僕たちに正解はない

灯然

1. カナタアンビバレント

1-1 碧海漠

 碧海漠あおみばく


 綺麗な名前だと思った。


 校舎を取り囲むように植えられた桜が満開だった。どこか浮き足立った校門をくぐり、校舎の玄関の前に立つと、個人氏名が整然と並べられた大きな紙が貼られていた。そしてその頂点にそれはあった。それだけが他の人間の名前とは、僕たちの名前とははっきりと区別されているように浮かび上がった。


 目線を下まで落とし、自分の名前を確認すると、背中に重みを感じた。


「やっぱ同じだったな」


 沖野おきのは少し焼けた色をした腕を僕の肩に乗せながらきらきらした目でクラス分けの紙を仰ぎ見ていた。


「重い」


 不機嫌そうにやつの手を払うが、少しのダメージを与えることも叶わなかった。沖野は面白いけどめんどくさいと言った調子を声に乗せ、小声で呟いた。


「碧海いるじゃん」


「知ってんの」


「5組のだろ?あのいじめの」


 去年、この学年であったいじめ。いじめにあった子が自殺未遂したとかで、その話は嫌という程教師たちによって聞かされたが、自分の周りの人間も、部活のやつも関わっていなかったので詳しく知るタイミングはなかった。

 

 沖野に急かされ、教室へ歩き出した。今日から新年度だというのに、廊下の雑に止められた画鋲はその役目を果たすことなく注意書きのポスターを自由にだらけさせていた。


「その主犯が碧海だって」


「まじ?」


 信じられないという顔で沖野を見ると、やつは下唇を突き出しながら頷いた。


「他にも中学の時、同じクラスのやつに大怪我させたとか、付き合ってた彼女が不登校になったとかなんかやばめなやつらしいよ」


 沖野がそこまで話し終えた時、2年1組と書かれた札を掲げる教室の前へたどり着いた。ちょうど、教室のドアから後ろの方の席に碧海が座っているのが見えた。

 流行りのマッシュルームヘアーは綺麗に整えられ、クラスのどの女子よりも白い肌は人工物のようだった。沖野が力を入れれば簡単に折ることができそうな細い腕はとても人を傷つけるようには見えなかった。その大人しそうな印象のせいか、座高が思ったよりも高く感じられた。バスケ部のエースである僕よりは小さいが、それなりに身長が高いようだった。


 玄関のクラス分けの紙に比べると随分遠慮がちな様子で黒板に貼られた座席表には、碧海漠の名前が僕の名前の隣に書かれていた。

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