第三章

第一話 一人ぼっちの魔女



「……全部思い出したよ、れんか。

 魔女のことも、魔法少女のことも」


「え?」


 呆然とした思考の中、クロは告げる。

 俺らの旅の終わりを告げる言葉を。


「少し話をしようか。

 魔女ーー一人ぼっちの少女の物語を」








 とある時間、とある町にあの子は生まれた。


 彼女の名前は鹿村ひより。

 ひよりは優しい両親の元、すくすくと育っていった。言葉を覚え、二足歩行が出来るようになり、幼稚園に入って家族とは別の世界を知る。

 ぬいぐるみが大好きで、部屋には両親が買ってくれた何十体のぬいぐるみたちが所狭しと並べられている。そんな普通の女の子だよ。


 唯一他の人と違う部分をあげるとすればそれは、ひよりには特別な力があるということだった。

 彼女は”魔法”ともいうべき異能が使えたんだ。

 無機物に命を与えたり、他の人の傷を治したり、沢山のことが彼女にはできた。それこそ時が時なら神様と崇め奉られていた位には。


 さりとて彼女にとっては魔法が使えるなど当たり前。

 いつもひよりは寝る前の微睡の時間を、無意識のうちに命を与えた僕らぬいぐるみたちと過ごしていた。


「えへへ。きょうはみんなとすなばであそんだんだよ~。

 おだんごつくったり、おしろつくったり、たのしかったな~」


「あら、ひよりは何をしたのかしら?」


「わたしはねえーー」


 特にひよりのお気に入りだったのは僕ら四体。白色の鼠、黒色の猫、緑色のカメレオン、黄色の狐。それぞれシロ、クロ、ミドリ、キイロと名づけられていつも一緒のベッドで寝ていんだ。


 さて、そんな日々が五年ほど経った頃だった。

 ひよりは両親に連れられて、とあるサマーキャンプに参加したんだ。川下りとかの自然体験を目的としたものだったみたいだね。

 慣れない環境に最初は戸惑っていた彼女も、すぐに同年代の少女三人と仲良くなった。

 少女たちの名前は伊奈川蓮花、古屋敷風音、城戸内蛍。そう、君たちさ。

 例え彼女が魔法を使おうと嫌な顔一つしない、良い子たちだったよ。

 ひよりはいつも見ていたアニメに影響され、自分たち四人を魔法少女チームになぞらえた。


「それじゃあれんかがクロ、かざねがミドリ、ほたるがキイロ、わたしがシロのパートナーねっ」


「まほうしょうじょって……おれはどっちかっていうとヒーローの方がいいなあ」


「それならわたしはかいとうがいいかな~。いや、めいたんていのほうもすてがたい……」


「う~、みんななかよくしようよ~」

 

 みんな口では色々と不満を漏らしていたけど、本当は四人で過ごすこの時間を気に入っていたと思う。

 でもサマーキャンプの日程は三日しかなくて、しかも四人とも離れた場所に住んでいたから、これが終わればほとんど交流がなくなってしまう。


 だからひよりはみんなと必ずまた会おうと約束して、僕ら三体にお願いしたんだ。

 

 ーー大人になったらみんなを迎えに行ってほしいと。


 彼女と常に一緒にいた僕らにはそれを出来るだけの魔法の力が備わっておて、近いうちにそのささやかな願いを叶えるはずだった。

  

