PLEASUREKILLERS
界外煙
第1話 出会い
静かな部屋の中、窓から心地良い風が入ってくる。まるで廃墟のように閑静で散らかった部屋、そこへふわりと温かな風が通ってはその空気を穏やかで柔らかなものへと変える。
棚の上に飾られた額面、一枚の写真が目に入る。その写真には、優しく微笑む一人の女性と6歳ぐらいの子供が写っていた。
「母さんにお祈りはしたか、ルーグァ」
「うん」
父と思われる一人の男が、額面の近くに立っていた12歳ぐらいの子供の名前を呼ぶと、その子供は表情を変えないままこくりと頷いた。父はそれを見て、その小さな頭に手を置いた。
「ねえ父さん」
ふと、ルーグァと呼ばれた子供が丸い瞳で父を見上げる。
「自分はいつ人を殺せばいいの?」
幼い子供から出た、無惨な言葉。だが父はそれを何とも疑問に思わず、かと言って驚きもせず、当たり前のようにその瞳を見つめた。
父の首に下げたリングのネックレスが、きらりと光って揺れた。
「お前はまだ小さい。その時が来たら、人を殺しなさい」
「そのときっていつ?」
ルーグァは純粋な顔で首を傾げる。黒色の左目とは逆に、右目の赤い瞳に太陽の光が映ってきらりと眩しく光った。
何の濁りもない綺麗な瞳に見つめられ、父はふうと溜息をついた。それから少し黙っていると、しゃがみ込んでルーグァの小さな肩に手を置いた。ルーグァは丸い瞳で、父を見つめていた。
「...ルーグァ。お前は父さんの誇りの子で、父さんと同じ殺人鬼だ」
そう言ってから父は立ち上がると、ゆったりとその場を去って行った。ルーグァは一人、部屋の一点を見つめていた。
父は、殺人鬼だった。
「...ん」
寝返りを打つルーグァが、重たい瞼をゆっくりと開けて部屋を見回す。
夢。いや、幼い日の記憶が脳裏に浮かんでいただけだ。
ルーグァは数回瞬きをしたのちに、眼前にある棚に置かれたデジタル時計を見る。
4月15日、木曜日。時刻は8時12分だった。
ルーグァはベッドから体を起こすと手ぐしで髪をとかし、寝起きでゆったりとした足取りのまま階段を降りる。
下へ降りて洗面所に着くと、水で顔を洗った。冷たい水が、頭と目を眠気から覚ました。ルーグァはその場にあった真っ白なタオルで顔を拭くと、鏡を見て再び手ぐしで髪をとかした。長く艶やかな白い前髪が、赤い右目を隠した。
それから洗面所を後にすると、リビングに繋がる入り口に足を踏み入れた。
「父さんおはよう」
ルーグァが父に挨拶をする。
が、返事がない。ルーグァは訝しんで、再び父を呼んだ。
「...父さん?」
部屋はしん、と静まり返っていた。
18歳の誕生日、父が姿を消した。
何かの用事?買い物だろうか。しかし父が外出をするなんてなかなかない事だ。ルーグァはリビングのソファの真ん中に座ると、じっと動かず父の帰りを待った。
だが。
19時。父は来ない。部屋が少し薄暗くなった。
日を跨いで4月16日金曜日、朝の5時になった。それでもやはり、父は来ない。
部屋中が青黒い夜の色に包まれ、明るくなった外の光が窓から差し込み、物悲しい雰囲気を漂わせている。ルーグァは待ち疲れ、心が折れ、ソファに小さな体を横たわらせてただ一点を見つめていた。
ルーグァの心は、暗雲に飲み込まれたように暗く落ち込んだ状態になっていた。
誰からも生まれてきた事を祝ってもらえない日なんて誕生日じゃない。
誕生日なんてこなきゃよかった。
思考は、ますます嫌な方向へと巡る。
生きている意味ってあるのかな。
そう思い、ルーグァは長い睫毛を閉じた。
と。
きらり、とテーブルの上で何かが光った。
「...?」
ルーグァは不思議そうに体を起こして、その光るものへ手を伸ばした。
暗がりに手をふらふらと彷徨わせ、それを掴んで間近に見る。
「父さんのネックレス...」
きらきらと輝くそのリングに心を奪われるように、ルーグァは呟きながらそれを見つめる。
と、ルーグァは目を見開いて思考した。
自分が生きてる意味ってなんだろう。
父さんはどうして自分を育てたんだろう。
父さんは殺人鬼。
自分は殺人鬼の子ども。
どうして殺人鬼として育てられたんだろう。
父さんからその話は聞かされてない。
自分が殺人鬼として育てられた理由って何?
