第二話 一度は放したその手を



「……クロたちの話、どう思った?」


 その日の夜、自室にて。

 ダンジョン課の拠点からそれぞれの家に帰ってきた俺たちは、魔法少女三人でグループ通話を繋いでいた。


『どう思うもなにも一応、全部本当の話なんですよね?』


『蛍はパートナーのこと、信じてない?』


『そういうわけじゃ、ないですけど……』


 バツが悪そうに言葉を濁す蛍。


 信じてないわけじゃないけれど、信じられない。そんな感じじゃなかろうか。

 かくいう俺もまたとんでもない量の情報を頭に浴びて、未だ混乱から抜け出していなかった。


「そりゃ、いきなりあんな事実をカミングアウトされたらなあ。

 魔女が普通の少女だったってだけで驚きなのに、俺たちと知り合いで、しかも俺たちの記憶も弄られてるわけだろ?

 色々詰め込みすぎだって。もっと段階を踏んで色々教えてほしいよな」


『確かに。……でも鹿村ひよりさん、でしたっけ?

 どんな気持ちなんでしょうね、何年も誰もいない空間で過ごすのって。

 いくらぬいぐるみがいると言っても、やっぱり生身の人間との交流でしか救われない部分はあるでしょうし……』


『……きっと、すごく寂しい。

 わたし達が救ってあげないと』


「だな」『ですね』


 風音の言葉に、蛍と二人頷きあう。


 結局のところ、帰着する結論はそれなのだ。

 顔も知らない幼馴染の為にも莉々の為にも(魔女を倒せば莉々の心も元に戻るらしい)、魔女と戦わねばならない。


 ダンジョン課の方でも来たる決戦に向けて色々な準備が進められているらしい。

 クロの作戦は、ダンジョン騒動の原因究明と世間に広まった不信感の払拭という彼らの目的に合致していたのだ。

 聞いた話によると魔女を逃がさないための装置なんかも開発されてるみたいだ。


 今までの先の見えない状況から一気にあと一歩という時点までやってきた。

 ……うむ、否が応でもテンションが上がるってやつだな。彼らの期待に応えられるよう、俺らも頑張らないと。


「あれ、そーいや蛍が持ってる鍵っていうのは何だったんだ?」


『……秘密、です。

 まあ、いずれは話しますよ』


 そう言い放った蛍の声がわずかに強張っていたのが気になった。










「あの、L〇NEで言ってたことって本当なの?

 私の心が戻るかもっていう……」


 次の日の学校にて。

 始業前の教室に入ると、先に来ていた莉々がおずおずと聞いてきた。

 ダンジョン騒動の被害者ということで莉々には情報の開示が認められている。クロが話した内容については昨日のうちにL〇NEで伝えていた。


 莉々の声音からして、期待半分不安半分といった感じだろうか。

 莉々にとっては他でもない自分自身の問題。そりゃあ気にもなるよなあ、と出来るだけ優しい口調で話し始める。


「まあ今回の作戦が成功すれば、な。

 ただ想定外が起こるかもだから、当日は莉々にも立ち会ってもらうって」


「う、うん。それは大丈夫」


 言い難そうに言葉を切る莉々。


 俺の家での勉強会を断った先週から、三人とはぎくしゃくした関係が続いてるんだよなあ。

 莉々としては俺に無理をしてほしくないのかもだけど、助けてほしいと言った手前言いづらいだろうし……。


『だいたい、そんなんで思いつめられても困るのは周りの方だと思いますよ。

 莉々さんからしたら自分が何を失ったかもわからないですよね?

 そしたら蓮花さんは何かよく分かないものを必死に取り戻そうとしてる人じゃないですか。しかもそれが自分が取り戻したいと言ったからだとしたら……どうです?

 もし蓮花さんが同じ立場だとしたら嬉しいですか?』


 うう、蛍の言葉が耳に痛いぜ。ほんと何やってたんだよ、俺。

 ……でも、逃げるわけにはいかないよな。こんな風にしたのは、間違いなく俺の方なのだから。


 あーもう、頑張れ、俺。ここで男を見せなきゃいつ見せるんだよ。


「そのっ……今日の放課後って莉々たちは予定あったりするか?」


「? 特になかったと思うよ。それがどうかしたの?」


「え、と、実は最近授業の内容について行けてなくてさ、それで……」


 ーー続きの言葉が口から出てこない。


 え、友達を遊びに誘うのってこんなに難しかったっけ?

