第2話 それで、そちらの方はどちら様でしょうか?

あの後、数十枚の白い厚紙を担任から貰ってそのまま教室に戻り、お昼過ぎになっても他の班と一緒になって、メニューに載せる食べ物や飲み物の写真を撮ったり貼ったり、書道部に足を運んでメニュー表の表紙の文字を綺麗に書いてもらったり、机椅子のセッティング、教室内の飾り付け、廊下の宣伝看板の作成などなど⋯⋯。

気がつけば、夕日がお空にこんにちわしてる時間にまでなっていた。


午前からずっと体を動かしていたものだから、もう肩や腰にヅキヅキと痛みが走り、全身疲労が溜まりに溜まって。

でも今朝、中溝に誘われたことを思い返すと、自然と体が楽になるような感覚になり⋯⋯。

そんなこんなでなんとか半日で、班の雑用仕事はこれにて終了。

感想としては、うん、全然雑用じゃねぇじゃん、時給も発生するぐらいの労働じゃん、ですね、はい。

とまぁ、これで仕事は終わったわけだし、さてと帰ろうかと、鞄を肩にかける。

そして、残って作業する生徒をおいて先に教室を出て、すぐ曲がると、中溝となんか顔も見たことない知らん男が並んで俺を待ってましたとばかりに、手を振ってご歓迎。

え、誰だよ、この爽やかイケメンだけど友達の彼女平気で口説いて寝取りそうな男。

⋯⋯と、偏見を呟いたところで。


「のーじくんっ、待ってたよ」


「おぉ、どもっ」


言いながら、目線を横にずらして、あなた誰なんですかさっさと挨拶込みで説明してくださいと視線で問う。

すると、その男、中々に察しがいい。どこかさんの誰かとは違って⋯⋯。


「あっ、どうも初めまして。愛香の友人で同じクラスの松永友哉まつながともやです。よろしく」


「あ、ちゃす。⋯⋯俺も、友人です」


小声で俺がそう呟くと、なぜだか男がくすっと鼻で笑った。

一瞬失礼なやつだなと思ったが、でも、そのニュアンス的には、小馬鹿にしているようなものではなくて。


「すみません⋯⋯っ。ほんとだ、愛香の言った通り、面白い子だね。ぷっ⋯⋯『俺も友人です』って⋯⋯⋯⋯っあははは」


「⋯⋯⋯⋯っ?」


急に目の前でけたけた笑われて、困惑する俺に、中溝が私から説明しますねと言葉を挟んでくる。


「さっきさ、ともくんに野地くんのこと言ったんだぁ〜。そしたらともくんも会ってみたいっていうから。でも、なんかツボに入っちゃったみたいだねぇ〜」


ともくん呼びは⋯⋯とりあえず置いといて。


「あぁ、そゆことね。はぇ」


「ごめんね、びっくりしたよね」


「っうん、まぁ」


なんだ、先にそっちを説明してくれよ。びっくりしたなぁ。

本物のやばいやつ来たかと思ったじゃん⋯⋯。

俺と中溝が会話していると、松永が目尻に溜まった涙を指で拭き取りながら。


「野地くんっ、だっけ? 君面白いなぁ。僕と友達になろうよ」


「っえ、距離感の詰めかたがおかしい。いやまぁ別にいいけど⋯⋯」


「ほんとっ! わぁ、やった!」


「あぁ⋯⋯どもども」


俺の本音のこもった言葉なんて松永は聞いてそうにない反応で。

またしても急に、俺の手をまあまあな強さで握ってきては、ぶんぶんと振るい。 

それに俺は、肩の力が抜けてなんともいえない表情になってしまう⋯⋯のも無理ないよね。

と、そこで中溝がはいここで注目と、ぽんと小さく手を打ち。


「それで、野地くん決めた?」


「何を?」


「文化祭どこ回るかだよー」


「⋯⋯っえ、いや、全く決めてないけど。というか、当日考えようかなって」


「えぇええ」


うぇっと口を歪ませる中溝に、松永が横であははと薄く笑みを浮かべる。


「どのクラスもだいたい出し物の看板作って置いてるから、見ればよかったのに」


「え、そうだったの?」


「うん。例えばほら、あそこのクラスの看板とか」


松永が目に入ったクラスを適当に指差し、そちらを見てみると、そのクラスの前に置かれた看板には『フルーツてんこ盛りクレープ屋』と書かれていた。

かなり文化祭準備に使命感抱いてやってたから、あんまり気が付かなかったが、結構どのクラスの看板も、デザイン完璧で本当のお店屋さんぽい。


「⋯⋯おぉ、クレープ屋」