 でも……そんなある日、悲劇は起こった。

 あれはそう、サマーキャンプを終えてすぐのことだった。ひよりを置いて外出していた両親が交通事故に遭って帰らぬ人となってしまったんだよ。


 ひよりは当然混乱した。

 大好きなお父さんとお母さんがいなくなって、見知らぬ親族の元に引き取られることになってーーそして魔法の力で二人を蘇らせた。


 でも彼女は知らなかったんだ。死者蘇生の術には多大な代償が伴うものだと。

 それもそうだよね、魔法とは彼女しか知りえない超常の力。誰も詳細など教えてくれくれないんだから。


 結果、ひよりの両親は確かに生き返ったものの、肝心のひよりは何もない異空間に閉じ込められ、世界からひよりの存在が消されていった。

 両親や友達、また会おうと約束した彼女たちの記憶から彼女との思い出が抹消され、まるで最初から存在しなかったように改変されたんだよ。

 同時に彼女もまた魔法の力を多くを失ってしまい、状況を変えることは不可能になってしまった。


 そこじゃあ誰かと話すことも誰かに認識されることも出来ない。

 世界から忘れ去られ、たった一人暗闇の中で過ごすことになったひより。

 例外は彼女の魔法で守られた数十体のぬいぐるみたちと、絶望した人間たちのみ。


 そう、彼女は絶望を抱えた人間となら接触できたんだ。

 彼らが抱えるそれの重さを知ったひよりは、彼らを救うためになけなしの力を振り絞ってその心を取り除くようになった。


 それによって生まれたのがダンジョンさ。

 彼らの絶望を受け止める器となるはずだったぬいぐるみ。それが耐えきれず暴走してしまった姿がダンジョンだよ。


 最初はひよりも予想外の出来事に狼狽したけど、次第にコツをつかみその在り様を弄れるようになった。

 痛みを感じない、モンスターやステータスの概念、ダンジョンが各階層ごとに分けられその入り口に転移の宝玉が設置されている、とか色々人間にとって都合がいいような設定があるのはそれが理由だね。

 ひよりはみんなに楽しんでほしかったんだよ、きっと。


 でも最初は善意から始まっていたそれも次第に「彼らを助けるため」から、気に入った人とお話しするためにその人が苦しむように運命を調整するようになったりしてーーひよりは魔女になったのさ。

 人の弱みに付け込み、人の心を弄ぶ本物の魔女に、ね。









「ひよりのお気に入りだった僕らはそんな彼女をずっと見てきたんだ。

 そして『大人になったら』その契約履行の日がやってきた時に、君の元に現れて君を魔法少女にしたんだよ。

 あそこで苦しみ続けている彼女を止めてもらうために、救ってもらうために。

 ……なぜか今までずっと忘れていたけれど、彼女の魔力を浴びたことでようやく思い出せたよ」


 大きな吐息とともに、クロは長い長い話を終える。

 俺たち三人は、そんな何かのおとぎ話のようなそれをただ黙って聞いていた。


 ええと、つまり魔女「鹿村ひより」は魔法という超能力が使える少女で、死んだ両親を蘇らせるために不思議な空間に閉じ込められてしまった。

 そこでは絶望を抱えた人としか話せなくて、そんな彼らを救いたいと思った彼女は不可抗力的にダンジョンを生み出した。

 でも今では人を苦しませるために力を使うようになった。


 んで、そんな彼女を助けたいクロたちは昔の約束を使って俺たちに会いに来たと。

 魔法少女のパートナーとして、彼女を止めてもらうために。


「……色々と気になる部分はあるけど、まず一つ。

 まず俺たちは昔会ったことがあるのか? 悪い、あんまり覚えてないんだ」


「それは当たり前だよ、れんか。

 魔法の代償によって君たちの記憶は改ざんされているんだから」


「あー、そーいやそういう話だったか」


 いまいち実感がわかないロジックに頬をかく。

 言われてみればそんな夢を見ていた気がするし、そうおかしな話でもない、のかね? うーむ、よく分からぬ。


「あとは、俺たちに止めてほしいって言ったよな。

 でも魔女はクロたちとは話せるんだろ? それならクロたちが説得すればいい話じゃないのか?」


「言っただろう、魔法は思いの力は代償にしていると。

 魔法を使うたび、その心は摩耗していく。次第に闇に支配されるようになる。もう何十回も人の心の闇を受け取り続けてきた彼女は……手遅れなんだよ」


 クロが苦しそうに視線を落とす。

 その真剣な表情からして彼が嘘を言ってるようにはまるで見えなくてーーもういいか。質問はまた後で、だ。

 今はともかく前に進もう。顔も知らぬ彼女は今も苦しんでいるんだろうから。


「んで、俺たちはどうしたらいい?

 魔女ーーひよりがいる空間を俺たちには認識できないんだよな? それでどうやって止める?」


「ひよりがそこにいるのは誰も彼女のことを覚えていないからさ。

 逆に僕ら、しかも出来るだけ大勢の人間がひよりのことを認識すれば、彼女は自ずとこちらに戻ってくる。

 そして、彼女をおびき寄せる鍵は蛍が持っている」


「??」


「つまりね、れんかたちには魔女を戦うその模様を配信してほしいんだ。

 全世界に向けた配信で彼女のことを話して一時的に実体化させ、その間に君たちが彼女を倒す。

 それが僕らがひよりを救う、たった一つの方法さ」


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