7月1週 「心配するなって方が無理だ」
なんだかんだと手応えを感じた期末テストが終わった日、テストのみで半日授業の今日、春波はいつもであれば真っ先に帰っていた。
しかし今、本来は解放されていないタイミングである筈の図書室で不安そうに座っている。
「心配か?」
そんな春波に隣にいた目つきの悪い少年……天宮が声をかける。 2人の視線の先には会話内容は聞き取れないが水瀬と机を挟んで少女、上級生と下級生の2人が真剣な面持ちで話をしていた。
「そりゃそうだろ、心配するなって方が無理だ」
「だからこうして目の入るところにいるんだろ、もうちょっと落ち着け」
水瀬の目の前にいる少女達は、川南に好意を抱いて水瀬の今の状況を作った本人たちだ。 天宮から連絡を受けどうするかと聞かれた春波は迷ったものの、結局は自分達がどうこうすることではないと水瀬へと天宮達の事を話した。
自分の預かり知らないところで何かしようとしていた事を咎められはしたもののどこか納得した様子で話を受け入れた水瀬は自分を追い詰めた相手と向かい合う事を決め、今の状況へと至った。
「しかし、結局水瀬の思ってた通りの人達だったみたいだし、僕は何も出来なかったなぁ。 天宮達も徒労みたいになっちゃって悪かったよ」
「別に徒労だなんて思わないさ。 それに……」
そこで言葉を止めた天宮を不思議に思い春波が天宮の顔を見ると、ただでさえ悪く見える顔をしかめ、どこか遠い所を見据える様に考え込む様子を見せていた。
「まあ、あの子達も随分反省してたみたいだし悪いようにはならないだろ。 それより深海よ」
「うん?」
「噂の滝さんと手を繋いで歩いてた謎の男ってのは君で良いのかな?」
「……そういうの、天宮には解るんじゃないのか?」
「おっと、何か聞いたか?」
春波は以前川南が言った事がどうしても気になっていた。 本人からなら納得の出来る説明が聞けるのかと質問に質問を返す。
「具体的な事は何も、ただそういう感じなのかなとは考えて思った」
「まあ言っても理解されない事のが多いからな。 解りやすく言っちゃえば俺は人の心が読めるんだよね」
「………………………は?」
「正確にはニュアンスがちょっと違うんだけどね、ちょっと前と今でまた視え方も変わってるし、でもそう捉えてもらって構わないよ」
あり得ないようなことをさも当たり前のように、しかし相手の理解を求めないような、自己で完結した言い方で言う天宮。 その様子に不思議と素直に受け取ることができたのか春波はそのまま言葉を続けた。
「なるほど、あの時川南に言われてもこれは納得できそうにないな」
「別に考えてることがそのまま解るわけじゃないからそこは安心してほしいな。 今俺が見えているのは、なんと言うのかなイメージみたいなものなんだよね」
「イメージ、ねぇ。 じゃあ今僕はどう見えるんだ?」
「今は、深海は随分と落ち着いたね。 ちょっと前は大分荒れてたんだけど今は穏やかな夜の波に……」
「なんだ、僕の名前からそう思ったって言われてもまだそれっぽいぞ?」
疑うわけでは無かったが、そのイメージはいささか安直なのではないかと口を挟んだ。 そこまでで止まっていればまだ雑談で済んでいたかもしれないのだが、
「……その海を、港街なんだな、ショートボブの女性がキャンバスに風景を描いている。 遠くに大きな橋と住宅が見えていて、その傍には、首輪がないから野良かな? 頭が斑らの白と灰の猫が寄り添ってる」
「は……」
天宮から出た具体的なその光景に耳を疑う。
何故なら、それは見たことのある父親の実家の風景と、母から聞いていたものの実際には見たことのないものまでまさに言い当てられていたからだ。
「多分、これは深海のお母さんなんだな。 随分と愛され……」
「いい、もういい、もうやめてくれ……!」
必死に止める春波に、天宮は踏み込んではいけないところを踏んだのだと言葉を止めた。 自分の見えたもののデリケートさに、どこまで踏み込んでいいのかは天宮自身もいつもわからなくなってしまところだった。
「悪い、触れられたくない部分だったか」
「いや、個人的な話だからいいよ。 まあぶっちゃけちゃうと僕は両親を最近亡くしててね」
「……なるほど。 未来が警戒心なかったのはそう言う所を気取ったのか」
天宮は得心した様子を見せている。
「そこまで疑っても無かったけどこれは流石にぐうの音も出ないな」
「納得いただけたようなら何より」
そこで水瀬が話していた2人と共に春波達へとやってきた。 その表情はそれぞれ明るいもので、どうやら悪いことにはなってないようで春波は安心を覚えた。
「おう、どうだったんだ?」
「うん、友達になったよ」
「……何があったんだほんとに」
春波は想像もしない展開に理解が追いつかず、ただただそう漏らすだけだった。
◇
話し合いも無事に終わり、春波たちが図書室から出ていった後、天宮は1人図書室に残っていた。 その顔はどこか暗い、難しい顔を浮かべている。
「納得いかないか」
不意に声がかけられる。 いつからいたのか川南がそばに歩いてきていた。
「当たり前だろ。 あの子達が言ってたのは川南に関することだけでそれ以外には全く話したこともないってんだからさ」
天宮がずっと引っかかっていた部分はそこだった。 自分の自覚している特異性、さらには進藤の持ち前の直感も使って学校内を聞き回ったが見つけられたのは彼女達だけだった。
「普通に考えれば川南に関すること以外の噂を、1日で一気に広げた奴が他にいるべきなんだよ。 なのに見つけられなかったんだから納得なんていくわけない」
「確かに気持ち悪いな。 まあ天宮でも全校生徒くまなく聞けたとは思わないし聞きそびれた人がいるんだとは思うけどな」
「まあ、そうだろうけど、けどなぁ。 俺は未来の事もまだ納得してないし、なんかずっと裏をかかれている感じがして、悔しい」
進藤が自身のことを幼馴染である天宮達に話す事なく1人でお追い詰められていた時期があった。 その事も今までの彼からは考えられなかったことで天宮の中の不気味さが深まる一件だった。
「お前の裏をかける人間がいるなんて、実際いるなら末恐ろしいけどな」
「そこまで自信なんて持てないけど、そう思いたいな」
天宮は、そんな存在がいないと願いつつ席を立つ。
「しかし、深海くんも水瀬さんも以前から考えると随分と穏やかに見えたね。 2人がうまくいって良かった」
「……おい、川南」
「なんだよ」
「そうやって人の事を気にすることで自分を誤魔化すの、もうやめな」
「……」
「ちゃんと好きだったんだって、俺には解ってるから」
天宮の、まるで自分が悲しんでいるかのような表情に川南は彼に申し訳無さを覚えた。 人の気持ちを見たくても見えてしまい、それをまるで自分の事のように思えてしまう彼の前では表面を取り繕っても無駄だった。
「お前も、深海くんも、羨ましいよ。 ……俺も、腹くくるかなぁ」
そうして2人はわざわざ開けてもらったお礼を司書の先生にし、図書室を後にした。
◇
「……結局今回も何も起きなかったなぁ。 つまんな〜い」
どこからか一連の流れを聞いていたのか、髪を床にも着くほどに伸ばした少女が、廊下から踵を返し図書室から遠ざかっていった。
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