中トロ:笑顔
太郎丸(仮名)とはペットショップで出会った。
ペットショップでの生体購入については色々と意見があることを今となっては知っているが、このときは全く知らなかった(注)。
そのペットショップは後々わかったが環境の良いところで、太郎丸(仮名)も笑顔で飛びついてきた。カジンが魅了され、飼っていくだけの余裕があるのか計算した上で連れて帰ることになった。ちなみに太郎丸(仮名)は幼少期に世話になっていたここの店員さんの一人が大好きらしく、今でもおぼえていて、買い物に行ったときは目ざとく見つけては撫でてくれと催促している。
次郎丸(仮名)をはじめて見たのは新聞に入っていたペットショップの広告だった。
多頭飼いはしたいと思っていたが、二頭目は保護犬を引き取ろうと考えていたので、ただの冷やかしとして広告を見ていた。
そこには大変写真写りの悪い不機嫌そうな子犬の写真が載っていた。
太郎丸(仮名)は昔からハンサムだった。それに比べて、なんとぶちゃむくれで可愛げのないことか。
「これは売れないのじゃないか?」
気になってペットショップのウェブサイトでチェックしはじめた。
一週間たっても二週間たっても売れ残っていた。
一ヶ月過ぎたあたりで不安になった。あと二週間経っても売れ残っていたら見に行くことにしよう……もちろん見に行くことになったわけである。
そのペットショップはなんとも劣悪な環境で、後に次郎丸(仮名)と名付けられる彼は寄生虫でお腹を壊していたこともあるのだと告げられた。
もう治療はしましたからと獣医の診断書を見せられた。しかし、金魚の水槽のように狭い展示スペースに敷かれたペットシーツは下痢で汚れていた。彼は自分の下痢の上で子犬らしからぬ諦観した目でこちらを少し見ると目をつぶった。
結局、太郎丸(仮名)と顔合わせのあと、連れて帰ることになった。フード等の定期購入で生体が割引になるというセールスをにこやかに断って割引前の価格を支払った。二度と来るつもりはなかったし、実際、その後、再訪していない。
連れて帰ってすぐに太郎丸(仮名)かかりつけの獣医さんのところに連れて行った。
こちらが持っていった糞を顕微鏡で見た先生は虫下しをくれた。治っていなかったわけである。再発しないように注意点も教わった。
あの診断書を出した顔も知らぬ獣医に私は心のなかであらんかぎりの悪態を投げながら、薬を飲ませ続け、糞便を片付けた。
しばらくして次郎丸(仮名)の下痢は治った。
それでもなかなか笑うことはなかった。
いつでもつまらなさそうに転がっていたし、しばしば食糞をした。
こいつウンコ食いやがった。
太郎丸(仮名)がうったえにくる。
素知らぬ顔で寝ている次郎丸(仮名)を捕獲し、歯磨きをしたあとに抱きしめて話しかけていたものである。
「君、臭いよ」
しばらくすると食糞をしたあとに食べたよと自ら報告に来るようになった。
臭いよ、君と文句を言いながら歯磨きをしてやってから抱きしめて、「う◯ちより美味しいもの、たくさんあるよ」と話しかけた。
数ヶ月してようやく食糞がおさまった。
太郎丸(仮名)と並んで腹を出しながら寝ている次郎丸(仮名)を見たときは少しだけだが涙したものである。
次郎丸(仮名)もいいおっさんになった。警戒心のかけらもなさそうな無防備な姿でよく転がっている。
最近はよく笑う。
そのかわり、ちょっとしたことでも不機嫌であると表明するようになった。
笑顔にせよ、不機嫌な顔にせよ表情が豊かになってよかったと思う。
注:今でもペットショップについて一律に悪いとは考えていない。良いのかと言われてもよくわからない。判断できるほどの材料も持っていない。ただ、ペットローンを前面に押し出しているところについては、どうにかしてほしいとは考えている。当たり前だが、生き物というのは買ったあとの方が金がかかるものだし、車や家と違って要らなくなったからと売れるものでも売って良いものでもないのだから。
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