第112話 リョー君は俺達の子供?

「リョー君はここで待っててねー。ママはパパとお勉強してくるからねー」


 そんなことを言いながら、栞はリョー君をベッドの枕元、俺の寝顔写真(恥ずかしいから俺が来る時は伏せておいてほしいのだが)の横に座らせる。


 もうすっかり話しかけるのが定着している。栞が部屋に1人の時にもリョー君に話しかける姿を想像すると、なんとも微笑ましい。


 ってそういえば、あの時は俺の代りって言ってなかったっけ?


 俺のことはパパって言ってたし、自分のことをママなんて呼んでいる。すっかり子供扱いになってるんだけど? 趣旨変わっちゃってない?


 でももし俺達に子供が出来たら──


 と想像してしまう。

 栞を取られて拗ねる俺──いやいや、父親としてそんなのはダメだろ。それに自分の子供なら俺だって構いたいし、お世話だってしたい。


 栞に似てくれたらめちゃくちゃ可愛いい子になるんだろうなぁ……。


 だって栞は、睫毛は長いしパッチリとした目は柔らかいイメージのタレ目で、鼻は小振りでキュートだし。唇は……うん、キスしたくなってしまう。イチャイチャしてる時はしょっちゅうしてるんだけどね。


 でも俺に似たら……ちょっと可哀想、かな。栞は事あるごとに格好良いって言ってくれるけど、俺の自己評価はそんなに高くない。栞と出会って、付き合いだしてからは多少マシにはなったと思うけど、それまでの冴えないイメージが払拭できないでいるのだ。


 まぉ、結局どっちに似ても俺達の子供って思ったら可愛いんだろうけど。


 いや、待て待て。俺は何を考えてるんだ……。


 子供の前にまずは結婚だろ!


 あぁ、早く栞と結婚したいなぁ。


 文化祭で結婚式をして、今日はその写真を見てしまったせいか、そんな欲求がわいてくる。


 例えば──


 朝、目覚めたら栞が隣りにいて、2人共寝惚けた顔で『おはよう』を言ったりさ。


 仕事から帰ったら、栞が玄関まで迎えに来てくれて『おかえり』って微笑んでくれたり。


 ……あれ?


 妄想のはずが、どっちも似たような記憶にあるんだが?


 うん……。すでに、それっぽいことやってたわ……。



「涼? 涼? どうしたの? 私の顔、何か付いてる?」


 はっ……!


 なんか色々考えていたら、妄想に耽りながら栞の顔をジーッと眺めてしまっていた。


「な、なんでもない。ちょっとぼーっとしてたみたい!」

「しっかりしてよ?今から勉強するのに、そんなんじゃ成績落としちゃうんだから」


 それもそうだ。栞との将来のために頑張ろうって決めたんだった。


「わかってるよ。それじゃ今日もサクッと片付けますか」


 なんか妙にやる気が出て、とっても捗りましたとさ。


 これで一応試験範囲は全て網羅できたし、残りの時間は忘れないように確認するだけですみそうだ。前日のギリギリまでヒーヒー言いながらやっていたこれまでとは全然違う。


 試験週間とはいえ、栞との時間を確保したくて、短い時間に集中できるようになった。それに困った時に相談できる相手がいるというのも大きい。


 最後に今日のノルマを一通り見直して、やり残しがないことを確認してテキストを閉じる。


「よし。終わったよ、栞。おまたせ……ってあれ?」


 いつもなら栞の方が早く片付けるのに、今日はまだ終わっていないようだ。それになんか顔が赤い気がする。まさか体調でも崩した?


「あれっ。涼、もう終わったの?」

「うん。栞の方が遅いなんて珍しいね。調子でも悪い?」

「そ、そ、そんなことないよ?!」


 なぜかしどろもどろだし。


「でも顔赤いよ?」

「えっ? うそっ?」


 栞は自分の頬に両手を当てて隠そうとする。それでも少し潤んで、ぼんやりしている瞳は隠せない。


 うーん、やっぱり熱でもあるのかな?試験当日に寝込んだりしたら大変だし、無理にでも確認したほうがいいよね。


 俺は額を栞の額にくっつけて体温を確認すると、やっぱりいつもより熱い気がする……。


「ちょ、ちょっと涼?! 近いよ?!」

「これくらいいつもしてるじゃない」

「それはそうなんだけど、今は良くないっていうか」


 あ、俺にうつさないか心配してくれてるのかな?

 俺なら今はすこぶる体調がいいし、ちょっとやそっとじゃ風邪も引かないと思うけど。


「俺なら大丈夫だから。それよりも栞は自分の心配しなきゃ?」


 安心させるために栞の頬に手を当てて、スリっと優しく撫でると……、栞は身体をピクッと震わせた。


「んんっ……。違うの、そうじゃ。あぅ……。ダメだって!」

「栞……?」


 この反応は……えーっと……。


「もうっ、せっかく我慢してたのにぃ……。涼のバカぁ……」


 その言葉とともに栞は俺に飛びかかってきて、唇を奪われた。


「んっ、んっ……。涼……好きっ。ちゅっ……大好き……。んー、ぷはっ、ちゅっ──」

「んんっ……?し、おり?んーー!」


 散々俺を蹂躙してから顔を離した栞は、目をトロンとさせてすっかりスイッチの入ってしまった表情をしていた。


 何? どういうこと? 真面目に勉強してただけだよね?


「えっと栞? 急にどうしたの……?」

「涼があんなことするからじゃん……。だって──」


 栞が語るには、リョー君を自分の子供みたいに扱っていたら、俺との子供が出来たときのことを想像してしまったらしい。ここまでは俺と同じだ。


 そしたら俺とのあれやこれやを思い出してしまったみたいで……。試験週間でずっと我慢してたのもよくなかったらしい。それに今日は誕生日の栞を散々甘やかしていたわけで。


 そこで俺が熱があると勘違いして触れてしまったためにこうなった、と。俺にしっかりしてよって言っていた栞はどこへ行ってしまったのか。

 

 とにかく最近……栞が肉食系すぎる!


 もう『俺の彼女がどんどん肉食系になっていく話』にタイトル変更したほうがいいんじゃない?!


 ん……?タイトルって何の話だっけ?


 って今はそれどころじゃない。栞の目つきが変わってきて、いつもの優しい瞳はどこへやら。獲物を前にした獣みたいで。


 このままでは、狩られるっ……!

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