詩「新宝島」

有原野分

新宝島

それは反射するウミガメの甲羅が透き通った

 ぼくたちの空だった

――思い出は蒸発した深海なの…

そうつぶやいたきみの声は白波のように

ぼくの透明な右手にいつも色を塗る

ウソに満ちた海色の

遠くで鳴く鳥の声が映画館に雨を降らせた

真夜中の風

宝島だと言われていた頃を懐かしく思うよう

 に未だ座り続ける土の湿り気と

はたいた手にかじかむプラスチックの匂い

言い逃れの出来ない罪悪感

視線の先はいつだってコバルトブルーで

それを恋と呼ぶのなら

きみの初恋はまだ訪れてもいない

きっと

忘れているだけなんだと

ドミトリーの二段ベッドの上から見た兵隊の

 青いひとみの影が

きみが存在していた確固たる証拠だった

もうこの世界のどこにもいない

頭の中に漂っているクラゲのように

いつしか水に溶けてしまうから

もう一度だけ聞きたい言葉の尻尾

なんだったかな

どこにしまったんだろう

――ねえ、わたしの言葉、ちゃんと届いてる?

どうしようもない

まるで路地裏の生乾きの洗濯物の匂いだ

この感情に

この海に

ぼくたちはいつも振り回されている

行く手には海

戻る先も海

猫の足跡に

季節が揺れて

晴れない島に眠っている

黒い髪が揺れている

ろうそくに青い火を灯せ

低賃金の労働に涙を祈り

赤い南風で乾いてく唇の

なにが言葉だ

なにが歌だ

――それのなにがいったい悲しいの?

うつむいて

水面に映り込む空を見つめながら

風が吹くたびに揺れ動く

ぼくのこの感情に名前をつけてみようかな

新宝島

もがいているのは

空があまりにも美しくて

海があまりにももどかしくて

きみをあまりにも遠くに感じるから

透明な天井に反射する小さな町に住んでいた

 きみの名前が今日も泳いでいく

ウミガメの甲羅に乗って

来年の夏

ぼくたちはまたここに来る

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詩「新宝島」 有原野分 @yujiarihara

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