第21話

 オーエンナが来て3日目の朝。

 私が居城の廊下を歩いていると、急に出てきた彼女に腕を捕まえられた。


「あんた、セオドア様とどういう関係?」

「え……」


 私は咄嗟に答えられなかった。質問の意図もわからなかったし、唐突だったし、腕を掴まれて睨まれてしまっては頭が真っ白になる。

 彼女は黒々とした眉を吊り上げて、赤い唇を歪ませて舌打ちする。


「あの人、私と二人きりには絶対になってくれないし、ガードが堅いのよ。クロエさん、なんとかして私たちの関係を取り持ってくれない?」

「取り持つって」


 私は深呼吸を挟む。


「……取り持つとおっしゃっても、オーエンナさんはストレリツィ侯爵夫人ではありませんか。そんな方と男性が二人っきりになることはないでしょうし、仲を取り持つという意図が判りません……」

「私はまだ正式にはストレリツィ侯爵夫人じゃないのよ」

「えっ」


 オーエンナはニヤリと唇を吊り上げる。


「貴族って、離婚してすぐは再婚できないのね? なんでも離婚された女が万が一子供を孕んでいたら、その子の父親が誰なのか問題になるからですって。白い結婚なんだから特例でもあるのかと思いきや、そんなの全然なくて一年は再婚が認められないって。だから……娘が無理でも、私が辺境伯夫人になることはできるのよ」


 私は心臓が止まりそうになった。

 頭がくらくらして、何と返せばいいのかわからない。私の顔を覗き込み、彼女は笑った。


「ねえ、クロエさん。貴方ただの家庭教師なんでしょう? なら私と彼が結婚できるように応援してちょうだいよ。アンは貴方に懐いてるし、私と貴方は気心が知れているし、全てが丸く収まると思わない? 一緒に新しい人生スタートさせましょうよ」

「……私、は……」


 私はその瞬間、セオドア様がオーエンナと並び夫婦になる姿を想像した。

 優しい銀髪を靡かせ、オーエンナをうっとりと見つめるセオドア様の幻想。

 ーー頭をガツンと殴られるような、暴力的な悲しみに倒れそうになった。


「……オーエンナさん……」

「ああ、騎士が来たわ。私あれに目をつけられているみたいなの。いくわね」


 オーエンナは舌打ちし、私をパッと解放する。

 嵐のように去っていく彼女を見送ると、私は力無く、居城の片隅で座り込んだ。


「……私は今……なんて浅ましい気持ちを……」


 オーエンナとセオドア様が並び寄り添う姿を想像した時、私の心に浮かんだのは確かなーー嫉妬と認めざるを得ない、醜いドロドロとした感情だった。

 私は彼の妻でも婚約者でもない。それなのに彼が取られるのが怖いと思った。

 以前の結婚生活の間、ずっとステッファンを取られていた間に感じた虚しさや寂しさ、悲しさとは違うねばついた感情。


「私は……セオドア様を……お慕いしてしまっているのね……」


 子供たちの呼ぶ声が聴こえて、私はハッとする。

 頬を叩き先生の顔を作って、私は子供たちの元へと向かった。

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