第四話 オタクに優しいギャル?



「こ、こんな感じか?」


 昼食を食べた後、洗面台の鏡の前で体の向きを変えて、”それ”の装着を確認する。

 視界に映るのは小さな膨らみにぴったりと肌に張り付いた白色の”それ”。

 

 いまいちわからんけど、多分ヨシッ!


 衣装棚から引っ張り出した下着(キャミ?)と白地のTシャツ、ベージュのハーフパンツを着て、と……うん、こんなもんかな。


「それじゃ、行こうぜクロ」


「うん、いこうか。

 ……これで不純な動機じゃなかったら嬉しいのになあ」


 玄関に置いていたショルダーバッグも引っかけて、俺は紫外線降り注ぐ外へと飛び出した。


 ……しっかし女性の裸なのに全然興奮しなかったなあ。

 むしろ妹とか母さんの入浴中にばったり会っちゃったみたいな気まずさすら感じたわ、残念無念。







 子天ノ内市。

 中部地方の中央に位置するその市は、古くから交通の要所として栄えていて、今でもホテルや民宿などの宿泊施設が数多く点在している。

 目下の悩みは自前の観光資源に乏しいことであり、似非東京タワーを作ってみたりと色々頑張っているものの効果はいまひとつでーーと住民の俺が知っている市の情報はこれくらい。

 ただこの世界(?)では随分と様子が変わっているようだった。



「そこの可愛らしいお嬢ちゃん。

 ダンジョン産アクセサリーはいかが? 今なら安くしておくよ~お買い得だよ~」


「あ、だ、大丈夫です。それにお、私まだコイン持っていませんから」


「そりゃあすまないね。

 っていうと初めてのダンジョンかい? 大変なことも多いだろうけど、諦めず頑張ってね」

 

「はあ、ありがとうございます。それでは」


「そこの君ーー」


「ごめんなさいっ」


 矢継ぎ早に掛けられる客引きの声から逃げるように早足で進む。


 場所は子天ノ内ダンジョン前に設置された広場。

 かつては大きな市民公園だったそこは、今や大勢の人が行き交い無数の露店が立ち並ぶ一大観光スポットと化していた。人が多すぎて最早立ち止まるのも難しい。

 それに暑さと熱気もあって、何かが喉の奥からせりあがってきて――


「……酔った」


「え、大丈夫かい? 

 ちょっと待ってね……あ、あった、あそこで休むのはどう?」 


「おー」


 ひょいひょいと周りの人の頭の上を飛び乗ってクロがベンチを探してきてくれる。

 これも他の人には見えない特性ゆえだよなあ、とか思いながら大人しく誘導に従う。


 木陰に設置されたベンチに腰を下ろし、大きく深呼吸。

 ふう、危なかった。


 そーいや俺、外に出るの自体すごい久しぶりだったわ。

 あの動画に感化されて勢いよく飛び出してきちゃったけど……どうしよ? 何か妙に話しかけられたし、この体であの人ごみの中に行くのはちょいきついなあ。


「あれ、伊奈川蓮花ちゃんだよね?

 大丈夫? 顔色悪いよ?」


「む?」


 何やら聞き覚えのある声に横を向けば、そこに座っていたのは一人の少女。

 肩が露出した白いワンピースを着た彼女の名前は久志本 莉々りり。顔の良さと誰にでも優しい性格から、俺ら子天ノ内高校1年3組のアイドル的存在になった御人である。

 見た目に全然変化がないから多分立ち位置的には変異前の変わらないはず。


 つまりーー陽キャ中の陽キャ。

 そんな俺とは正反対の人物の登場に思わず、(ない)玉がひゅんとなる。

 

 と、とにかく粗相のないようにしなければっ。じゃないと休み明けに馬鹿にされるぞ(被害妄想)。


「あ、いや、ちょっと人ごみに酔っちゃって。

 あははは」


「……れんかは『あ』って言わないと話し出せないのかい?」


 何にも面白くないのに笑いが漏れる。

 くっ、唸れ俺のコミュ力。天気デッキ使いとしての本領を見せるんだっ。

 それとクロは言っちゃいけないことを口にしたなあ?