ぐるり、ぐるり、思考は回ってそれからぷつりと何かが弾けた。
「...探さなきゃ」
ルーグァは決心したように、意志のある声で呟いた。
ルーグァは先程手にしたリングのネックレスを、父が昔していたのと同じように首から下げた。そして母から貰った黒いリボンのような髪留めを付けて髪を結い、黒い上着に袖を通した。それから肩下げの鞄に財布を入れると、勇気をみなぎらせた瞳で前を向く。
夜が明けてから、ルーグァは家を出た。
街を歩いて父について聞いて回った。相手にされない事もあったが、諦めなかった。しかし父の手がかりは何一つとして見つからなかった。数少ない所持金もどんどん減っていった。
父の行方を追って、気付けば4月22日木曜日の夜。父を探してから6日が過ぎていた。
「疲れた...」
ルーグァは道端で、歩き疲れて痛む足を止めた。
所持金を数えるために財布の中身を確認したが、1円玉が2枚と5円玉が1枚しか入っていなかった。
「お金.....昨日で全部使ったんだっけ」
ルーグァは絶望したように呟いて、虚しい財布の中を見てそれから鞄にしまった。
お腹も空いた、喉も乾いた。これからどうしたらいいんだろう。
ルーグァは溜息をついた。希望が見えない、諦めるしかないのか。
その時。
「!?」
突然後ろから何者かに口元を押さえられ、力強く引っ張られた。ルーグァはなす術もなく、ただ引っ張られるままだった。
真っ暗な視界。そこには、どこからかざわざわと誰かが話す声が聞こえる。何を話しているのかは分からない。ルーグァはうっすらと意識を取り戻した。
「(夕方?日付が変わるまでずっと寝てたのかな。誰かが喋ってる)」
ルーグァはうっすらと目を開けると、眩しい光が細まった目に差さる。この時は、4月23日金曜日、夕方になっていた。
どこからか聞こえていた話し声は、だんだんと大きくなっていた。耳をつんざくような、大勢の、騒がしい話し声。
「(うるさい、耳が痛い...何が起こって_)」
ルーグァは耐え切れなくなり、その瞼を開けた。
そこには。
「さァ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今日はコキ使いやすいような女が手に入ったぜ!さァ買った買った!」
街の真ん中。ルーグァはやや筋肉質の商人の中年男に、その小さな肩を両手で抱かれていた。そして男は明るい声で、どこへともなく叫んで客寄せをしていた。
「.....え?」
ルーグァの顔に、大量の冷や汗が吹き出た。
「(これ、一体どうなってるの.....?)」
ルーグァは震える体で、ゆっくりと辺りを見渡した。そこは見た事も来た事もない場所で、他の男や女が同じように客寄せしているのが見える。食べ物、衣服、仕事に使うような道具等、沢山のものが売っている。
が、"人"を売っている所などどこにもない。売りに出されている"人"はルーグァだけだった。
ルーグァを抱いている男は、両耳につけたピアスをチャリ、と揺らしながら軽い調子で呼びかける。
「顔立ちのいい綺麗な目をした女だよ!どう使うかは買った奴の自由だ!早い者勝ちだぜ!早めにいらっしゃい!」
ルーグァは目を見開いた。
駄目だ。
こんな事になっていては駄目だ。何をされるか、どうなるか、分からない。ただ助からなきゃ。
「た...たすけて」
ルーグァは身をよじって逃げようとした。
が。
「暴れんなよ、大人しくしろ」
男の力は非常に強く、ぐっと肩を掴まれて華奢なルーグァは身動きが取れない。
「いやだ...!」
それでもなお抵抗を続けるルーグァ。
しかし。
「っづ!」
男はルーグァを離したかと思えば、その頬を思い切り叩いた。ルーグァの色白な頬には、赤く生々しい痕が残った。
男はルーグァを見下ろしたまま、低い声で脅すように言った。
「大事な売り物に傷はつけたくなかったんだが...次暴れたらタダじゃ済まさねえからな。分かったら売り物らしくしとけよ」
ルーグァは俯いたまま、ただ黙っている事しか出来なかった。いや、恐怖に声も出なかった。
「(嫌だ、逃げたい、こんな人と一緒は嫌だ、助けて、誰でもいいから、早く、助けて)」
体が震える。心臓がうるさく鳴っている。頭が真っ白で、何も考えられない。
どうなったら助かる?何をしたら助かる?
