第25話 ポリスリザーブ
グレド大陸を出発して、またしばらくの航海の末に俺たちを乗せた船はようやくアルデア領へと到着した。
あぁ……長かった……けど、ようやく帰ってこれた……。
もはや懐かしさすら感じるウルネアの港。
港ではまたもやどこで聞きつけてきたのか、民衆たちが追う勢集まって来ており船尾で手を振ると相変わらず女性からの黄色い声援が帰ってきた。
やっぱり俺にはショタ的な何かの需要があるっぽい……。
まあ、中身はおっさんだけどね。
ということでリーアとともにタラップを下りて無事アルデア領に着地すると、フリードが出迎えてくれた。
「ローグさま、お勤めご苦労様でした」
そう言って俺に深々と頭を下げるフリード。
いや、だから懲役明けみたいな出迎えかた止めてくれないですかね……。
「フリードこそ、留守の間、政務ご苦労だったな」
「いえ、これが私の与えられた仕事ですので……」
「いや、まあ、そうだけどさぁ……」
こうやってフリードに政務を任せられるからこそ、俺は外遊することができるのだ。
フリードには感謝してもしきれない。
本来ならば、一週間ほど休みをとって疲れを癒やして欲しいところだ。
が、
「フリード、さっそくで悪いのだけどグラウス海軍大将を謁見の間に呼んでくれ」
フリードにはもうしばらく働いて貰う必要がある。
本当ならば俺も一週間ぐらい自宅のベッドでゴロゴロしていたいけど、そうもいかないのが辛いところだ。
そんな俺の言葉にフリードは嫌な顔一つせず「承知いたしました」とまた俺に深々と頭を下げた。
※ ※ ※
馬車に乗り換えた俺は城へと向かう馬車に揺られながら、懐かしきウルネアの街を眺めやる。
出発前までは修繕工事で街中大忙しだったウルネアの街だったが、工事もかなり進んだようだ。
今では街は平穏さを取り戻していた。
そういえば……馬車の揺れもかなりマシになっている。
窓から地面を眺めやる。
どうやら石畳を全て張り直されているようだ。
うむ、素晴らしい……。
ということで公共事業の大切さを実感していると、馬車は城へと到着した。
それから素早く昼食を済ませると、フリードに連れられて謁見の間にやってくる。
レイナちゃんはすでに謁見の間にやってきていた。
跪く彼女を横切り玉座へと向かおうとしたのだが、彼女を横切ろうとした瞬間に彼女のお腹がぐぅ……と鳴る。
ん?
レイナちゃんを見やると彼女は頬を真っ赤にしたまま俺から顔を背けていた。
「も、もしかしてまだお昼ご飯食べてないの?」
そう尋ねると彼女はそっぽを向いたままコクリと頷いた。
あ、なんかごめん……。
多少の罪悪感を抱きながらも、俺は玉座へと腰を下ろすとできるだけ要件を手短に伝えようと口を開く。
「端的に言うとアルデア領内にポリスリザーブという治安維持部隊を新設したい」
そう端的に伝えるとフリードとレイナちゃんは首を傾げた。
そして二人を代表してフリードが口を開く。
「治安維持部隊……ですか?」
「ああ、今アルデア軍が担っている治安維持を、このポリスリザーブという組織に一任してアルデア軍には国防に専念して貰いたい」
アルデア軍に治安維持を任せるのは、それだけ国防が手薄になることを意味する。
もちろん、治安維持も大切な仕事であるが、わざわざそれをアルデア軍の兵士に任せる必要はないのだ。
「フリード。退役軍人や予備役の兵士たちを集めて、一日でも早く彼らを組織化して欲しい。あとは街中で隊員募集の張り紙を出して体力のある者を雇ってくれ。グラウス海軍大将にはポリスリザーブのトップに付いて欲しい。これは指揮系統がバラバラになってアルデア軍との連携が取れなくなるのを防ぐためだ」
そんな俺の言葉にフリードはしばらく黙り込んでいた。
そして、
「お言葉ですがローグさま……」
フリードは訝しげに俺を見やる。
「そのポリスリザーブという組織はアルデア軍となにか違いはあるのですか?」
「全く違うぞ。ポリスリザーブはあくまで治安維持部隊だ。国内での犯罪などを取り締まるための組織だ。あ、そうだ。グラウス海軍大将。素人を最低限働ける兵士に育てるためにはどれぐらいの訓練期間が必要だ?」
