第37話 黒船

「なるほどー。ってか私のいない間に色々あったのねー」


 種村は腕組みをしながらそう言った。


「そうですね、種村さんが拠点を海外へ移したのは6年前。生活困難者支援法が施行されたのはそれから1年後です」

「なるほどねー。灯台下暗しと言うか何と言うか、我が国らしい随分と陰湿なやり方ねー」

「まぁ、種村さんは行動が大胆ですからね。適材適所って奴ですよ」

「なによー。私が派手な絵にしか興味ない単純バカって言いたいのー?」


 そう言ってふくれっ面をする種村へ江崎は苦笑いを浮かべる。

 確かに、彼女には地道に不正を追いかけるといった地味な行為は向いていない。

 しかし、それは単に向き不向きの話だ、彼女が本格的に戦場カメラマンとして活動したこの数年間。彼女の撮った写真は数えきれないほど世界中を駆け巡り、ピューリッツアー章を受賞したこともあるほどだ。

 極東からやって来た女侍、悲劇を刈り撮る女忍者、カメラを手にしたアマゾネス。等々頭の悪いキャッチコピーには事欠かない。


(先輩はあくまで先輩だ。彼女の戦場はここじゃない)


 その思いを胸に隠し、江崎はふんわりとした表向きの情報を種村へと説明する。


「うん、大体は分かったわ」


 種村はそう言ってパンと胸前で柏手を打つ。


「だったら単純よ、ここが駄目なら外でやればいい」

「え? それはどういう?」

「ふっふーん。駄目ねー江崎君は視野が狭い。国内のマスコミが抑えられてるんなら海外から始めればいいのよ。昔っからこの国は黒船には弱いのよ♪」


 種村はウインク交じりにそう言うとスマートフォンを取り出した。


「えーっと、まぁ畑違いだからIT系は弱いけどー」


 種村はそう言ってスマートフォンに指を走らせる。


「ほい、アメリカの主要紙の編集長の個人アドレス」


 そうして見せつけられたリストは、誰もがよく知る世界一流メディアの名前だった。


「後はまぁ、向こうのインフルエンサーのアドレスとか?」


 するすると出てくる著名人の名前に、江崎はあんぐりと口を開ける。


「まー、これだけあったら十分でしょ」


 そうしてリストアップされた名前は100に及んだ。


「あ……あの、種村さん? まさかこれ全部に?」


 恐る恐る江崎がそう尋ねると、種村は笑いながらこう言った。


「やだもー、そんなわけないじゃない。とりあえずのリストよ、こんなもの全員とくっちゃべってられるわけないじゃない。

 まっ、とりあえずここから半分に絞るとして――」


 と、種村がチェックをつけ始めると、横からいちごが口を挟んだ。


「いえ、お手数おかけしますが、全員とご連絡を取ることは可能でしょうか?」


 その、静かな声に、種村と江崎の動きが止まる。


「……本気?」

「はい、本気です」


 いちごは、種村の目を見てはっきりとそう言った。

 そして、2人が見つめあう事しばし――


「いえ、駄目ね、貴女の覚悟は良く分かったけど、物理的に時間が足りない」

「そう……ですか」

「そう言う事よ。それにね、いちごちゃん、あのバカたちは金の匂いがするものには向こうから寄ってくるの。だから狙うのは上からよ」


 種村はそう言って、次々とリストから名前を消していく。


「まぁこんなところね」


 数分後、リストに残ったのは10名の名だった。


「よし! とりあえずここからよ! さーて私も忙しくなるわねー!」


 そう言って腕まくりする種村へ、いちごが慌てて話しかける。


「いっ! いえ! ご紹介いただけるだけで充分です! 後は私が何とかします!」

「あっはっはー。そう言うわけにはいかないでしょ。乗り掛かった舟よ最後までこの種村さんに任せなさい!」

「いっ! いえ! そこまで甘えるわけには!」


 そう言ってパタパタと手を振るいちごへ、種村は意地悪そうな笑みを浮かべてこう言った。


「ふっふーん。いちごちゃん? 貴女は重要な事を忘れてるわ?

 まぁ、色々いるけど、基本的にあいつら日本語なんてマイナー言語喋れないわ

 いちごちゃん? 貴女英語しゃべれるの?」


 そう言ってニヤニヤ笑う種村へ、いちごは一瞬居を突かれたような顔をして――


『ひゃーーーはっはー! 英語だぁ? んなもん俺様に任せとけ!』


 突如スピーカーから聞こえて来た声に、種村はぎょっとした顔をそちらへ向ける。


『サーバーとリンクした俺様の演算能力をなめんなよ⁉ 英語どころか世界じゅ――』


 と、最後まで語らせることなく、満面の笑みでいちごはノートパソコンをぱたりと閉じる。


「……いちごちゃん? 今のなに?」


 種村の目にチラリと映ったのは、ディスプレイを縦横無尽に動き回る一匹の蜘蛛の姿。

 腹部にドクロが描かれたそれと、目の前の少女のイメージは真反対と言ってもいいものだった。


「あっあれは、試作中のAIでして……」

「ふーん? 随分とまぁ流ちょうに喋るAIね? 新型SNSなんかより、そっちの方が話題性はあると思うわよ?」

「いっ! いえ! まっまだ試作中ですし! 何と言うか……まだ公開できないというか、しちゃいけないというか……」

「ふーーーーーん?」


 尻すぼみになるりんごの言葉に、種村はいぶかし気な視線を向けるが……。


「ん。まぁいいわ。じゃあ言語の問題は無いってことで良いのよね?」

「はっ! はい! 大丈夫です!」


 と、さっぱりと切り替えてそう言った。





 種村の紹介と言う信頼と、15歳の天才美少女プログラマと言う話題性から、10人中10人のアポは取れた。

 いちごの意を汲んだ種村は必要最低限の引継ぎをして、実質的なインタビューはいちごに任せることにした。


 ニコニコとした笑みの裏で、しっかりと自分を値踏みされる事を感じながら、いちごは全力で事に当たる。

 もともとコミュニケーションが得意でない、否、コミュニケーションの機会が人よりも少なかった少女だ。

 モニターの向こうにいる大人たちとのやり取りに精神をすりつぶしながらも、それでも彼女は笑顔を絶やさず戦い続ける。


 新型SNSを作ったプログラマという事で、技術的な事を聞くために専門スタッフが同席するインタビューが半分。

 そして残りの半分はソフトのことよりもいちご自身に焦点を当てたものだった。


 いきなり妖怪だなんだと語っても仕方がない。

 いちごは表に出せる情報を語っていく。

 だがそれは、自身の古傷を錆びたナイフをで切り開くような時間だった。


「あと半分だ、少し休憩を」

「大丈夫です。私は行けます」


 いちごは、江崎が持ってきたコーヒーカップに注がれた玉露をのどに流し込んだ後、キャンディーを鷲掴みしてバリバリとかみ砕く。

 その様子を歯噛みしながら見つめる江崎へ、種村は厳しい口調で語り掛ける。


「種村君? 分かってるだろうと思うけど」

「ええ、分かっています。彼女単独でインタビューを行う事に意味がある。僕みたいな余計な付属品は、彼女の商品価値を下げるデメリットにしかなりえない」


 片時もいちごから視線を外さずそう語る江崎へ、種村は優しい視線を向けたのち、江崎と共にいちごを無言で見つめだす。

 2人の視線を背中へ感じながら、いちごは最後まできっちりとやりぬいた。

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