弾丸と魔法。
青い睡蓮
パラレルワールド
決定論というものがある。簡単に言えば、今起きているすべての出来事はすべて過去の出来事に由来する、つまりこの世界が始まった瞬間からこの世界の
たとえば、サイコロを振ったとき1の目が出る確率は他の目と同様に6分の1である。しかしサイコロのあらゆる物理的状態を観測することができれば、どの目が出るかは決定することが可能だ。これを当てはめれば、世界を構成する粒子の物理情報を知る全知全能の存在がいれば、それは未来も分かってしまう、というわけだ。
しかし、決定論は最先端の物理学論である『量子力学』が登場したことによって否定された。粒子には不確定性、完全な確率事象があるため、完璧に物理情報を知ることはできないとされたのだ。
これは、
存在し得ない
世界の真髄という、この世界で言う波動関数を始めとする法則は、
8月中旬。お盆休みの真っ只中。古来から葉月とも呼ばれるこの月は、青葉が鬱蒼に生い茂っている木漏れ日の、その下でたくさんの蝉が夏の風物詩とも言えよう騒がしい鳴き声、葉っぱ同士が風で擦れあってそれが一体となった音が、森の囁きと化していた。
暁の太陽が西の地平線に沈み始める時間帯。空は夕陽によって茜色や淡い紫色などが美しいグラデーションを奏でていた。昼とも夜とも言えない時間帯。黄昏の時間に、彼こと
車内には彼と同じように夏祭りの開催される神社や河川の最寄り駅に向かう人々でごった返している。浴衣を着て友達とワイワイ話を楽しそうにしている女子高生。大学生くらいのカップル。はしゃぐ小学生くらいの子どもたち。色々な人がこの電車に乗っていた。
線路の切替器が駅直前で連続して、大きな音を立てて車内が揺れる。減速しながら最寄り駅のホームに停車した。扉が開くと一斉に乗客が降り始めた。地方の電車にしては多い方だった。
陽はもうすっかり地平線の下に落ちてしまって、辺りは暗くなり始めると、山の中腹にある神社へと続く石段に沿ってぼんやりとした光を放つ提灯がズラーッと並んでいた。人影も大勢見え、その山の麓にある大きな川の方にも、花火が上がるのを待つ見物客がいるのが伺える。
「あ、いたいた。零耶、久しぶり」
彼の名前を呼ばれ、後ろを振り返ると、下駄をカタカタ鳴らして浴衣姿で駆け寄ってくる彼女、
赤寄りの茶髪で、ポニテのヘアスタイル。三編みもされていて、かなり気合が入っている。化粧も少ししているようで、綺麗だった。普段は滅多に高校に行かないゲーマーで引きこもりがちだが、今日は雰囲気が違った。
「雰囲気、ぜんぜん違うな。似合ってると思う」
「あ、うん……今日は年に一度の特別な日だしね。いくらゲーマーでも夏祭りには行かないと」
早く神社まで行こう、と微笑みながら手招きする。
「……はぐれたらダメだからさ、手繋いで神社まで行かない?」
仄かに彼女は頬を紅潮させて、手を差し伸べる。
「あ、ああ……分かった。いいよ」
最初手を繋いだときは普通の繋ぎ方だったが、彼女はなんだが指をモゾモゾさせて互いの指が重なるように繋いだ。密着度が高くなって、相手の温もりが直に伝わってくる。
「あ、ああー……叶望と一緒にこの祭りに来るの何度目だったけな……確か、中学のときに1回と高校入ってから1回だから、今回3回目か」
「そうだね。3年連続」
歩きながら、彼女は時々耳に髪をかける仕草をする。その整った横顔が妙に艶めかしくて、彼は思わず視線が釘付けになっていると、彼女が一瞥して琥珀色の瞳と目があって、目線をそらす。
山の中腹まで息を少し切らせながら階段を登ると、ようやく大きな鳥居が見えてきた。その奥には、赤い提灯がずらりと並び、様々な屋台が参道に沿って出揃っていて賑わっていた。
「すごい人
「本当だな」
至る屋台を回って夏祭りを楽しんでいると、突然ヒューンと遠くの方から花火が上がる音がすると、空気が破裂するような爆裂音とともに放射状に光の粒が散らばって、夜空を灯した。途端に周りから歓声が上がる。
叶望と零耶も空を見上げた。続けて花火が上がる。彼女も手に綿あめを持ちながら「うわーっ」と感嘆の声を漏らした。花火が夜空を照らすたびに、彼女の顔にも花火の光が俄に当たって、彼はその顔にしばし見惚れる。
「……どっち見てるの。花火を見てよ」
と彼女は照れながら花火の方を指さした。絶えず花火は打ち上げられる。
花火が空に白煙を少し残して一通り打ち上がり終わったが、未だに多くの人が神社の参道周辺の屋台に留まっていた。
ただ、もう遊び尽くした彼らは去年のように神社のそばにある小さな階段を登って、街が眺望できる高台に行こうとした。
「……さ、さあ、いつもどおりあの高台に行こうっ!」
「本当にその状態で行くつもりか?」