「多分、明日になったらもっと各々のクラスの看板出してると思うよ。だから明日、校内少し回ってどこ行こうか決めといてよ」


「⋯⋯⋯⋯ん?『決めといてよ』って言った?」


松永の最後の言葉に俺は耳を疑い、もう一度聞き返してみると、松永は小首を傾げて知らん顔。

こいつ、さては⋯⋯。


「っえ? 僕なにかおかしなこと言った?」


「⋯⋯いやさ、まさかだけど、文化祭一緒に来る感じ、すか?」


「うん。そうだけど」


「あ、野地くんごめん、言ってなかったね。えへへ、忘れてた」


「⋯⋯⋯⋯」


俺があまりのショックでフリーズしていると、中溝があはと苦笑して申し訳半分にぺこりと頭を下げる。

まさか、中溝と二人っきりで行くと思っていたイベントが⋯⋯急なゲスト(松永とかいう奴)の登場によって、一瞬でなくなるとは。

あぁ、もうなんか、文化祭とか諸々少しだけどうでもよくなってきた⋯⋯って、俺が落ち込みかけてるというのに、この二人、めちゃんこ楽しそうにしていて。

⋯⋯まぁ、いいんだけどね。別に。誰かと文化祭回れればもうそれでさ。うん。

と、ポジティブ思考ポジティブ思考と自分に言い聞かせ、なんとかテンションガタ落ちを避けたところで。


「⋯⋯とりあえず、明日校内回って探しとくけどさ、俺だけがそんな決めちゃっていいの?」


「僕はいいよ。というか、そういうどこ回るか計画するの、あんま得意じゃないし」


「うん、私もともくんとほとんど理由一緒。けどシンプルに野地くんがどこ行きたいのかっていうのが気になる、かな」


「いや、別に特別面白いところなんてないでしょ。高校の文化祭だよ」


「そうだけどぉ〜、気になるのー」


「あっ、そぉ⋯⋯」


二人に了承も得られたことだし。とりあえずは何すればいいか決まったな。


「⋯⋯愛香、もうこんな時間だし、そろそろ行こ」


「えー、もぉ? はーっ、時間経つのは早いなぁ」


松永が腕時計を確認して急かすようにそう言うと、中溝が露骨に嫌そうな表情を湛える。

けど、そんな億劫そうな態度の中溝に気にせず。


「じゃっ、僕たち行かなくちゃいけないとこあるから。楽しみにしてるよ、野地くん」


「ばいばーい野地くん。また明日ね」


「⋯⋯お、わかった。じゃあな」


言うと、二人は慌てたように駆け足でこの場から去っていき。

中溝と松永二人だけでどこに行くのか気になりつつ、俺は俺で何も急ぐことなく、ゆったりと帰るのだが。

階段をたったったと降りて、立ち話をする生徒がちらほらといる中、ちょうど昇降口で靴を履き替えていると。


「っあ、せんぱ〜いっ、今帰りですかぁ〜?」


「⋯⋯うげぇっ! 平山っ!」


「ちょっと〜、なんですかその「クッソなんでこんなところで出会しちまったんだっ! けえぇっ!」みたいな反応〜」


「いや、そこまでは思ってないけど⋯⋯」


「えぇ〜ほんとですか〜? ならいいですけどー」


「⋯⋯⋯⋯うん」


この、ギャルっぽさ薄めのあざとさ濃いめな喋りかたの後輩、平山結衣ひらやまゆい、ちょっと苦手なんだよなぁ。知り合いだけどさ。

でも容姿はすごい良い。ポニテで顔も体も全体的にちっさいし、目は中溝と比べるとパッチリしてるし、鼻筋もとおって綺麗だし。

⋯⋯ただねぇ、性格がなぁ。ちょっと合わないし、しかも今、この疲れてる時にこいつはダメっしょ⋯⋯。

ため息を吐きたいのを我慢していると、途端に平山が大人しくなり始め。


「あの、たっつー先輩」


「⋯⋯ん、なに」


その、平山にしてはテンション普通の声音に、恐る恐る反応すると、これまで見たことない真剣な顔付きで。


「——ちょっと、お時間あったりしませんか⋯⋯」


そして、そのテンション馬鹿高なキャラに似合わないことを口にして。

それに俺は、つい先ほどまでちょっぴり引いていたにもかかわらず、なぜだかそんな彼女を、心のどこかで気にしているのか、彼女のその真剣な眼差しを受け止めていた。








































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