第107話 ◆プレゼントその1

 涼がクローゼットから取り出した紙袋。更に涼がそこに手を突っ込むと、中から小さい包みが出てきた。


「まずはこれなんだけど」

「まずって……他にもあるの?」


 いや、あるんだろうな。だって最初に出てきた紙袋は結構な大きさがある。それに……。


「うん。でも1つずつね。栞に似合うかなって思って選んだんだ」

「開けてもいい?」

「うん。気に入ってくれたらいいんだけど……」


 涼は少し不安げだ。

 とにかく開けてみよう。包みを破らないように丁寧に。小さな子供みたいにワクワクドキドキしながら。


 中から出てきたのはシュシュ。

 落ち着いた、ビターなチョコレートを思わせる色合いの花のモチーフがあしらわれている。デザインとしては大人っぽさを感じさせる。


「綺麗……。でも、大人っぽすぎない?私に似合うかな?」

「栞は落ち着いた雰囲気の美人だから、似合うと思うよ。髪もだいぶ伸びてきたし、まとめるのにちょうどいいかと思って。その花ね、チョコレートコスモスって名前で10月27日、今日の誕生花なんだって」


 自分の誕生花なんて初めて知った。涼の説明によると毎日違う花が誕生花になっているらしい。


「その花言葉には『恋の思い出』と『恋の終わり』っていうのがあって……本当に悩んだんだけど──」

「え……?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸がチクリとした。だって……終わりって……。


「──けどこれに決めたのには理由があるんだ。『移り変わらぬ気持ち』って花言葉もあってさ。俺の栞への気持ちはこれからも変わらない、そういう誓いになるかなって」


 本当に悩んだんだろう。私が不安を顔に出した途端、慌てて言葉を被せてきたから。


「もう……不安になること先に言わないでよ……」

「ごめん。でもさ、前の2つの言葉もね、思い出を積み重ねて、恋が終わったら愛になるんじゃないかなって……。俺の勝手な解釈なんだけど」


 涼の言葉がゆっくりと心に染みて──。


 ──嬉しい。


 私の心を埋め尽くしたのは喜びだった。もう一般的な解釈なんてどうでもよくて、涼がそういう気持ちで選んでくれたことが何よりも嬉しい。


「どう、かな……?」


 尚も涼は不安そうにするけど、私の返事は決まってる。


「ありがとう。嬉しいよ!大事にするから!」


 涼はホッと胸をなでおろしてから、私を抱き締めてくれた。


「一瞬とはいえ不安にさせてごめん。花言葉の通り、俺の気持ちは変わらないから」

「うん。涼がすごく私のこと考えてくれたのがわかったからいいの。ね、それよりこれつけてみてもいい?」


 せっかく身につけられるものをもらったんだもの。なんなら今日、ううん、毎日ずっとつけておきたいくらい。


「うん、どうぞ」


 どんな髪型にしたら一番映えるか、しばらく悩んで決めた。


 ササッと髪を纏めて貰ったばかりのシュシュでとめて。


「どうかな……?」

「やっぱり思った通りだ。すごく似合ってるよ、栞」

「へへ、嬉しい。ちょっと昔みたいにしてみたの」


 涼と出会う前の地味さを演出するためにしていた髪型。後ろ髪を1つに纏めて肩から前に垂らしてみた。


 これなら私の変化がよくわかるでしょ?


「栞はあの頃よりずっと綺麗で可愛いくなったよ。表情は柔らかくなったし、そもそも前は顔隠してたしね」

「まぁね。それも涼のおかげだよ」

「2人の、ね?」

「うん。そうだったね」


 いつも涼はそう言ってくれる。これが涼の優しいところなんだよね。2人で一緒にっていうのをとても大事にしてくれるの。


 また抱き合って、おでこをくっつけて2人でクスクス笑って。フワフワした幸福感にひたっていたんだけど……。


『涼ー?朝ご飯食べる時間なくなるわよー?』


 階下から水希さんの声がした。私が来たのは普段涼が目覚めるほんの少し前。当然こんな事をしていたら時間なんてあっという間にすぎてしまう。


「やばっ……。時間忘れてた。もう1つあるのに……」

「帰ってからでもいいよ?」


 焦ることはない。どうせ放課後も一緒に過ごすのだから。今日は先日同様に私の部屋で勉強することになってるけど、その前に寄ればいいし。


 それになんとなく予想はできてるの。だって、我ながら面倒臭くて我儘なおねだりをしてしまったから。あの日は帰ってから変なこと言っちゃったって後悔したもの。けど、それを涼がちゃんと覚えててくれたのなら……。


「じゃあそうしよっかな?」

「そうだよ。朝ご飯は大事なんだからね?」


 腹ペコのまま涼を学校へ行かせるなんて、私が許しません!


「じゃあ、下行こっか」

「うんっ!」


 まだ嬉しさが引かなくて涼の左手をしっかり握ってダイニングへ。


「まーた朝から見せつけてくれちゃって。って、あら……栞ちゃん。それ似合ってるじゃない。とっても素敵よ?」


 手を繋いでの登場にはからかいの言葉をもらってしまったけど、水希さんは私を見てすかさず褒めてくれた。選んでくれた涼のことまで褒められた気がして誇らしくなる。


「えへへ。これ、涼から貰ったんです」


 だから私は満面の笑みでそう答えるのだ。


 涼は恥ずかしがるだろうけど……、学校でも自慢しちゃおうかな?

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