第15話

 ヘイエルダールは行楽シーズン真っ只中だ。高原や野原、湖。あちこちの景勝にはヘイエルダールの貴族も平民も、ピクニック支度をして繰り出している姿が見受けられる。


「恥ずかしながら、こんなに綺麗で過ごしやすい場所だとは知りませんでした」


 日傘をさして湖のほとりを歩く私の言葉に、隣のセオドア様は誇らしそうにする。


「王都では未だヘイエルダールといえば七年前の国境侵攻のきな臭い印象が強いだろうし、また交通の便も非常に悪い。だから知られていなくても当然のことだ。恥ずかしいことではない、むしろ知らないでいてくれて良かった」


 セオドア様は、私を見て目を細める。


「ヘイエルダールの景色に素直に感動してくれる、貴方の顔を見ることが出来るのだからな」

「そんな……」

「貴方にもっとヘイエルダールの美しさを見せたい。そして私も、貴方の喜ぶ顔が見たい」


 頬が熱くなり、何を答えればいいのかわからなくなる。

 日傘の柄を握りしめて黙り込む私にも、セオドア様は嬉しそうだった。

 私はそっと、日傘の隅からセオドア様の顔を覗く。

 銀髪を湖畔の風に揺らした精悍な顔立ちは、直視を憚られるほど美しく、逞しくてーー優しい。


 ーーどうして、彼は私にこんなに優しくしてくれるのかしら。


 私の視線に気づいて、彼は首をかしげる。


「ん。どうした?」

「……あの……セオドア様……」

「領主父様ー! クロエ先生ー! 綺麗な魔石片見つけたよ~!!」


 湖の方から、最年少のマリアが駆けてくる。水遊び用のドレスで嬉しそうに裸足でかけてきた彼女を、私は傘を置き、膝をついて受け止める。

 小さな掌の中には、透き通った紫の石が収まっている。


「クロエ先生にあげる。はい!」

「ありがとう。……なんて綺麗な宝石かしら。ガラスロケットの中に入れれば、ペンダントにできるわね」


 太陽の光にかざすと、まるで紫水晶と見まごう輝きをしている。

 追いかけてきた年長の子供達が、マリアに呆れ顔をする。


「もー、マリアったら。大人のデートに入り込んじゃダメよ?」

「で、デートなんて」


 私が否定すると、彼らは顔を見合わせてニヤニヤと笑う。

 隣のセオドア様も困っているだろうと見れば、彼も私の隣にしゃがんで、マリアの水を浴びてしっとりとした髪を撫でていた。その表情には怒りや困惑は見られない。


「良いプレゼントを選んだな。ありがとう」

「えへへ」


 マリアとセオドア様、なんだか二人は共犯者みたいだ。

 私は思い出したようにわざとらしく、大きな声を出して手を叩いた。


「お、お昼にしましょう。皆さん、たくさん遊んで疲れたでしょう?」

「はーい」


 楽しそうにくすくすと笑いながら、湖畔の別荘に走っていく子供達。

 頬が熱いのは直射日光だけのせいではないだろう。


「行こうか、クロエ嬢」


 セオドア様が日傘を拾い、私に差し掛けてくれる。


「ありがとうございます……」


 そして私たちは、昼食をとることにした。

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