『つり革のささやき』

やましん(テンパー)

『つり革のささやき』


『これは、フィクションです。特定のモデルなどはなく、あくまでも、大規模な災害は、いつ、どこでも、起こりうるということへの、自己的な意味を含めた警鐘だと受け止めていただければ、幸いです。』 



      🙍🙎🙏🙈🙊🙉



 ぼくには、『つり革のささやき』が聴こえる。


 それは、朝、いつも乗る電車の、2両目にある、特定の『つり革さん』だけからであるが。

 

 電車は、昼間、いつもは1両だが、これは、少し混みあう上り列車の折り返しで、2両編成になっている。


 と、いっても、通勤通学時間帯以外の昼間は、2時間に1本しかないのだけれど。

 


 『ああ、苦しい。だれか、ぶら下がってください。でないと、電車をぶつけますよ。』



 それは、実に悲愴感溢れるささやきである。


 性別とかは、分からない。


 叫んだりはしない。


 ひたすら、静かに囁くだけだ。


  

 ここは、田舎の鉄道であり、昔は栄えたこともあるらしいが、今では、沿線の人口は減るばかりで、鉄道に乗る人は少ない。


 通勤通学時間帯でも、なかなか少ないが、ぼくは、アルバイト勤務で、時間帯が、ちょっとずれることでもあり、また、常に反対方向に動くから、なおさら、まず混んだりはしない。


 だから、大抵は、座れるのである。


 しかし、そんな呟きを聴いて、ほっとけるだろうか。


          🚃

 

 そんなわけで、ぼくは、毎朝、ひたすら、つり革にぶら下がっている。


 帰りには、何故だか、そのささやきは、聞こえないが、車両が異なっているのは、確かだ。




 前の勤務先は、ちょっと高望みして入った、都会地の会社だったが、残業の山を作ってがんばったのだが、結局ついてゆけなくて、やや、うつになり、さらに、内臓も壊して、辞めてしまった。


 仕方がないことだ。


 負け犬とか、言う人もあるらしいが、気にしていたら、切りがない。


 負けることは、悪いことではない。


 闘ったから負けたのであって、逃げたわけではないだろうから。


 まあ、勝手な理屈だが。




 空いているのに、わざわざ、つり革に、ぶら下がっているぼくを、不憫に思い、『あなた、すわりなさいな。』と、言ってくださる年配の方もあったが、『ちょっと、足のリハビリです。』とかいって、誤魔化していた。


 そのうち、なにも、言われなくなった。


 

 ぼくがぶら下がると、そのつり革さんは、深いため息をつくのである。



 『はあ〰️〰️〰️〰️〰️〰️。良かったべ。いずれ、最後は来るさ。』



 それだけだ。


 お礼を言われるわけでもない。


 しかし、休日以外は、ずっとそうである。


 休日にどうなってるのかは、知るよしもないが、休日まで確かめに来ようとは、思わなかった。


 ただし、『あす、あさっては、おやすみだ。』


 くらいは、ささやいてあげるのだ。



        🚇️

 


 で、あるひ、ぼくは、ついに、ちょっとたちの良くない病気になり、しばらく療養となってしまった。


 アルバイトは、おしまいである。


 医療費には大変に困った。

 

 ほかに、助けてくれる人はいなかったし、入院もできないから、自宅療養にした。


 

 療養に入って3週間目に、大雨が降りだして、やがて、あっという間に、まずは、車輌基地が近くの川の氾濫に襲われた。



 幸い、怪我人は出なかったが、鉄道は動かなくなってしまった。


 1両は、何かにぶつかり、どこかに流されたらしい。


 たぶん、あの、つり革さんのいた、車両だったのだろう。


 そんな、気がしたのだ。


 しかし、どこに流されたのか、なかなか、見つからなかったのだ。


 

 その証拠は、事故のあった日の晩に現れた。

 


 まだ、豪雨は続いていたが、自宅の前の小さな川は、上流で閉めきられたためか、水位は下げられていた。それでも、その水位は次第にあがりつつあったが、氾濫までするとは思われていなかった。




 真夜中である。


 激しい雨の音と、危険な雷の音が聴こえていた。



 ふと、あの声が聴こえてきたのだ。



 『ああ、苦しい。だれか、ぶら下がってください。でないと、電車をぶつけますよ。』


 ぼくは、飛び起きた。


 すると、天井から、あの、つり革さんが、ぶら下がっているのだ。


 反射的に、ぼくは、つり革さんに、ぶら下がった。


 

 しかし、理不尽なことに、その治水センターの直前にある、つまり、5キロほどさきの、車両基地前の川と同じ本流の堤防が、ついに決壊したのだ。


 手のうちようがなかった。

 

 洪水が、あたり一面全部を襲った。



       🌧️



 やがて、2日後、ようやく、豪雨は収まったが、町は壊滅的な被害を受けた。


 幸いというか、ぼくの、築50年を越える自宅は、何故だか、倒壊は免れたのだ。


 しかし、自宅の寸前に、電車が1両流れ着いていた。


 ぼくは、2階の天井から、つり革さんに首を挟まれて、ぶら下がっていた。




      🐬🐚🐺🐭🐠🐫🐰

 

 

  


 

 


 

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『つり革のささやき』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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