「わっかる~。私も最初は驚いたもん。ちょっと人多すぎだよねえ。

 ってことは、もしかして初心者さん?」


「あ、うん。今日初めてダンジョンに来たんだ」


「そっかー。そりゃあ大変だ、蓮花ちゃん可愛いからねー。

 色々話しかけられたでしょ?」


「う、うん」


 凄い簡単に可愛いという言葉が出てきて、思わず舌を巻く。

 すっげーな、これがコミュ強の世界か。こりゃあクラスメートの男子たちが勘違いして玉砕するのもよくわかる。

 初めて関わったのがTS後でよかったよほんと。……いや、よくねえな。趣味嗜好は変わってないから下手したら大火傷しかねない。


「そういうことなら私も一緒にいこうか?

 ダンジョンのこととか色々教えてあげられるよ?」


「うえ?」


 うだうだ考え込んでいるうちに、事態は何やら思わぬ展開に。

 ありがたい提案ではあるけど……。


「その、久志本さんは大丈夫なの?

 何か用事があったんじゃ……?」

 

「大丈夫大丈夫、今日は情報収集に来ただけなんだ~。

 それに私としては知り合いの女の子が冒険者仲間になってくれたら頼もしいなあ。ほら、やっぱり冒険者は男の人が多いから」


「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあお願いしよっかな」


「うん、任されました。

 魅力的な冒険者の世界、教えてあげるっ」

 

「押しに弱いねえ、れんか」


 断る理由もなくて誘いに乗ると、久志本さんはそう満面の笑みをして見せた。

 ……あ、好き(唐突な告白)。

 

 とまあこんな感じで、棚ぼた的に最強のお供を手に入れてーー


「莉々ちゃんっ。ちょっと寄っていかない? いいのが手に入ったんだよ」


「ごめんなさ~い。

 今日は友達の付き添いだから。また今度ね~」


 と楽々客引きゾーンを突破して、ついでに新規冒険者として受付で色んな個人情報を登録してーー


「それでは次は103号室にお進みください。

 場所は右手奥、右から三つ目。そちら完全防音室となっており、お客様のプライバシー情報が漏れることは絶対にありません。

 職業取得後はまたこちらに戻ってきていだいて必要事項を記入した後、冒険者カード発行となります。

 また取得した職業の情報をどこまで登録するかは任意です。不明と提出するか、正直に書くか、ご自由になさってください」


 ーー職業を取得する所までやってきた。


 職業。

 RPGゲームの役職みたいなもので「剣士」や「魔法使い」など、その種類は様々にわたる。「剣士」は「○○斬り」みたいなスキルが使えたりと職業の役割に応じた能力が強化されるらしい。

 

 ここダンジョンにおいては初めてモンスターを倒した時にランダムで得られるとのことで、部屋の中央には一匹のスライムがいた。

 

 モンスター含め諸々の超常現象(スキルやレベルアップによる身体強化など)はダンジョン内でしか適応されない。

 ってことはここはもうダンジョンの中なのか。


 ぱたん、と後ろ手にドアを閉めて注意深く見渡してみる。


 白い清潔感のある壁に四方を囲まれた部屋。中央には高さ1mほどの檻が鎮座し、プルプルした青い球体ーースライムを閉じ込めていた。その横の台座にはスライムを倒す用の剣が何本か入っている。

 

 うーむ、そういうテーマパークにしか思えないなあ。


「……っていうか、ちょっときょどりすぎじゃない?

 一応クラスメートなんだよね?」


「うっさい。一回もしゃべったことになかったら、誰でもああなるだろ」


「僕とは普通に話せるのに?」


「そりゃあ……あれだな。 

 見た目が動物だから人間カウントされなかったんだろ」


「うわ酷い、差別だ。動物愛護団体に訴えるよ?」


「マジでやめてください」

 

 声や姿は他の人には分からないクロと、今まで貯まっていた鬱憤を晴らすように言葉を交わしあいながら剣を手に取った。


 はてさて、何が出る事やら。


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