第十二話 過去との決別



「おおー、ほんとにいるじゃん、俺」


 松明に照らされた洞窟の中で、俺そっくりの少女がへらへらと軽薄な笑みを浮かべて近づいてきた。

 歳は中学生くらいか、俺より幾分か幼く見える。


 ……いやマジでどういうことだよ。

 ここから過去の自分と対峙して強くなる修行シーンが始まったりする? いやでも俺男として生きてきたはずなんだよなあ。


「れんか、気を付けて。きっと魔女の仕業だよ。

 ここはむせ返るくらい彼女の匂いに満ちている」


 なるほど? さっきの熱も魔女の仕業なんかね。

 まあそこらへんは分かったらクロが教えてくれるか。


「あんたは何者だ? どうしてここにいる?」

 

「それは俺のセリフだよ。

 勝手に俺の体を使って、しかも老けてるしよお。高校生とかおばさんじゃん、おばさん」


 馬鹿にしたようにやれやれと大袈裟に肩をすくめる少女。


 ……え、何かすげーむかつんだけど?

 昔の俺ってこんなクソガキだったっけ?


「なんか子供の君、態度わるくない? それとも僕の気のせい?」 


 シンクロする俺とクロの心。

 眉間に寄ったしわを手の甲で緩めて、少女にステッキを少女を向ける。


「……それで、二人で協力してここから抜け出すパターンは残されてたりするか?

 自分をいたぶる趣味はないし、俺としてはそっちのほうが嬉しいなあ」


「その意見には完全に同意だね。

 でも残念。俺たちは魔女に戦うことを強いられてるんだ、それ以外に道はねえよ」


「……魔女を、知っているのか?」


「知ってるも何も俺の生みの親だよ、伊奈川蓮花。

 つっても、俺が知ってるのはそれくらい。彼女が何者かとかは分からねえよ」


 何かを恥じ入るように、少女がふっと視線を落とす。


 生みの親……どこぞのアニメみたいに味方の怪人を増やして地球侵略を目論んでる、とかそんな感じなんかね。

 それで何かの能力で人の心をコピーしてこいつを作り出したとか? いやでもそうすると、ダンジョンとかカメラ怪人とかは一体?


 ……なるほど、まったくわからんっ。


「ま、おしゃべりはこれ位にしてさっさと死合おうぜ。

 お互い、顔を突き合わせるのも飽きただろ?」


「俺としちゃあ、もっと話を聞きたいだけどなっ」


 少女より放たれた炎の弾を、近くに生み出した炎の球で防ぐ。同時にこちらも炎の弾を撃てば、向こうも炎の球で守った。

 どうやら基本スペックはほぼ同じらしい。暫く撃ち合ってみても、少女が三つ目のスキルを使ってくることはなかったし、スキルの強度や持続時間に違いはなかった。


 でもそれならダンジョン化から支給されたアイテムを持ってる俺の有利だ。

 片手でMPポーションを飲みながら、じりじりと少女との距離を詰めていく。


「あーもう、めんどくさいな。俺っ」


「誉め言葉をどうも~」


「うっぜ」


 捨て台詞を残して、洞窟の分かれ道の壁に身を隠す少女。

 そこから、さっきとは比べ物にならない密度で炎の弾が飛んでくる。防御を無視

してるからこそできる、全力の砲撃。

 

 慌てて防御しようとするも、俺の炎の球を掻い潜ってきた一つの炎の弾が脇腹を直撃し、熱湯を浴びたような激痛が走る。


「っ」


 あっついなあ。やっぱり気のせいじゃなかったか。

 ほんとどうなってんだよ、これ。


「どうする、れんか。こっちも一度下がるかい?」


「……いや、面倒だしこのまま突っ込む。

 多分くらっても死にはしなさそうだからな」


「まあ多分それはそうなんだけどね……」


 被弾した脇腹をみても、すでに痛みは引いているし火傷になっている様子もない。

 痛みがあったのはあの一瞬だけ。

 そもそもこの体はD粒子で出来ているらしいのだ。それならどうなろうと、現実の体には影響がないはずだ。多分きっとメイビー。


 ってか、俺。壁に隠れてちまちま攻撃とか苦手なんだよなあ。

 FPSとかでも何にも考えず突っ込みたいタイプだぜ(野良でいると害悪な人種)。

 