今度はレイナちゃんに顔を向ける。
レイナちゃんは俺の質問に少し困惑したように首を傾げたが、
「予備役であれば月に一度ほど訓練をしているので問題ないかと。素人であっても3ヶ月ほどブートキャンプにぶち込めば、最低限歩兵として戦えるとは思います……」
「ローグさま」
と、そこでフリードが口を挟む。
「お言葉ですが、ローグさまのお言葉を聞く限り、やはりそのポリスリザーブという組織は実質的には軍と同じかと……」
「だろうな。だけどポリスリザーブはあくまでポリスリザーブだ。軍ではなく治安維持のための組織だ」
「そのような組織を新設することは、いたずらにクロイデンを刺激することになります。いくらローグさまが軍ではないと申されましても、国王はそのようには考えないかと」
要するにフリードはそんなはったりは国王に通用しないと言いたいのだ。
もちろん、そんなのは俺だって百も承知だ。
「フリード。俺は建前は案外重要だと思う」
「ローグさまのお言葉が理解いたしかねます」
「単にアルデア軍を増強することはクロイデン王国に対して正当性を主張することは難しい。だけど、治安維持部隊の新設は建前上、クロイデン王国に正当性を主張することができる」
「失礼ながら、それは屁理屈かと。王国を挑発しているにすぎません」
「そうだ。俺は王国を挑発しようと思っている」
その言葉にフリードは目を剥いた。
「なにゆえそのようなことを……」
「王国は近いうちにグレド大陸を侵略するつもりだ」
「それは事実なのですか?」
「少なくとも俺が調べたところは事実だ。それに王女から裏もとってある」
まあ俺が確信した理由はゲームでラクアの父親が死ぬからなんだけど、そんな説明をしても理解されないから濁しておく。
「王国はグレド大陸の宝石を狙っている。けど、アルデア領としてはこのクロイデンの動きは都合が悪い。クロイデン王国がやっていることは俺たちの貿易の妨害だ。これでアルデア領から兵を出せなんて言われたら、俺たちの努力は水の泡だぞ」
「ですが、それと王国の挑発に何の意味が」
「クロイデン王国の意識をグレド大陸からアルデア領に向けさせる」
「陽動ということですか?」
「まあ、端的に言えばそうだな。そして、もしもクロイデン王国がアルデアに何かしらの攻撃をしかけてきたときは、アルデア領とグレド連邦の軍事同盟が効力を発揮する」
「っ…………」
俺の言葉にフリードは絶句する。
が、しばらくすると言葉を選ぶように眉を潜めてから口を開いた。
「ローグさまは、戦争をされるつもりですか?」
まあ、そう思われてもしかたがない。
が、それは違う。
「逆だ。これは戦争をしないための軍事同盟だ。クロイデン王国は背後から刺されるかもしれないリスクを負ってまで、グレド大陸に侵攻しようと思うだろうか?」
「なるほど……。ですが、それはいささかアルデアにとってリスクが高いのでは……」
「リスクは高い。けれど、放っておけばクロイデンはグレド連邦に侵攻し、戦争になる。そうなったらアルデア領だって戦火に巻き込まれないはずがない。それならば俺はグレド連邦という最強の抑止力を使うことにする」
そんな俺の言葉にフリードは黙り込んでいた。
だけど俺はフリードに考える隙を与えさせない。
「これから会議室に移動して、ポリスリザーブの具体的な組織作りと法整備を行おう。フリード、書記官を連れてきてくれ」
俺には時間がないのだ。
一分一秒でもポリスリザーブを組織化しなければいけない。
俺は玉座から立ち上がると、謁見の間を後にしようとした。
が、そんな俺をレイナちゃんが「ローグさま」と呼び止める。
足を止めてレイナちゃんを見やる。
「なにか不明なことでもあるのか?」
「い、いえ……」
「なら、どうした?」
「あ、あの……」
と、彼女はなぜかお腹に手を当てると恥ずかしそうに頬を染めた。
「その前にお昼ご飯を食べてきてもいいですか?」
あ、ごめん……完全に忘れてたわ……。
ということで、会議は2時間後に開催されることになった。
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