傷心王太子は辺境の純朴令嬢に癒やされる
彪雅にこ
第1話 王太子は失恋する
祝福の鐘が鳴り響き、溢れる歓声と拍手とともに色とりどりの花びらが舞う。
その中心で、初恋の令嬢が自分ではない相手と寄り添い、幸せそうに笑っていた。
ずっと自分の婚約者として一緒に歩んできた。王と王妃となり、2人で苦楽を共にしていくのだと思っていた。──好きで好きで、たまらなかった。だけど、思いは叶わなかった。
『さようなら。幸せに』
未練を断ち切るように、拍手をする手に力を込めた。
アレクシス・エル・デ・ルベライトは、魔力によって守護される国ルベライト王国の王太子である。
現王フィリップの第一王子として誕生し、18歳で王太子となった。
やや目じりの下がった優し気で麗しい
そんなアレクシスが、これまで二度も婚約破棄を経験しているのは、多くの国民も知るところである。
つい半年ほど前に婚約が破棄となったのは、国王の側近クリストフ・ド・デュプラ侯爵の
そのセリーヌは、母イヴェットと共謀し、義姉フェリシアを暗殺しようとした罪が明るみに出た。そんな罪を犯した人間が王太子妃になどなれるはずもない。婚約は当然破棄され、セリーヌは修道院送りとなった。
そして、最初の婚約者が、アレクシスが11歳の時に婚約者となったフェリシア・ド・デュプラ。二番目の婚約者セリーヌが亡き者にしようと画策した義姉だ。
アレクシスの5歳年下のフェリシアは、デュプラ侯爵家長女として生まれ、アレクシスとは幼馴染み。才色兼備を形にしたような令嬢で、”ルベライトの至宝”と称えられていた。心根も清らかで優しい女神のような令嬢。そう、フェリシアこそが、アレクシスの初恋の相手であり、叶わぬ恋となってしまったその人である。
アレクシスは、フェリシアを心から愛していた。自分の気持ちを犠牲にして、フェリシアを狙うセリーヌの罪を暴くため、婚約関係を2年も続けるほどに。
3年前、アレクシスとフェリシアの婚約披露式が行われた。
しかしあろうことか、その婚約披露式でフェリシアは、義母イヴェットと義妹セリーヌの策略により、毒殺されかけたのである。
”魔王”と呼ばれるアレクシスの叔父ヨアンの魔力と、宮廷医による懸命な処置により、なんとか一命を取り留めたが、その後イヴェットにより雇われた医師より、子を成すことができない体になったと偽りの診断を下された。
将来王妃となる者が子を成せないなど許されるはずもなく、アレクシスとフェリシアは婚約破棄に至ってしまったのである。愛するフェリシアと2人で支え合い、国のために尽くしていけると思っていたアレクシスは、絶望に打ちのめされた。
フェリシアを守れなかったばかりか、婚約破棄を受け入れるしかなかった自分の立場を、アレクシスは呪った。
だが、フェリシアとの婚約破棄後、すぐにフェリシアの義妹セリーヌが周囲の強い勧めにより自分の婚約者になったことに違和感を覚えたアレクシスは、その決定を甘んじて受け入れ、セリーヌを探ることを決めた。フェリシアを毒殺しようとした黒幕が捕まっていなかったからだ。
しかし、真相はなかなか掴めないまま、ついにセリーヌとの婚約披露式が三月後に迫った頃、フェリシアが突然隣国に嫁がされることになった。アレクシスとフェリシアを二度と会わせたくないというセリーヌの願いを、イヴェットが叶えようとしたことによる陰謀だった。そして、フェリシアを乗せ隣国へと向かっていた馬車が、イヴェットたちが雇った暗殺集団に襲われた時、颯爽とフェリシアを救い出したのがアレクシスの叔父ヨアンだ。
ヨアンは11歳の頃に当時4歳だったフェリシアに救われて以来、ずっとフェリシアを陰ながら見守ってきたという筋金入りの溺愛っぷりで、あっという間にフェリシアの心を奪っていってしまった。
もとよりフェリシアがアレクシスに抱いていたのは恋愛感情ではなく、家族に向けられるような親愛の情。フェリシアの視線がヨアンに向いていることに気づいた時のアレクシスは、再度どん底に突き落とされた気分だった。
『そもそも、叔父上はずる過ぎるよな。生まれた時からずば抜けた魔力を持っているばかりか、あの外見…。誰だって叔父上を見たら、一目で恋に落ちるよ。フェリシアのストーカー、いや、フェリシアをずっと見守ってきたことを差し引いても、チート過ぎるだろ』
アレクシスは、普段見せたこともない柔らかな表情でフェリシアの隣に立つ叔父ヨアンを見つめながら、胸の内で毒づいた。
ヨアン・ド・ラ・ドゥメルク公爵は、現王フィリップの33歳年下の異母弟だ。アレクシスとは叔父と甥の関係ながら、年は2歳しか変わらない。ルベライトの王族のみが持つ魔力を、並外れた強さで持って生まれてきた人物だ。代々何人もの王族が同時に魔力を注ぐことで守ってきた国境を守護する結界を、たった一人で守っているのだから驚かされる。
長きにわたり人前では山羊の頭蓋骨の面を被り、素顔を晒すことはなかったが、その実は神が創った芸術品のごとく秀麗な顔立ちに、
しかし、その強大すぎる魔力と、悪魔のようだと形容される鮮紅の瞳ゆえに、”最恐の魔王”と恐れられてきた存在であり、母君は先王亡き後虐げられたうえにヨアンが11歳の時に毒殺されているという、悲劇の人でもあった。
アレクシスも、その生い立ちや苦悩をもちろん知っている。そして、そこから這い上がるためにヨアンがどれほどの研鑽を積んできたのかも。だから、毒づいてみたところで大いに認めざるを得ない偉大な叔父だった。
そんな叔父が愛しいフェリシアの横に立ち、祝福のため集まった国民に手を振っている。国民たちは、初めて目にする魔王の素顔に驚愕し、その美しさに酔いしれていた。
『フェリシアの隣に立つのは、僕だったはずなのにな…』
何度も断ち切ろうとした思いが、まだ胸の中で涙を流している。こんなに誰かのことを好きになることなんて、もう二度とないんだろう。
『僕は王太子だ。この国を背負う王になる男だ。いつまでも感傷に浸っていてどうする』
情けない自分を奮い立たせようとするが、うまくいかない。フェリシアの前で笑顔を作るだけでいっぱいいっぱいだ。
ふと振り返り、アレクシスの姿に気づいたフェリシアが、ふわりと花が綻ぶように眩く穏やかな笑顔を浮かべる。
『──ああ、本当に綺麗だな』
辛すぎる胸の内を悟られないよう、必死に笑顔を作る。
「フェリシア、おめでとう。幸せになってね」
”幼馴染みのお兄様”の顔で笑えているだろうか。
「アレク様。ありがとうございます。アレク様のご多幸をお祈り申し上げます」
フェリシアは惚れ惚れするような美しい所作でお辞儀をすると、ヨアンと共に馬車に乗り込んだ。
最後にヨアンがちらりとアレクシスに視線を送る。
『叔父上、フェリシアを頼みましたよ』
アレクシスの思いを受け取るように、ヨアンが力強く頷いた。
走り出した馬車から、2人が群衆に手を振り去っていく。アレクシスはその姿を切ない表情で見送っていた。
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