 そういえば、今までずっと莉々たちの方から声をかけてくれてたのか。俺はそれに黙って従うだけ。

 そう思うと余計、前回断ったのに胸が苦しくなるなあ。


 あっと声を上げて、何かをいいかける莉々。

 それにかぶせるように俺は何とか口を動かした。


「きょ、今日は俺の家で勉強会しないか?

 い、いや妹もいるし他に予定があったら別に無理にって話じゃないんだけど……」


 やってきたのは小さな静寂。

 思わず情けない言い訳を重ねようとするも、目の前の莉々が見せた表情にあてられて途中下車。


 莉々はほっとしたように目じりを下げて笑っていた。

 何だか莉々の笑顔を見るのも随分と久しぶりな気がするな。


「うん。もっちろん行くよ~。

 でも蓮花は大丈夫なの? 決行の日は近いんだよね?」


「まあな。次の被害者を生まないためにも出来るだけ早い方がいいって話だ。

 ただ少しくらいの休憩は許してくれるだろ。流石に留年とかしたら洒落にならないしな」


「……そっか。もしかして、向こうで何かあった?

 蓮花、前はすごく辛そうだったから」


「蛍と風音ーー他の魔法少女に説教されたんだよ。思い詰めすぎだってな。

 それがなければ今も苦しんでたと思うぜ。ほんと、あいつらには感謝感謝だな」


「……へー、ふーん?」


 唐突に声のトーンを下げる莉々。

 な、なんだ? いつのまにか地雷でも踏み抜いてた?


「もしかして、他の魔法少女にもその俺口調だったり?」


「ん? まああの時は色々余裕がなかったから……」


 莉々の心が失われてからはおどおどしてる場合じゃねえ、と弱い心を吹っ切って、ダンジョン課の前でも完全に素の口調で話していた。


 半面、千沙となみがいる前ではあのコミュ障モードの話し方がデフォルト。

 多分それは昔の俺を知っているからというよりは、二人に対するうしろめたさの方が大きかったんだと思う。

 でも二人ともどっちが素かはもう分かってるとだろうし、そこも変えていかなくちゃ、だよな。


「やっぱり女の子が俺とか言うのは良くないと思うな~、うん」


「うえ、そっち? 昔かっこいいって言ってくれたのに?」


「それとこれとは話は別だよ~。私はーー」


「おはよ~、莉々、蓮花。

 どしたん、何か揉めてるっしょ?」


「二人とも、私のために争わないで。

 私は等しく人類みんなを愛してるわ」


 莉々と謎の言い合い中に乱入してくる千沙のなみの二人。

 それから俺の提案を二人に話したり、今日の授業について愚痴を言いあったりしてーーこの関係も大切にしたいと改めて思うのだった。

 たとえそれが痛みを伴ったとしても、間違いなく俺が積み上げてきたものなのだから。








「帰ったぞ~、妹よ」


「お邪魔しま~す」「おお、凄い綺麗にしてるっしょ」「ここが私の新しい家ね」


「にゅっ」


 放課後、三者三葉の反応を見せる三人と共に自宅の扉を開けると、玄関で待っていた妹の春花が呆気にとられたような声を漏らした。

 あれ、おかしいな。事前に友達を連れてくると連絡してたはずなんだけど。


「……よ、ようこそ。

 クソ狭い家ですが、どうぞこちらへ」


 思いっきりひきつった笑みを浮かべてリビングを指さす妹。

 そうして「もしかして妹ちゃん? かわいい~」とか騒ぐ三人を尻目に俺の元にやってきて、こそこそと囁いた。


「……おねぇ、安心して。

 おねぇの人生を犠牲にしてでも、伊奈川家の財産は私が守って見せるからっ」


「美人局でもマルチの勧誘でもねえよっ。

 そりゃ俺だってこんなクラスの一軍と友達慣れるなんて思ったもみなかったけどさ。ってか勝手に俺を生贄にしてるし……」


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