ここでずっと、こんな風に、殴られるのかな。
誰か__。
その時。
「その商品」
ふと、ルーグァと男に声がかかった。
その自信に満ちたような男の声に、男は視線を向けた。
「私が買おう」
そう言った男は、艶やかな長い黒髪を後ろに結って黒いサングラスを身につけ、シャツにネクタイを結んで黒いロングコートを着た黒尽くめの容姿だった。どこか気品のある雰囲気と見る者を圧倒するような出で立ちだった。
「...!」
その男を見て、ルーグァの胸はドクンとなった。何故だか、この男からは怪しい雰囲気を感じなかった。
「ありがてえ!いいのかいお客さん!」
商人の男は嬉々とした様子で、その男に聞いた。
男は頷くと、右手を開いて肩をすくめて笑った。
「丁度人一人欲しかった所でな。困っていたので助かったのだよ」
ルーグァはごくりと唾を飲んだ。この人はたぶん、きっと、大丈夫な人。今いる男の人より、ずっと。
そう思ったのも束の間。ルーグァはぐいと商人の男に肩を抱かれた。
「ただ安いもんじゃねえぜ。こいつは代物だからかなり値が張るが...」
どうやらこの商人は金が目当てらしい。普通に売るよりもずっと高い値段で売って相手を困らせようとしているのだ。
黒尽くめの男はそれを聞いて暫く黙っていたが、やがて口角を上げてふふんと笑った。
「ああ、金なら.....」
それから徐にロングコートの内側に手を入れると。
「これで足りるだろう?」
突如ばさりと紙のような音がしたかと思えば、空中に大量の万札がふわりと舞った。金をばら撒いたその男はにやりと笑っていた。
商人の男は信じられないといった様子で呆然としていたが、やがて子供のような笑顔で札を拾い集め始めた。
「うっひょー!!足りる足りるぜ!毎度あり!」
その様子を見て、ルーグァは呆然としていた。
すると。
「ついて来たまえ」
男が、ルーグァに呼びかけて歩き出した。何やら路地裏に入ろうとしている。
「あっ.....」
ルーグァははっとして、その後をひょこひょこと追いかけた。
薄暗い路地裏。時折丸々と太った鼠がチュウと鳴いて、足元を駆けて回る。
黒い長髪が靡く背中を、ルーグァは必死について行く。
と。
「貴様、先程女だと間違えられていただろう」
衝撃的な言葉に、ルーグァは息を呑んだ。
そう、ルーグァは男なのだ。中性的で美しい顔をしているため、幼少の頃からよく間違えられていた。
そんなルーグァは驚いた様子で問いかけた。
「...!なんでそれを...」
「私の勘なのだよ」
その答えに、ルーグァは首を傾げた。勘で分かるものなのか。もしかして超能力者?いやいや、そんな訳はない。ルーグァは頭の中で色々と妄想をしたが、頭がこんがらがりそうになりすぐに止めた。
「貴様、名は何だ」
不意に、男が問いかける。
「ルーグァ、です。えっと、あの、あなたは一体......」
「私の名はオズマだ。詳しい事はのちに話す、それまで許可無く喋るな」
オズマと名乗った男は、ルーグァの方を振り向いて言った。急に冷たげに言うオズマの言葉に、ルーグァは少しだけ身を縮こめた。
「......は、はい」
そう小さく返事をして黙り込み、小さな歩幅で大きな歩幅のオズマについて行った。
「(こんな暗い路地あったんだ。どこまで繋がってるんだろう。オズマさんはどこに向かってるんだろう.....)」
と。
「いたっ」
急に立ち止まったオズマの背中に、ルーグァは不注意でぶつかってしまう。痛がるのも束の間、ルーグァは目の前のものに目を見開く。
そこには、大きな倉庫のようなものが建っていた。
「(ここって.....?)」
ルーグァがそれを見上げて訝しむ。そうしている間に、オズマが錆びれた重たそうな扉を開けた。
ギィ、という重たい音が響いて、全貌が明らかになる。
そこには。
「お待たせみんな!今日は集まってくれてありがとう!早速、デスゲームのプレイヤー確認を始めるよ!」
ドアを開けた先には見知らぬ人々が沢山いた。上から吊り下がる黒いモニターから、突如聞こえるアナウンス。その声は、加工されて高くなっている。
広い内装だが、家具や置き物等は何も無く大勢の人で溢れかえっている。
「デス...ゲーム.....?」
ルーグァは戦慄した。デスゲームだなんて聞いていない。ここで死ぬのか?生きて帰れないのか?
「今回デスゲームに参加するのは...アンヘル!インセイナー!インサニティーズ!イル!バッド!キルキル!アナセマ!ユートピア!そして......」
加工された声のアナウンスでチーム名が次々に呼ばれた。みんな怖がる様子も焦る様子もなく、スリルを楽しむような笑顔で佇んでいる。
「プレジャーキラーズ!」
そう呼ばれると、オズマが凛とした姿勢で笑った。あまりの衝撃的な事に、ルーグァは驚きを隠せなかった。
「...!?」
オズマがゆっくりと振り返ってルーグァを見つめ、不敵に笑う。
「紹介が遅れたな、ルーグァ。"私達"はこのデスゲームのプレイヤー」
そう言うとオズマは数歩歩いたのち、立ち止まっては手を広げた。その後ろには、8人の人影が並んでいる。
「ようこそ、プレジャーキラーズ、"愉快な殺し屋"へ」
「プレジャー、キラーズ......」
ルーグァの目は、自然と輝いていた。並んでいる9人を見て、何だか感動した。まるで映画のヒーローが集結した時のような。
これが、ルーグァとプレジャーキラーズの出会いだった。
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