「……ん?なんのこと?」
彼女はしらばっくれる。
「いや、今さっきからずっと足引きずっているようじゃないか。なんだ?捻ったのか」
「……うん」
残念そうな不服そうな、ワントーン下がった口調で呟く。
「普段全然歩かないやつがいきなり浴衣で階段登るのは無理だ。登れても、降りれない」
「で、でも……」
彼らが行こうとしている高台は3年前、叶望が教えてくれた隠れ絶景スポットだ。街の明かりや海の穏やかな波に反射する月光がひとつひとつ彼らの視界に集まって、綺麗な光景が見れるところだのだが、案外地元の人にも知られていない、まさに2人だけの秘密の場所なのだ。
そこで景色を見て帰るのが恒例となりかけていたのだが、今年はどうも難しそうだ。
「今年も楽しみにしてたんだよ。この時間、あの場所が唯一ゆっくり話せるのに……」
「まあ、今回は諦めよう。また来年来ればいいさ」
彼はその場でしゃがんで足首を擦る彼女を見かねて、叶望の前で背中を見せながらしゃがみこんだ。
「……俺の背中、貸してあげるからさ、おんぶされとけ。その様子だと、歩くことさえ無理だろうしな」
「うん」数秒おいて、そう叶望は返事すると、彼の首に手を回して体を預けると、ゆっくり立って軽く彼女の体の位置を調整するように上下に揺らす。そして叶望は脚を彼の腰に巻くようにしがみついた。
叶望の胸の柔らかな感触の奥から、心臓の鼓動がトクトクなっているのを感じる。それが自分のものと相まって大きな鼓動と化していた。両手にはふっくらした彼女の太腿が直に乗っていて、妙に艶めかしかった。
「何恥ずかしがってんの」
「いや、そういうもんだろ。こんな状況よくよく考えたら……うん」
その言葉の続きを考えながらも、彼は後ろでニヤニヤしながら頬を赤く染まらせている叶望の顔を想像していた。
(きっと可愛いんだろうな……)
参道にはまだまだ人集りがあるので、行き交う人皆彼らを見て驚いた顔をしながら通り過ぎていく。次第に目の前に神社の朱色の鳥居が見えてくる。その先には街の夜景が見えて、鳥居が窓のようになっている。
零耶は、ふと瞬きをする。その後視界に広がった光景に、脳の思考回路が途切れたように言葉を失った。
神社の境内に行き合う人々で混雑した鳥居のの真下に、異様な雰囲気を纏った女性が佇んでいる。西洋のお花畑の真ん中で住んでいそうなフリルの付いたワンピースを着ているお淑やかな銀髪の女性。先端に十字架のストラップがぶら下がった日傘をさしている。顔は日傘と通行人でよく見えない。
空を見れば、膨大な数の光の点が散りばめられ、天の川のような銀河が星雲に囲まれて彼らの前で輝いている。
辺りは宇宙の音なのか、不穏で山鳴りのような音が木霊していた。
防災無線からは「ズガガガ……」という雑音が微かに流れている。
上空から雨粒のようにホログラムの数字が落ちて、地面に滴るたびに、空間が歪むような波が光の線となって表示される。縦に数字の羅列が完成していく。まるで量子世界を見ているよう。
ものの一瞬の光景で、息が止まったのも束の間、瞼がもう一度瞬きをすると、今さっきの賑やかな参道に元通りだった。それでも、あの幻想的で不気味な光景が脳裏に焼き付いていた。
どういうことだったのか全く分からず暫く放心状態でそこに留まっていると、何かを察した叶望は不思議に思って彼に訊く。
「どうしたの、零耶?急に道のど真ん中で固まっちゃって。……普通に恥ずかしいんだけど」
彼の鼓膜にその台詞は何ひとつ届いていない。放心状態でいる彼に懐疑感を持つ。
「……何かあった?」
そう言って零耶の顔を覗こうとする。が、彼の頬に伝う冷や汗を見た彼女は心配そうに方を少し揺さぶる。
「ね……どうしたの、本当に?なんかおかしいよ?」
それでも反応がない。それでも、背中から伝わってくる彼の心臓の鼓動が速く、強く波打つのが分かった。
動悸がする。目眩がする。彼の視界の中にはもう賑やかな人々もいない。ただあるのは――朱色の鳥居、異彩を放つ女の子、異常なほど輝く宇宙の姿の映る星空、量子数字の雨。
意識が朦朧とし始め、目眩がする中、鳥居の前に佇むその女の子は日傘を持つ反対の手にはいつの間にか銀鱗の光るリボルバー銃が彼に向けられていた。
何がどういう状況かも判断できず、不可解な展開に彼は重たくなる頭をなんとか振り起こしながらそのリボルバー銃の銃口を見る。
だが、ふと、日傘で見えなかった彼女の色白な顔が目に写った瞬間、目を見開いて息を漏らした。
と同時に、銃の引き金が引かれ、銃声が聞こえたかと思うと、一瞬モノクロ風景が広がり突然意識を失ってしまった――
『
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