第17話

土曜日。

守流まもるは午後、一人で用水路に来ていた。

拓人たくとは部活だ。


「体育大会? それって、かけっことかするやつ?」

「そう、それ」

「まつりだ! 楽しいな!」


食べている饅頭が口から飛び出しそうな勢いで、喜八きはちが言った。


今日出掛けようとしたら、母さんが「おやつあるわよ」なんて言って、粒あんの饅頭を渡してくれたのだ。

我が家は饅頭はこしあん派ばかりなのに、粒あんの饅頭なんて、絶対母さんは喜八の為に買って来たに違いない。


そう言ったら、喜八はまた身体をくねくねしながら、くふふと変な笑い方をしていた。



「まつりかなぁ? 正直言って、ちょっと面倒くさいんだけどな……」

「そうなのか? かけっこ! 競争! 楽しいよ! オレもかけっこしたいなぁ」


喜八がそう言うので、守流は目を瞬いた。

水から離れたら、喜八は干からびてしまう。

かけっこなんて、きっとしたくても出来ない。


「走ってみたいの?」

「うん! かけっこ好きだ! 仲間がいるときは、水の中でかけっこしたよ。いつか俺も姿がなくなったら、また皆と走るよ!」

「……喜八、寂しいの?」


守流は思わず聞いてしまった。


喜八のことをずっと覚えているから消えるなよと、以前に言った。

その気持ちは変わっていない。

けれど、仲間は皆姿を消してしまって、喜八は一人きりだ。

その状態を望むのは、もしかしたら、喜八にとっては辛いことなのだろうか。


「寂しくないよ。だって、見えなくても皆はいるもん。それに、マモルもタクトもいる!」


守流の心配をよそに、喜八はへへへと笑い、口の端に付いていたあんこをぺろりとなめる。

守流達がいるから寂しくないと言われて嬉しく、少しホッとした。



「ねえ、マモル、体育大会がんばってね! 仲間と一緒に何かするの、きっと楽しいよ!」

「そうかな?」

「うん! オレ、応援してるね!」

「……ありがと」


守流は素直に頷いた。


正直に言えば、まだちょっと面倒くさいと思っていた。

保護者はたくさん参観に来るし、恥ずかしいのだ。

しかし、喜八に真正面から応援されると、頑張ってみようかという気持ちも湧いて、なんだか不思議な感じだった。





月曜日。

放課後になって、帰るためにカバンに教科書を詰めていた守流の所に、木戸朝美きどともみがやって来た。


この間のことは朝一でお礼を言われていたので、もう近寄る用なんてないと思っていたのに、何だろうと思って顔を上げる。


門脇かどわきくん、あのね、お願いがあるんだけど……」

「なに?」


朝美は少しばかり躊躇ためらった様子だったが、思い切ったように言った。


「体育大会の実行委員、私と一緒にやってくれないかな?」

「え? 原田は?」

「原田くん、生徒会の方でやっぱり忙しそうだし…、出来ればもう少し一緒に頑張ってくれる人が相方になってくれた方が、私も助かるんだよね…。門脇くん帰宅部だって言ってたし」


ちょうど頼みやすい奴を見つけたということか、と守流は思った。

それが顔に出ていたのか、朝美は軽く頭を振って付け加える。


「あのね、この前門脇くんに手伝ってもらった時、すごく嬉しかったんだ」

「え?」

「くじ引きで押し付けられたと思ってたから、委員なんて、正直ちょっと面倒くさくて嫌だったの。でも、こんな風に前向きにやってる人がいるんだから、頑張ってみようかって思えたんだ。だから、一緒にやってくれないかなぁって……」


守流はぽかんとした。

あの日、教室に朝美一人を残して帰り辛くて、仕方なく手伝った。

決して前向きに手伝ったわけじゃない。

それでも、彼女には自主的に手伝ってくれたように感じたのだろうか。



「……やっぱり、駄目だよね?」


何も言わない守流を前にして、朝美はおずおずと言った。


やりたい人がいないからくじ引きで決めたのだ。

快く引き受けてくれるとは思っていなかった。


「…………いいよ」

「え? え!? いいの? 放課後、すぐ帰れなくなるけど、大丈夫!?」


朝美は驚いたように目を見開く。

守流は思わず笑ってしまった。


「自分から頼んできたのに、今更そんなこと言うの」

「あっ、ごめん。でも嫌がるかもしれないって思ってたから」

「まあ、面倒くさいとは思ってるけど……」



一昨日自分も、面倒くさいとは思うけれど、喜八が応援してくれて頑張ってみようかと思った。

誰かの応援や心遣いは、少しばかり心を温かくするのだ。

自分の行いが、朝美他人にとってそういうものになることもあるのだと知り、守流は何だか変な気分だった。


でも、決して嫌なものではない。

むしろ、ちょっぴり嬉しい。



「いいよ、原田と交代して、僕がやる。よろしくね、木戸さん」


守流の言葉に、朝美は嬉しそうに笑って頷いた。




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