 眼前に迫るは無数の炎の弾の群れ。

 体のあちこちを狙って飛んでくるそれを炎の球とステッキで叩き落としていく。その度に足を止めたくなるような激痛に襲われるも我慢。

 頭に浮かぶのは、どれだけ弾幕を張ろうと猪突猛進してきたあの人もえさんの姿。


『全く、みんな怖がりすぎ。

 例え腕が吹き飛ぼうと、HPがゼロになろうとな~にも感じない、それがダンジョンなんだよ? あと数億歩くらいは踏み込んでこないと』


 今の状況はもえさんが想定したものじゃないんだろうけど、それでも彼女の言葉が、そして彼女と特訓その全てがなくなるわけじゃない。

 体が覚えていた。彼女の動き、そして彼女と向かい合う恐怖を。


「おいおいバケモンかよ、お前っ」


「うっせ。俺の偽物には言われたくねえよっ」


「うぎゃ」


 ある程度近づいたところでステッキを前に投擲。

 分かれ道まで飛んだところで魔法の火弾マジカルファイアバレット発動させる。

 空を舞うステッキから放たれた炎の弾が少女が隠れる物陰へ射出され、少女が苦悶の声を上げる。

 よし、成功っ。ぶっつけ本番でも案外何とかなるもんだな。


「おお、なかなかやるじゃん、れんか」


「まあな。とはいえそう何度も使えるもんじゃねえよ」


 急いで地面に転がったステッキを拾い上げて、分かれ道へとやってくる。

 

 ステッキを構えてそちらをみれば、少女はただ地べたに座り込み、涙目でこちらを睨んでいるだけだった。

 たった一度、俺の攻撃を受けただけでステッキと戦意を手放して。


 そんなあまりに脆い少女の姿に、胸の奥で引っかかるものがあった。

 

 ……やっぱり昔の俺なんかなあ。

 あの時もたった一つの出来事で全てをあきらめてしまった。こんな世界なら生きていきたくないと自分で心を閉ざしてしまった。


「……なあ、俺。

 あんたは答えを見つけたのか、あの時どうすればよかったのかって」


 少女がどこか寂しそうにほほえむ。


 あの時、「あいつを無視しようぜ」と彼が言い出した時、俺はそれに反抗して孤立してしまった。最終的には俺がいじめのターゲットになったりもした。

 勿論方法があったんじゃないか、と考えたことは何度もある。

 それでも当時の状況だと何をやろうと上手くできるようには思えなくてーー


「さあな。答えなんてわからねえよ。

 でもあの苦しい過去があったからこそ今がある。一人ぼっちから救い出してくれた恩人がいて、俺の考えを変えてくれた友達がいる。

 トータルで見たら、きっとトントンさ。いや幸せの方が多いくらいかね」


「……そうか」


 小さな溜息と共に少女が俯いた。

 同時に少女の体が消え始める。まるで幻が解けていくかのように透明になっていく。


「お前、もう体が……」


「お前と戦い始めた時点でもう限界だったんだよ。

 ……そんな顔するなって、俺たち敵同士だろ?」


「でも俺たち、仲間になれそうだったじゃないかっ」


「ふ、俺はこれ以上あいつの傍にいてやれない。

 でもお前らなら、彼女をーー」


 何やら意味深な言葉を残して完全に消える少女の姿。

 


 俺は涙(出てない)を右手の服で拭って、空(見えない)を見上げた。

 さよなら、俺。お前の犠牲は絶対に忘れないぜ。


「よっし。さっさとみんなを探してこんなとこ脱出しようぜ」


「き、切り替え速いね、れんか。さっきの感動的な別れは何だったんだい?」


「いや。だってそんな関わりなかったじゃん俺たち。

 それに多分あいつおれも最後の方ノリノリだったと思うぜ。だから話した内容も意味があるかは不明」


「な、なるほど。同じ自分だから分かるってやつだね。

 ……でも本当に何だったんだろうね、彼女」


「さあな。過去の自分だとしても性格が違うのは気になるし……」


「謎は深まるばかりってやつだね」


 クロと話しながらも、他のみんなの元へと急ぐ。

 もし風音やホタルが同じような敵と戦っているんだとしたら、何となくそれはすごく辛いものになるような気がするから。


 ……今度は俺の方が助けないとな。


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