フロマージュ:外国語と料理
外国語が多少話せた時期がある。
もちろん、周囲には私よりも堪能な人は掃いて捨てるほどいたのだが、それでも外国語が多少なりともできるというのは良いことであった。
なによりも異性と知り合う機会、話す機会が多くなるのだ。
私よりも語学に堪能であったある先輩はキモかった。私だけが失礼なことを言っているわけではない。年上、同い年、年下、男女問わず、彼と話した者皆が親しみを込めながらも彼を「キモイ」という逸材だった。それにも関わらず気がつくと国際結婚していた。
角刈りでぼそぼそとそれでいながらねっとりとしゃべるおっさん、日本語もしばしば鼻母音でしゃべる彼。ルックスではなく雰囲気全体で妖怪のような雰囲気を出している彼のことを可愛いとブルネットの奥さんが目をきらきらさせて語るのを聞いたとき、私は自分の語学力の拙さのせいで婉曲的な表現を聞き違えているのではないかと疑った。いや、実のところ、真剣に聞き間違いではないか確認した。しかし、そうではなかった。彼は可愛いのだそうだ。
私の語学学習意欲に火がついた瞬間である。
もっと堪能な先生(なお、この方はキモくない)が、どんなに頑張ってもしらない単語や表現にぶつかるものだとおっしゃっていたことがある。
まさしくその通りである。ネイティヴならば誰でも知っている言葉であっても外国語として学習する者は知らないなんてのは日常茶飯事だ。
とりわけ鬼門が料理にまつわる言葉である。
料理が専門ならば別だろうが、そうでもなければ知らないものがほとんどであろう。
ましてや貧乏で外国の地を踏んでも買えるものがサンドイッチくらいしかなければ……。
そんな私が見栄をはって異性(日本人)とともに異国でコース料理の店に行ったことがある。
電話で席の予約をする。わざと相手のそばで電話でのやりとりをする。ドヤァ! 席について、簡素なコースであるが、コースを頼む。ドヤァ! 鼻の穴ふくらませまくり、格好つけまくりである。
簡素なコースだから、食後の何かはひとまとめである。
これはなんなのと聞かれても、食後のデザートの名前なんて私が知るわけがない。どこかしら自分の好きな下品なオノマトペに似た発音のそれ。
適当に、しかしながら格好つけて、ケーキか何かじゃないかなと答える私。この国のタルトは外れがないねなどとドヤ顔かつすまし顔で答える私。
しばらくのち、日本では当時あまり見かけなかったチーズの乗った皿を前にした私の顔はきっとチーズの白さと綺麗に対比できるような朱に染まっていたことだろう。
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