも鹿を狩ることができる道具が。
「確かに、鉄砲で上手く仕留めれば食べられますね」
「そういう訳だ、悪く思うな罪無き鹿よ。私らの幸せの為に死んでくれ」
そうとわかればなんの躊躇いもなく。小夜子は鉄砲を構え、鹿の頭へと狙いを定めます。そう、全てはお肉の為に。
「ま、まあ今やっちゃったらもう探索できないしまた今度にしよう?」
「そうだな。今は静かにやり過ごそう」
ですが今鹿を狩ってしまえば、すぐに持って帰らなければいけません。それも台車がないので六人で力を合わせて持ち上げて。
そうなれば探索はここで終わり。今日はあくまで街の探索が目的なので、鹿を狩るのはまた今度ということに。小夜子は銃口を下げて、ひとまず今は狩りを諦めるのでした。
「結構奥まで来ちゃったね」
「お店も見たけどなーんもねえし!」
「空っぽでしたね」
「何か使えそうな道具でもあればいいんだが」
その後も街を進んでいきますが、いくつか果物の木や野生動物は見かけたものの目ぼしい新発見はなく、お店の廃墟にもほとんど何も残っていませんでした。
こんなものかな、と思った矢先、みんなの視界で何かが動きました。
「待って、何かいる……」
「隠れて」
今度は光里の指示で、みんな一旦隠れます。
次は鹿かな、猪かな。そんなお気楽な考えは、その姿を目の当たりにしてあっという間に消え去ります。
「おい、何だあれは」
「光る、人……?」
「幽霊にしては、はっきりとし過ぎていますが……」
歩いていたのはここまでに見かけた野生動物ではなく、全身がぼんやりと光る人のような何かでした。それはまるで幽霊のようですが、それにしては随分と姿がはっきりと見えています。
「何、この感じ……」
「わかるよ〜。あれは……ヤバい奴だね」
みんなの本能が警告します。あれは、あの光の人は危険だ。絶対に近付くな、と。
「見つかる前に引き返そう」
「そうですね。賛成です」
あれに見つかる前に、あれと関わり合いになる前に逃げ帰る。みんなあれの危険さを本能で感じ取っているので、それに反対する子は誰もいません。
こうして、思わぬ形で初めての冒険は終わりを迎えるのでした。
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